boid社長・樋口泰人による3月26日から4月3日までの妄想映画日記です。『ファントム・スレッド』(監督:ポール・トーマス・アンダーソン)、『パティ・ケイク$』(監督:ジェレミー・ジャスパー)、『レディ・バード』(監督:グレタ・ガーウィグ)を試写で。そして『ラッキー』(監督:ジョン・キャロル・リンチ)と『大和(カリフォルニア)』(監督:宮崎大祐)のイヴェントに参加の東京での9日間。
文・写真=樋口泰人
3月26日(月)
土産を買って東京に戻るばかりだったのだが、午後から急遽、京都での打ち合わせに参加。三宅も松井もやってくる。秋に予定されている三宅の新作(もうどれが新作なのかわからないくらいになっているのだが、これは昨年函館で撮影した映画)『きみの鳥はうたえる』の関西公開に向けての盛上げ企画について。4月にYCAMで始まる大勢の「無言日記」のインスタレーションの流れの中にあるようなものになるのだろうか。今後の展開が期待される。そして4月YCAM「無言日記」インスタレーションに関しての詳細を、三宅から聞く。ようやく全貌が判明する。『ワールドツアー』というタイトルなのだそうだ。三宅がYCAM滞在中に行ったワークショップの参加者や、YCAMのスタッフなどがそれぞれの「無言日記」を撮影し、それらを三宅が編集、再構成。3面スクリーンにそれぞれが映し出されるとのこと。YCAMでは、その3面スクリーンをふたつ作り、観客はその間にいて両方を見ることができるらしい。4月21日(土)から1ヶ月間の展示。
三宅唱+YCAM新作インスタレーション展 ワールドツアー
帰りは仕事をするはずがほぼ寝ていた。疲れていた。
3月27日(火)
疲れていた。花粉も絶好調だった。事務所そばの公園の桜も満開だった。
3月28日(水)
猫様たちも脱力していた。
仕事する気力ゼロだったが、ポール・トーマス・アンダーソンの新作『ファントム・スレッド』の試写に。1950年代のロンドンが舞台。これで引退というダニエル・デイ・ルイスはカリスマ仕立て屋という役割、ほぼ仕事にしか興味がないという設定で独身、長年彼を支えている姉と一緒に仕事をしている。このふたりの関係がどうにも危なくて、わたしには永遠を旅する吸血鬼のカップルにしか見えなかった。そう思い始めるとすべてが危うく見えてきて、彼が仕立てのモデルとしてスカウトする若い娘の血をいつ吸い始めるか、ドキドキしっぱなし。もちろん当然そんな話にはならない。だがそうにしか見えない。たとえば『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』のトム・ヒドルストンとティルダ・スウィントン、『ハンガー』のデヴィッド・ボウイとカトリーヌ・ドヌーヴ。永遠を生きるカップルの退屈が、この映画のふたりの身体から滲み出している。ドレス作りに命を懸ける、というような物語ではまったくない。当たり前のように素晴らしいドレスはできる。ルーティーンの退屈を退屈として生きる。諦念もなく哀しみもない。永遠を生きる強靭な魂がただひたすら、その日その日をまっとうしていくだけ。そんな日々にひとかけらの違和が投げ入れられるわけだ。モデルであるその若い娘は、彼が自ら取り込んだとも、向こうから入り込んできたとも言える。その曖昧な関係の危うさが、映画の時間を覆う。一気に血を吸えばいいものを、そうはしない。時間がどんどん引き延ばされる。しかもそうさせているのは若い娘ではないかとも思えてくる。吸血鬼が若い娘の血を吸ったときは、その血は毒にまみれていた、というやつだ。しかし果たしてそうだろうか? システムのルールとルーティーンを重んずる男が、気まぐれで曖昧な空気の中で生きる女のちょっとした思い付きの前に敗北を喫するという物語の流れがしかしどこかで薄められる。強靭な魂は実は最初からこの日を待っていたのだと言いたくなるような、薄日がふたりを照らし出すのである。ああ、この感じ。これから晩年を迎える者の小さな喜びの時間。もはや過去が未来を追い越してしまった者の夢想の時間。来るべき死を意識しながら、毒を盛られるのも悪くないと思った。
『ファントム・スレッド』 © 2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved
その後、事務所にやって来た篠崎と夕飯を食い、『ラッキー』上映中のアップリンクにて川瀬陽太くんとトーク。今やメジャー、マイナー関係なく日本映画のどれを見てもその顔を見つけることができるのではないかとさえ言われている川瀬陽太が、単なる脇役のその他大勢の俳優から気が付くと「個性派」俳優として数多くの映画に出演、最後には本人に捧げられているかのような主演作までも作られて見事にその一生を終えたハリー・ディーン・スタントンを語る。そのお相手というわけである。ハリー・ディーン・スタントンがいることで撮影現場の空気がその映画の持つ空気へと変容したのではないかという仮説、ハリー・ディーン・スタントンがハリー・ディーン・スタントンとして認識されるきっかけ、つまり名もなきわき役のハリー・ディーン・スタントンだった彼を「ハリー・ディーン・スタントン」と名付けたのは誰かという話。
その後は、やってきていた中原も交えてワイワイと。
boid事務所引っ越しから1年がたった。あのとんでもない状況を思うと、だいぶまともになってきたと言うべきか。
3月29日(木)
昼、80年代、高円寺のレコード屋時代の仲間である藤本成昌(XTCやヴァン・モリソンの書籍の翻訳者でもあり、『めだまろん/ザ・レジデンツ・ムービー』の字幕翻訳もお願いした)がカナダから一時帰国、事務所にてあれこれ。問題は多いものの日本の保険制度のおかげでわれわれは破産せずに済んでいるというのを海外在住者と話すたびに実感するのだが、しかし、気が付くとその保険制度自体が破綻、ということになる日も近いのではないか。じわじわと破綻していくならさっさと破綻して、ではどうするかと次のシステムを考えた方が健康的な気もするが、こればかりはそれぞれの個人の置かれている状況によって、スタンスが全然違ってくるだろう。
その後、爆音映画祭の今後のスケジュール打ち合わせを行い、『パティ・ケイク$』試写。『大和(カリフォルニア)』とよく似た設定のヒップホップ映画である。こちらの舞台はニュージャージー。ささくれだった街並みと暮らしの中で主人公は『大和(カリフォルニア)』と同様、ラップを作り上げていくのだが、彼女の母の物語、友人たちの物語がそこに交錯する。『大和(カリフォルニア)』より、だいぶ一般的な映画の物語に寄り添った作り方がされていて、その分主人公たちが作り上げる音楽やそれにまつわるいくつものエピソードが典型化されている。したがって音楽的な面白さはない。映画の観客たちに見てもらいたいものが『大和(カリフォルニア)』とは違うということなのだろう。『大和(カリフォルニア)』が徹底して大和という場所、今この時という時間の固有性にこだわって、そこから世界を切り開こうとしているのに対し、こちらは、いつかどこかとも言える場所と時間の匿名性を取り入れることでどこにでもいる夢見がちな若者の現実から生まれた物語を語ろうとしている。最後のライヴシーンでのちょっとだけドリーミーな歌詞が良かった。その部分をもっと全面展開できなかったのだろうか。
3月30日(金)
年度末である。今年もまた行う予定のタイ爆音のための助成申請書類や前回のタイ爆音の報告書類など、とにかくこの日の消印有効。最後の最後で、申請書類の経費計算のフォーマットの仕組みをようやく理解して、やり直し。何とかはなった。
3月31日(土)
疲れが出てほとんど寝ていた。少しだけ原稿を書いた。
4月1日(日)
疲れがとれず昼過ぎまで寝ていた。夕方から新宿に出て、soi48のイヴェント会場を訪ねる。この日出演するsoi48や、俚謡山脈、Young-Gと、今後のboidマガジンやタイ爆音の打ち合わせをした。1階のカフェで待っている間、漏れ聞こえてくる準備中の彼らの音があまりにやばくてあきれる。この音を聴きながらひと晩過ごしたら、それは人生が変わる。彼らには日本中駆け巡ってもらい、多くの若者たちの人生を変えてもらえたらと思う。
その後、下北沢B&Bへ。『大和(カリフォルニア)』の告知イヴェントを兼ねた、磯部涼×宮崎大祐対談。今世紀に入ってのヒップホップをほとんど聞き逃してきたわたしにとって、もう、盛沢山すぎる2時間であった。いかに多くの音楽を聞き逃してきたか、もう今更それを取り戻すことができない年齢であることをも思い知らされ、寂しくもあった。聞き逃した音楽の多さに関してはこのところ実感させられる機会が多く、実は、プライム・ミュージックやアップル・ミュージックで2000年以降の音楽を聴き直し始めたところでもある。パソコンの音源を自分のステレオシステムを通して聴くために、USBのDAコンバーターも買ってみたりした(もちろん格安のもの)。そんな状況とこの日のトークが重なり合い、大変興味深いものとなった。
例えば今年大学に入って何となく映画に興味を持ってしまった若者にとって、映画の世界はやはりまったく脈絡のない単なるバカでかい広がりで、無理やり見ようとするとどこまででも見ることができる底なし沼にもなっている。その底なし沼を見て呆然とする若者の心境にも近いのだが、彼らが未来とともにそれを見るのとは違い、こちらには未来の広がりはないわけだ。残された時間をどう生きるか、宮崎くんはこの日「三部作」という発言もしていたように思うのだが、どこかで母や塩野谷正幸さんの演じた男の物語も語ってもらえたらと思う。
帰宅して朝まで原稿を書いた。
4月2日(月)
昼過ぎの起床。boidの年度末、決算関係あれこれで1日が終わる。夜は新宿での花見に誘われた。すでに半分葉桜になっていた。2時間ほどですっかり冷える。これが限界だった。
4月3日(火)
グレタ・ガーウィグの監督作『レディ・バード』試写。グレタさんはカリフォルニアのサクラメントの出身なのだという。いつも暖かいほんわりした住みやすい場所というイメージなのだが、確かにそういった部分もあるものの、サンフランシスコやロサンゼルスと違ってもっと保守的なのだろう。州都でもある。映画を観る限り住みやすそうだが居心地は悪そうだ。若き日のグレタ・ガーウィグもきっとそんな居心地の悪さを感じていたのだろう。2002年が時代設定。主人公は高校3年生ということだから、1983年生まれのグレタ・ガーウィグの、高校時代の物語と言ってもいいかもしれない。だが、自伝的な要素は少ないのだという。あくまでも2002年の夏から2003年の夏までを生きた高校3年生の物語。いくつもの可能性とそれに伴う不安と夢の数えきれないかけらがスクリーンを飛び交う。驚くほど乱暴にブツ切れにされる音楽の数々が、その夢のかけらの痛みと悲しみと喜びを実感させる。そこには夢と希望と期待と不安とが山ほど溢れかえっているのだ。どれも仄かで淡く微かですぐにでも消えていく弱さを併せ持つ。それゆえの苛立ちが映画の速度をさらに早めている。911とイラク戦争がその速度を加速させる。計り知れない未来に、彼女の過去が全然追いついていないのだ。誰にもそんな日があった。過去に追い抜かれてしまった未来からそんな日を思うと、ただひたすら胸が痛むばかりである。
先日のアップリンクでの『ラッキー』でのトークでは、誰がハリー・ディーン・スタントンをハリー・ディーン・スタントンと名付けたか、という話をしたが、こちらは、「レディ・バード」と自ら名乗る女子高生が名乗り続けた挙句、ようやく自分の本名にたどり着く、という物語であった。その意味では『ベイビー・ドライバー』とも似ている。あちらは本人がそこにたどり着いたと同時に、ガールフレンドのデボラによって、ベイビーの本名が再発見されるというような、よりロマンティックな物語でもあったのだが。そんな原稿を先週末に書いていた。
そして久々のジョン・ブライオン。まさに主人公の夢と不安と苛立ちがそこにあるような、ドリーミーな響きが映画の空気を震わせていた。2002年は『パンチ・ドランク・ラヴ』の年でもある。
樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。4/5(木)~8(日)はMOVIX堺にて「バーフバリ爆音映画祭」。4/7(土)より宮崎大祐監督作品『大和(カリフォルニア)』をK’s Cinemaにて2週間限定公開。
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