boidマガジン

2018年03月号

樋口泰人の妄想映画日記 その68 

2018年03月28日 12:37 by boid

boid社長・樋口泰人による3月10日から20日までの妄想映画日記です。尼崎爆音を極上の環境で終了した後は京都にて爆音関係の打ち合わせとトーク出演を。東京に戻ると鮭が一匹。映画鑑賞は『女は二度決断する』(ファティ・アキン監督)、『ブラックパンサー』(ライアン・クーグラー監督)、『レディ・プレイヤー1』(スティーヴン・スピルバーグ監督)、『レッド・スパロー』(フランシス・ローレンス監督)など。




文・写真=樋口泰人


3月10(土)
記憶を遡るだけ遡っても、いわゆる快適な睡眠というものをしたことがない。おそらく幼稚園の頃から全然眠れなかったり、逆に眠りすぎたり、とにかく不安定でひどい夢を見る、起きても寝ぼけたままとか、いい思い出がまったくない。いずれにしてもその不安定な睡眠と何とか付き合いつつ低空飛行の60年だったわけだが、もし睡眠さえ安定したらまったく別の人生になっていただろうと、体力の衰えとともに「もし」の可能性から見た現在の悲しさが身に染みる。ホテル暮らしが続くとどうしてもその不安定さが増幅され、身体もきついうえに、悲しさもとげとげしさを増す。
とにかくぐったりしているわけだが、爆音は新宿や京都や名古屋の華やかな若々しさとはちょっと違うものの相変わらず女性客が大半で、今後の映画祭の展開への期待が高まるばかりである。映画の観客離れが語られて久しいが、全然そんなことはない。それは単に、自分たちが観てもらいたい映画の観客離れ、ということである。みんな映画を観たがっている。その事実はまったく変わらない。そこだけは見失わないようにしたい。まだまだやれることはある。


3月11日(日)
体調が少し戻ってきて、ホテルの朝食のおいしさを実感する。フルーツとパン。長期滞在ならこれにおかゆがあれば、わたしの場合はそれで充分である。とはいえ睡眠は不安定なままなので、本日も寝たり起きたりしながらホテルと映画館を行き来する。映画館のすぐ隣にホテル、という立地はこういう時に本当にありがたいのだが、実は逆で、こういう立地条件だから睡眠が乱れるのだとも言える。友人たちも映画を観にやってきてくれる。今回の尼崎爆音は設置時にトラブルはあったが、音は気持ちよく出せたので『ベイビー・ドライバー』『キングスマン』『バーフバリ』は、だれもが「爆音」から思い浮かべる音を存分に体感していただけたと思う。でも耳に痛くない、というところがポイントである。そして『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』『セッション』といった音楽物はこれ以上ないくらいの極上の音に、『この世界の片隅に』はいまだに戦争をベースに動き続ける男世界への呪いを込めた音に、『ルパン三世 カリオストロの城』の70年代末の時代を感じさせる音は苦労の果てに現在に向けての音になった。贅沢な数日だった。


3月12日(月)
尼崎から京都へ。同志社大学にて5月末の恒例の爆音の打ち合わせ。5月は同志社大学がユーロ月間ということで、ユーロ製作の映画の上映ということで予算がおりるのである。したがってユーロしばりの爆音なのだが、とはいえ、多くの大学生が興味を示すユーロ製作の映画でしかも爆音向き、というのを選ぶのはなかなか難しい。というわけで今年はとりあえずこちらが今やっておきたいものをというのをベースに選んでみた。
その後京都みなみ会館にて、月末の爆音映画祭のためのプレイヴェントを。いよいよこの場所でのみなみ会館もあとわずかである。初めて来たのはいつだったか?ジョー・ストラマーの『レッツ・ロック・アゲイン』を上映してもらった時のことは覚えているのだが、確かその前に1度来ていたはずだ。それが思い出せない。「切腹最中」というのをもらった。最中の皮が割れて中身が見えるくらいの盛りだくさんの中身で、その形状を「切腹」と言い表したのだろう。もちろんうまい。



中原とのトークは例によってまとまりはまるでないわけだが、あれこれ面白くハッとするような時間があった。すでに記憶のかなたなのが悲しいが、いつか不意に思い出すことになるはずだ。爆音の想い出は尽きない。あと何年やれるだろうか。
トークが終わり軽く食事して新幹線に乗るつもりが、ワイワイと盛り上がっていたら終電ギリギリで、最後は走った。


3月13日(火)~16日(金)
さすがに2週間以上事務所を留守にしていると、社長仕事が溜まりまくる。花粉や疲れもあって頭はボーっとするばかり。1週間が夢のように過ぎたが、気が付くとようやく仕事も片付き始めている。いくつもの試写の予定を入れていたが残念ながら1本も観ることができなかった。さすがにもどかしい。まともに原稿を書く時間もない。しかし久々の出勤初日には、なんと新潟からとんでもないものが届いた。いったい事務所にこれを送ってわたしに何をさせようというのか。半分面白がり、半分嫌がらせの土産物なはずだったのだが、社員田中は実は釣り人で、魚さばきを嬉々として行ったのだった。こんな風景の事務所が日本中にいったいいくつあるだろうかと思うと笑ってしまうが、しかし帰宅して焼いて食ったら無茶苦茶うまくて、送り主には感謝しかないとお礼のメール出すと、たいそう悔しそうな返事が来た。

 

 



そしてぼんやりしながら昼食は、以前この日記でも紹介したその日のランチメニューが手書きされた紙切れがぽつんと皿の上に載せられて、それが無造作に店の前に置かれている謎のレストランに入ってみた。こんな日が入りごろという奇妙な予感がそれを後押しした。そんな大げさな場所じゃないと、すでにそのレストランに入っているboid社員からは言われていたのだが、あの手書きの紙と皿の無造作さは、わたしの理解をやはり超えているのだった。もちろん店内もやばかった。完全に時空間が狂っていた。入った瞬間から頭がくらくらしたが引っ込みはつかない。天井にはライトを覆うようにイタリア国旗がいくつも飾られて、狂った空間をわかりにくくぼんやりとさせていた。テーブルの配置もおかしい。いやおかしいわけではなく、かつてはスナックだったはずの場所がいつのころからランチ営業も始め、今もそのスナックの形状を残したままそこにある、ということなのだろう。店の奥にはウィスキーのボトルが壁いっぱいに並べられている。天井や壁にはブドウの飾りが下がっている。昭和の匂い満載。しかもイタリア国旗。そしてスピーカーから流れてくるのはフレンチポップスやシャンソンである。昭和の日本を古ぼけたイタリア国旗が覆い、さらにその空間をフランスが漂っている。誰もかれもがアメリカになびいた戦後からちょっと時間が経って、アメリカではない独自のおしゃれを求めた何かの夢の跡と言ったらいいか。時代的には1960年代後半から70年代初頭。そのころの空気の残り香が思考を鈍らせる。そのぼんやりとした狂った時空間の中に、今にも連れ出されそうだった。食事はまずくはなかった。


3月17日(土)
朝7時過ぎに目覚めてしまう。会社勤めの方なら当たり前の時間ではあるのだが。せっかくなので溜まっていた新作映画のサンプルを観る。『女は二度決断する』。冒頭からアクション映画風にカメラが動くのだが、どうももっさりしていてリズムに乗れない。こんな程度でいいのだろうかともやもやが続く。だが物語もまた、そんなモヤモヤの中に入っていく。いったいそこで何が起こっているのか、いや何か起こったためにこうなったのか、主人公だけでなく観客の側にも見せられることはない。主人公の行動や思考をこちらもなぞることになるわけである。ああ、『アメリカの友人』だと、その時思う。ただの額縁職人でしかなかった男が家族のために殺人を引き受けることになる。その苦い思いの記憶が一気に広がり出す。素人ゆえの不安と戸惑いと恐れの中で、主人公は目の前のひとつひとつの出来事に対応していかねばならない。その度に決断が行われるのだが、もちろん正解はない。常にアクション映画の決まり事からはズレ続けていくわけである。常に更新され続けるしかない決断の憂鬱が世界を覆う。そして『ペンタゴン・ペーパーズ』のメリル・ストリープの決断と比べてどうかという話になるわけだが、単なる金持ちのブルジョワ女の小さな決断の大切さをあれほどまでに時間をかけて描いたスピルバーグの素晴らしさを、今はどうしても称えたくなる。



夕方、久々にユナイテッド・シネマとしまえんへ。話題の『ブラックパンサー』を観に行ったのだが、例によって予約もせず時間ギリギリで到着するとさすがにチケットは売れていて、隅の方しか取れなかった。と言うか、休日の昼の回の時間ギリギリでチケットが取れるという、新宿ではまったく考えられないとしまえんののどかさにホッとする。しかし映画は驚くようなものではなかった。現実のアフリカと地下のアフリカが混乱しながら世界史を変容させ続けていくようなスティーヴ・エリクソン的な展開を求めたわたしが悪いのだが、普通に現実的な物語だった。アメリカで話題になるのはよくわかった。しかしディズニー・アニメの『ブラザー・ベア』の方がよほど狂っていたし、アメリカのトラウマに触れていた。音楽面白いなと思ったら、ケンドリック・ラマーだった。まるで情報なしで観たのだが、ということはティム・バートンの『バットマン』1作目をプリンスがやったあの感じに近いのか。いつか爆音でやれたらと思う。ディズニー関係は諸事情でできるものとできないものが出て来るので、運が良ければ。ああ、そして監督は、スタローンの『クリード チャンプを継ぐ男』のライアン・クーグラーではないか。ならばこの2本と『ストレイト・アウタ・コンプトン』の3本立て、ヒップホップの歴史を見るオールナイトというのはどうだろうか。妄想映画館、いくらでもできそうだ。

 




3月18日(日)
昼、久々に東銀座のナイルレストランへ。1月下旬に行った時は、従業員がインドに里帰りで3月まで休業とのことでお預けを食ったのだが、ようやく今年初ナイル。安定のムルギーランチで満腹のまま、ディスクユニオンであれこれ。

 
とりあえず『There's A Riot Going On』なんていうアルバムタイトルをつけられた日には買わざるを得ないでしょう、ということでヨ・ラ・テンゴの新作を。金がなかったのでアナログ盤も日本盤CDも諦めアメリカ盤CDにしたのだが、音を聞いてみたらアナログ録音以外の何物でもない音がしていてこれなら無理してアナログ盤買っておけばよかったと後悔先に立たず。ジョン・マッケンタイアがミックスしている。「You Are Here」から始まって「Here You Are」で終わる15曲は、もはや「ヨ・ラ・テンゴ」というバンドが演奏しているのかどうかもわからない。まさにエリクソン的なアメリカ2やアフリカ2からきこえてくるような音楽だった。ブラザー・ベアになった主人公たちの頭の中で鳴り響く曲と言えばいいか。スライの「暴動」の埋められない空白は、こうやって今も世界中に広がっていく。



そしてケンドリック・ラマーがらみのBEKON『GET WITH THE TIMES』。だいぶ前のアルバムだが買い逃していた。そしてこのアルバムもヨ・ラ・テンゴと同様、音の出所がはっきりとしない。いまここにあるにもかかわらず、いまここにいる人からは認識されないどこかを漂う何かがふと形を作ったのだろうか。どこからどこへという始まりも目的もない「アメリカ」という音の流れの中に、誘い込まれる。そして目の前には、現実のアメリカと地下のアメリカとが混ざり合いながら歴史を更新し続けるおそるべき空間が広がる。そういえばエリカ・バドゥは最近何をしているのだろう。




3月19日(月)
スピルバーグ『レディ・プレイヤー1』。予告編からはまったくわからなかったのだが、清々しいくらいに圧倒的にオールドスクールな映画であった。オールドスクールなまま、はるか未来を進んでいた。確か2045年という設定だったと思う。戦後100年。スピルバーグは99歳。現実には死んでしまっているかもしれないが仮想上は生きているスピルバーグが2045年に2045年の現実をとらえ、監督した映画であると断言したい。『未知との遭遇』から『カラーパープル』あたりまでの時代の空気と風景とがそのまま未来に移しかえられ、過去と未来とが交錯しながら現在を作り上げていく。「いまここ」がもはや2018年であるとは限らないことの正当性を、この映画は堂々と体現しているのだ。実体をなくした「スティーヴン・スピルバーグ」として、スピルバーグは新たな一歩を踏み出したということである。しかも、カーチェイスシーンでは音楽を一切使わずエンジン音だけで攻めている。この爽快さ。若造にも実体を持つ人間にも今やこんなことは絶対にできないだろう。カーチェイスはゲームじゃないんだからゲームみたいに音楽流して細切れで編集するなよと、映画の中のゲームの中でエンジン音のみのカーチェイスをあっさりとやってのける。格が違いすぎる。その挙句映画の結論としては、「ただうろうろしているだけでいい」。あとはちゃんとキスすること。うろうろしてなければキスすることもできない。映画の中では、ゲームにばかり夢中になって現実をエンジョイしないとキスもできないよというようなメッセージが流れたりもするのだが、しかしこの映画自体はその「現実」とは何かを鋭く見つめている。「現実」とは何か? どこにあるのか? 確実なのは、映画の時間がここにあるということだ。つまり『ペンタゴン・ペーパーズ』と『レディ・プレイヤー1』という立て続けに作られた2本だけで、映画はしばらく安泰であるということだ。
ちなみに映画、音楽、ゲームという80年代カルチャーに関する小ネタ満載で、これだけ小ネタがあると、誰もうんちくを語る気にはならないだろう。わたしとしては、スピルバーグの化身みたいなゲーム製作者が『スペースインベーダー』の、そして主人公の彼女的な役割の女性がジョイ・ディヴィジョン『アンノウン・プレジャーズ』のTシャツを着ていたのが気になった。

 




3月20日(火)
『レッド・スパロー』。シャーリーズ・セロンの『アトミック・ブロンド』に対して、ジェニファー・ローレンスのこちらは「赤」。現代のロシアが舞台である。いきなりバレリーナで驚いた。あまり向いていないと思うのだが。もちろん冒頭だけなのだが、スパイとして訓練されていく過程が何だかとんでもなかった。監督によるセクハラ、パワハラじゃないかと思うようなシーンの連続なのだが、つまり徹底して自己を解体して自身の肉体と精神を部品化する過程。「自己」から解放されたパーツを臨機応変に組み合わせ常にその場に適した「自己」を作り上げていく自己を新たに育てる過程。ひとりの女優を育てる過程とも言える訓練の映画であった。そしてそれが徹底して見せられるがゆえに、その後の「本番」も常に更新され続ける自己によるものだとこちらもわからされているために、こちらの視点が定まらない。映画の中の主人公ではなく、女優ジェニファー・ローレンスに感情移入してしまうというかつてない体験をした。プロデューサーの中にスティーヴン・ザイリアンの名前があった。どの程度脚本に絡んでいるのだろうか。



夜はboidとsoi48で先日のタイ爆音の打ち上げと次回の悪だくみを。阿佐ヶ谷の南インド料理店にて。予想以上においしくて食べすぎた。

そして次回のタイ爆音は豪華大盤振る舞い。果たしてそんなことができるのかどうか。とりあえず「やる」ということで動き始め、状況を見つつ規模を決めていく。だが、プレイヴェントは8月予定。ヴィザの取得とか考えるとすぐにでも動き出さないと遅い。





樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。明日3/23(金)より25(日)まで「京都みなみ会館さよなら爆音上映」。3/28(水)は映画『ラッキー』公開記念で川瀬陽太さんとトーク。4/5(木)〜8(日)はMOVIX堺にて「バーフバリ爆音映画祭」。4/7(土)より宮崎大祐監督作品『大和(カリフォルニア)』をK’s Cinemaにて2週間限定公開。

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