boidマガジン

2018年03月号

樋口泰人の妄想映画日記 その69 京都みなみ会館爆音編

2018年03月28日 22:06 by boid

boid社長・樋口泰人による3月21日から25日までの妄想映画日記です。今回は特別編として今月で一時閉館となる京都みなみ会館で開催された爆音映画祭について。連日深夜に行われたの爆音調整を作品ごとにお届けします。




文・写真=樋口泰人


3月21日(水)
季節外れの雪は昼過ぎに雨に変わった。終らない仕事はないということでとにかくあれこれやり続け、気が付くと夕方になっていたのだが何とか仕事は終わり、予定より2時間近く遅れて新幹線に乗った。京都みなみ会館での爆音映画祭の準備なのだが、このところ妙に早起きになってしまっていたのに、深夜の調整である。新幹線の中で寝ていくはずがしかし微妙に終わらない仕事を片付けているうちに京都。みなみ会館に着くとロッキーホラーショーの片づけが終わったところで、ファンクラブの面々と再会。またいつかどこかで爆音ロッキーをという話に。







そして爆音調整。上映順にやることにして、まずは『花様年華』。かつてバウスでやった時はなかなか思うような音が出せず、今回もできれば違う作品がいいとお願いしていたのだが、みなみ会館スタッフたちの熱意により再挑戦。リヴェンジということなのだが、なんと、バウスでやった時と背景の音が全然違う。フィルムからデジタル化されたときに、隠れていた背景の音が前面化したのだろうか。確実にこれが、音響の杜篤之(カタカナ表記が難しい。侯孝賢やエドワード・ヤンの音響担当)の音だと言えるだろう。バウスの時は、ウォン・カーワイとの仕事の時はちょっと手を抜いているのだろうかとさえ疑ったのだが、そんなことはまったくなかった。香港のノイズがこんな形で取り込まれているとは。そのやり方は、菊池信之さんの『EUREKAユリイカ』に近い。両作品ともほぼ同じ時期の製作。相互に連絡を取り合っていたわけではないと思われる日本と香港の映画製作者たちが、それぞれのやり方でその時代とその場所の音を映画に浮かび上がらせる新しい方法を作り上げていったのだ。



『パターソン』は前作の『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』に比べると音の印象が薄い。おそらく日常の描写の中で小さな音がいろんな表情を見せるのではないか、そんな予測のもとの調整であった。だが主人公が詩を読み始めるとき(彼の中で詩が浮上してくるとき)流れ始める音楽によって、一気に耳が開かれる。身体全体にあるはずなのに「耳」にしかないと思い込まされている聴覚が、一気に身体全体へと広がると言ったらいいか。いったんこの状態になってしまったら、あとはすべてウェルカムである。さまざまな音が身体の中に入ってきて、主人公の言葉とともにメロディーを奏で始める。映画全体が音楽に変容していく映画となった。



『ネバーエンディング・ストーリー』は公開時以来30数年ぶりに観た。デジタル化された音質はあまりよくない。大ヒットしたテーマ曲でまずこの映画の世界に気持ちよく入り込んでもらわないと、それから先のファンタジーを受け入れてもらえないだろう。そんなわけでテーマ曲部分は調整、確認を重ねた。世界が壊れる音は、元の歌さえちゃんとしていれば、いくらでも壊れることができる。そして「ネバーエンディング」がどういうことであるかを体感できる。ここにいるのにそこにもいる、世界のあらゆる場所に同時に存在する「自分」という感覚を、時間とともに体得してもらえたら。



『ワンダラーズ』の調整はめちゃくちゃ苦労した。こちらは『ネバーエンディング・ストーリー』以上に音源がよくない。通常上映ならまったく問題ないレベルだと思うのだが、爆音の場合は製作者たちの想定外のレベルとなるので、いい音も際立つが不安定な部分も目立ってしまう。オールディーズが流れまくるこの映画の場合は、それぞれの曲の音質の違いがあからさまに出てしまう。映画自体は79年の製作だが、音楽は50年代から60年代初頭の録音のものがメインで、モノラル音源の曲も多数。ステレオとモノラルが混在するとよほどうまくマスタリングをしないとどうしても音質に差が出てしまう。当時のモノラル録音に特徴的な高音の響きが、爆音にすると耳に痛くなりすぎる。明け方になるまで、相当な時間を費やした。しかし、弱虫なのについ突っ張ってケンカを売ってしまいすぐに泣き始める、『理由なき反抗』のサル・ミネオみたいな役柄の少年は、何度見ても胸に痛い。『グッドフェローズ』などでのスコセッシ映画のジョー・ペシの役割にも近いのだが、ジョー・ペシだと少し強すぎて、「痛み」の感覚に乏しい。この映画くらいの弱さが必要なのだ。



『パプリカ』の調整を始めたのは朝6時すぎだった。これで手こずったらどうしようかと思いつつ、しかしここまでは初日にやっておかねばどんどんつらくなるばかりである。もちろんこれまで何度もやってきた作品なので何とかなるだろうという目論見もあり。そしてその目論見通りにあっさりと音は決まった。平沢進さんの音楽が見事に会場内を駆け巡った。ここまで駆け巡るならこれをメインに音を決めざるを得ない。あとは何とかなる。あの音楽さえ脳内にインプットしてもらいさえすれば、現実の『パプリカ』だけではなく、その後の現実世界もまた、『パプリカ』並みの変容を見せていくに違いない。とにかく、「その後」へ鳴り響く音を目指した。



終了は午前7時過ぎ。ホテルへ戻ったのは8時を回っていて、せっかくなのでホテルの朝食を食べてから寝た。


3月22日(木)
午後3時くらいにようやく起き上がる。その後、出町座へ。立誠シネマが閉じた後、場所を移転して始まったのがこの映画館、カフェ、書店。3月末から『PARKS パークス』『5 windows』『彼方からの手紙』という瀬田なつき特集を企画してくれたのだ。例によって適当な距離感覚により、京都市役所前から北へ歩く。20分くらいかなと思ったら40分弱かかった。あとで皆さんにあきれられたのだが、ツアー中は運動不足になるのでこれくらいでちょうどいい。担当の田中くんとしばらく話していたのだが、どうやら地元のお客さんが結構多いらしい。東京ではそういう映画館が生き延びていくのが難しい。下高井戸シネマとか、案外近所の人たちの憩いの場所となっているのだろうか? 80年前後、明大前に住んでいた時には当時まだ「下高井戸東映」という名称だったそこによく通っていた。歩いていける映画館があるのはいい。それだけで人生が豊かになる。



みなみ会館に行くとカナザワ映画祭の最後の上映作品『少女椿』が終わったところで、会場がすごいことになっていた。そしてみなさん名残惜しそうに、会場の混乱の跡を撮っていた。

調整は『AKIRA』から。この日は35ミリプリントでの上映作品をまず確認ということなのだが、『AKIRA』のプリントは先日のYCAMの時もそうだったのだが、数年前のものに比べるとだいぶ状態のいいものが回っている。ニュープリントを焼いたという話は聞かないので、どこかからか状態のいいものが出てきたのだろうか。いずれにしても数年前のものに比べて画面も音もすっきりとしていて気持ちがいい。会場が狭いので音が塊になって飛び出してくる。その分どうしてもセリフが聞こえにくくなるが、とにかくギリギリ聴こえる範囲で音量を決めた。この音の塊が突き付けてくるのは、鉄雄の混乱をそのまま受け止められるかどうか、ということだと思う。その分、最後が悲しい。



プリント作品の2番目は『愛のむきだし』。デジタルのように簡単には後戻りできないフィルムで4時間あると調整はどこかで覚悟を決めるしかない。基本的にはセンタースピーカーに音が集中しているので、まずはセンターのボリューム感を決める。左右のスピーカーはそれに合わせてバランスをとる。最後のゆらゆら帝国で全体のバランスの確認をする。4時間観続けてもつらくない程度に。それほどの音量でなくても、この言葉と熱気を4時間浴び続けると何かに侵された気分になるはずだ。



『地球に落ちて来た男』はいわゆる爆音感を出すのではなく、爆音にしては小さめな音でバランスを重視すると、逆にいろんな音が際立ってくる。小さな音の集まりが大きな全体を作り上げる。150席程度という会場の狭さともそれが見事にマッチして、小さくて大きな宇宙を作り上げた。それで充分。多分今回のこのヴァージョンがこれまでで最もバランスがいい。



『フランシス・ハ』も映画自体はいわゆる爆音映画ではないのだが、こうやって大きな音で微調整すると、独特のリズムが聞こえてくる(見えてくる)。映像の編集と音の編集の絶妙なアンサンブル。今更、この映画にもアダム・ドライバーが出ていたと気づく。『パターソン』でもそうなのだが、80年代ならジョン・ルーリーがこの役をやったはずだ。「モダン・ラヴ」で疾走するシーンも、わたしは『汚れた血』のシーンより好きなのだが。



『国道20号線』は今回の爆音であえて入れさせてもらったのだが、やはりこの映画の爆音は最高である。忘れていたバイクのエンジン音の飛び出し方に驚くが、やはりカラオケシーンのやばい空気感に動揺する。なんだろうかあれは。ただカラオケで歌っているだけのシーンなのだが。歌っているのが役者ではない、ということに尽きるのかもしれないが、ただ単に素人のカラオケではなく、ただの素人だったはずの人間がいつの間にか登場人物のひとりになり、新たな人生を生き始め、重なり合ったふたりがしかしひとつの身体にあることにおびえている、その怯えと不安が作り出す空気と言ったらいいのか。ふたりだけではない、そこにはそこでカラオケを歌ったはずの無数の人たちの人生が彼女に重なり合って震えている。もちろん最後には、あのLFBの曲によってそんな震えが吹き飛ばされるのだが。


終了は午前5時。外はしっかり寒かった。吐く息が白い。


3月23日(金)
朝から本番の爆音映画祭が始まるが、もちろん起きられるはずもない。目覚めは午後。みなみ会館に着いたときには『ネバーエンディング・ストーリー』が始まっていた。当日券が結構売れたとのこと。みなみ会館は音漏れし放題なので、ロビーにいてもビビる。バウスの時もそうだったのだが、中にいるよりロビーにいたほうが驚くのは、そこにはあり得ない世界の音が無理やり押し入ってきて空気を震わせるからだろうか。



上映終了後、最後の調整。まずは『キングコングVSゴジラ』。デジタル化されDCPでの上映なのだが、音源は5.1チャンネル。もちろん元々はモノラルだから、爆音で5.1チャンネル上映をすると当然、無理やり感が出てしまう。結果的に音もだいぶしょぼくなってしまっている。それをどうするかと言えば、単純に元のもの音源に近づけていくという作業。ばらばらに分けられたパーツを集めて、元のひとつの塊にしていくのである。ばらばらなパーツが有機的につながりあうと、全体が本当にひとつの生き物のようになる。楽しい作業だった。



『地獄でなぜ悪い』もまた、『愛のむきだし』同様に力業で見知らぬ世界に連れていかれる。音楽とセリフの熱気。暑苦しくならないように、クールな音を。だが実際、この映画の観客の皆さんは、もっと熱っぽい音で頭と身体をとことんぶち壊される方がいいのかもしれない。そんなことも思う。カナザワ映画祭でやるとしたら確実に後者をとるのだが、今回はそうではない。しかもオールナイト。無茶な映画で無茶ではない音、という選択をした。



『神々のたそがれ』の調整の頃には疲れがピークとなった。そのせいか遠近感が狂う。いや、アレクセイ・ゲルマンのスケールのでかさに、こちらはただひたすら迷子になるばかり、という感じ。何万年後の人類から見たら中世も現代もひとくくりで、地球もその他の惑星も誤差みたいなもの、という感じか。大きな音が出ているわけではない。だが、空間がどんどん広がる。さまざまな音がそれをさらにゆがませる。舞台となる惑星までひとっ飛びである。気が付くと映画が終わっていた。



爆音調整最後の作品は『ベイビー・ドライバー』。もう何度もやっている作品なので調整のポイントは把握している。だからすっかり油断していた。やはり、これまでやってきた会場とは全然違うし、機材も全然違う。疲れのためか、冒頭のジョン・スぺで頑張ると最後のサイモン&ガーファンクルの音が硬くなりすぎてひどい目に合うという教訓も抜け落ちていた。こんな感じかなというところで最後のS&Gとなり、ひどい目にあった。全部やり直し。しかも、銃撃音が狂暴すぎて前列の端のスピーカー前の席でこれを観るのはつらい。その席で観やすいくらいの音量にすると、その他の席での爆音感は格段に落ちてしまう。どうやってもそれを回避できないため、結局いくつかつぶしてもらっていた座席の数を増やしてもらうことにした。映画館としては1席でも余計に売りたいところ。本当に申し訳ないのだが、こちらもギリギリの選択ゆえ、泣いてもらうことになった。そのうえで微調整を重ねた。終了は午前7時。もちろん夜はすっかり明けていた。




3月24日(土)
目覚めは当然午後。さすがに疲労困憊していて、身体が動かない。みなみ会館に着いたのは15時過ぎくらいだったか。土曜日ということもあってどの作品も混みあって、狭いロビーが目いっぱいである。入れ替え時間は本当に大変そうだ。『国道20号線』のトークのために空族の相澤虎之助も登場。早速『ワンダラーズ』のレプリカジャンパーを羽織っての記念写真を撮った。もう当たり前のようによく似合っている。



『国道』のトークは、映画の「時間」について。「無料提供」というやり方について。監督の「仕事」についてなど。結果的にそれらがつながってひとつの力になるという話を。それは空族だけではなくboidやその他大勢の今後にもかかわる。新しい動きが生まれる。


3月25日(日)
早く寝たものの早く目が覚めて、仕方ないので起き上がったのだが、朝食後寝てしまう。10時からの『神々のたそがれ』には間に合わなかった。無理に行っても観ながら寝てしまったはずなのだが、あとから聞くと当日券の入場者が多く、わたしが行って寝ながら観ていたりする座席の余裕はなかった。つまりホテルで寝ていて正解ではあった。『花様年華』も同様。こちらはやはり女性客が多い。トニー・レオン・ファンなのだろうか。その後の『ワンダラーズ』は最も前売りが売れていなかった作品だが健闘、『ベイビー・ドライバー』『パターソン』は満席というありがたい終わりとなった。京都でこれだけの動員があるとなると、東京でも200席くらいの会場で短期間でやれば、まだまだいろんな作品を上映できる。しかし『ベイビー・ドライバー』の音漏れは半端なかった。ロビーで仕事をしていても笑ってしまうくらいの音量。漏れやすい音域の音が思い切り出ている、ということでもあるのだが、それにしてもすごすぎる。調整の段階でスピーカーの音が直撃する前の席を考慮してだいぶ音量を下げたのに、まったく影響なし。前列端の方々に深々と頭を下げるのみ。実際のところ果たしてどうだったのか。そして京都は花粉全開だった。東京の花粉にさらされていたわたしはまあ、軽く受け流す程度だったのだが。





樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。3/28(水)は映画『ラッキー』公開記念で川瀬陽太さんとトーク。4/5(木)~8(日)はMOVIX堺にて「バーフバリ爆音映画祭」。4/7(土)より宮崎大祐監督作品『大和(カリフォルニア)』をK’s Cinemaにて2週間限定公開。

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