boidマガジン

2018年04月号

Television Freak 第26回 (風元正)

2018年04月11日 14:01 by boid

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は『激レアさんを連れてきた。』や『ブラタモリ』といったバラエティ番組を取り上げます。「タモリのとなり」にいる人たちに目を向けることで見えてきた、現在のテレビにおけるタモリというタレントの在り方とは――




タモリのとなり


文=風元正


 「爆音」がいつの間にか変貌を遂げている。いやしかし、新宿や丸ノ内ピカデリーに足を運ぶ今の観客には、古い観客が何に戸惑っているのか、意味不明だろう。私にとって「爆音」は、まずニール・ヤング『グリーンデイル』、ゴダールのとりわけ『勝手に逃げろ/人生』、『クリスタル・ボイジャー』、『地獄の黙示録』などのプログラムに代表されている。年表を眺めていると、スコリモフスキとかゆらゆら帝国とかシュトックハウゼンとか、いろんな映画が思い出されるが、チャリンコとサンダルで行ける吉祥寺バウスシアター的シネフィル気分に彩られていた。
 ところが今、新宿ピカデリーでは『ラ・ラ・ランド』や『ベイビー・ドライバー』などの最新のヒット作が中心でそれらはみな満席、『バーバフリ』の「絶叫上映」は瞬時に売り切れらしい。私のごとき怠惰な観客はたどりつけず、やや余裕があった『アドミック・ブロンド』に入ると1989年のベルリンに「99 Luftballons」や「London Calling」が鳴り響く快作で、ぼんやり『ベルリン・天使の詩』を思い起こしながらシャーリーズ・セロンの凄絶なアクションと鈍い音を十二分に堪能した。
 「爆音」は音の大きさが重要なのではなく、普通のヴォリュームでは聴こえぬ微細な音が聴こえることこそ肝だ。だから、爆音調整では、五感が失調をきたす一歩手前まで音を上げる。すると、音と光の量が人間の閾値を越えて、軽くトリップしてしまう。樋口さんに話を聞くと、「どこかでメニエル病の体験が影響しているかもしれない」という答えが返ってきた。
 ヒトの聴覚の指向性はとてつもない。喫茶店で前の人の声を聴き分けるなど、録音してみればどれだけ困難かがわかる。メニエルが発症し、その調整機能が失調すると賑やかな場所は地獄で、居酒屋でみんなが喋っている場など座っていられないらしい。本能として避けていた世界の凶暴さが姿を現すわけだ。私は爆音で観る場合、ストーリーなど頭に入らず、溢れる音と光の渦にただ身を浸す感じだったのだが、メニエルが原点だったのか、と妙に納得した。
 映画の秘められた欲望は、世界そのものになり代わることだろう。「爆音」の現在は、最新鋭の技術で撮られた映画のポテンシャルを全開していることになりそうだが、どこかで禁じ手の封印が解かれたと感じるのが「昭和生まれ」の弱さか(もちろん、昔の流儀の「爆音」も温存されれているが)。YCAMで上映された『EUREKA』は凄かったらしく、たぶん爆音にぴったりだろう。観た人が羨ましい。

 



 『激レアさんを連れてきた。』を最初に見た時、目の据わった愛らしい小さな女性が手書きのカラフルなポップをボードに貼り付けながら、ずっと喋っているのに驚いた。「口角泡を飛ばす」という古臭い言葉を思い出す勢いで、何かをひとりで納得しつつ、若林正恭を相手に謎のプレゼンを続けている。誰だと訝しんで、しばらくして、『ミュージックステーション』でタモリの隣にいる弘中綾香というテレビ朝日のアナウンサーだと判明したけれど、あの番組では大人しかった。当方、女子アナ方面には疎く、すべて酒呑みながらのザッピング中の認識でぼんやりしているが、『マツコ&有吉の怒り新党』を最初に発見して以来の衝撃を受けた。最近は評判になっていて、もっと早く書いておけばよかったと少し悔いている。若林が南沢奈央と交際しているのも、弘中ちゃんの「してやったりって感じですか?」というツッコミで知った。
 「“激レア”な体験をした人=激レアさんを“研究サンプル”として採集。マンガのような実話・実体験話を聴き、ウソみたいな状況に対処できる人材の育成をめざします」というコンセプトのこの番組の面白さは、一にも二にも、弘中ちゃんのハジけっぷりを鑑賞できることに尽きる。この間も、「オノさんのやる気ゲージ」という「お手製」の計測器を作り、目盛りとして積み重ねられている四角い箱を手でガンガンぶっ飛ばして、若林に「これ片づけなくていいんだ」と言われ、「大丈夫です大丈夫です」と即答。でも、床にはチープな紙箱が散らかったまま。プロの暴れ牛乗りが20年ぶりに再会した大学の同級生の女性に「お嬢さん、どうしたんだい?」と声をかけたというポップを出し、当の本人が「そんなこと言ってない」と否定しても、「カウボーイだから言うと思います」と押し通すとか、もう無茶苦茶。スタジオの「独裁者」弘中ちゃんとお友達になりたいけど、当然ムリか。
 内容は『アウト×デラックス』『マツコの知らない世界』の系譜に入るけれど、「激レアさん」自身でなく「研究助手」が手間暇かけていかにヘンかを明かしてゆく手法に新しさを感じる。制約だらけのバラエティの突破口は女子アナの特訓にあったのか。もっとも、弘中ちゃんの役回りは、大胆なキャラクター設定の上面倒だから芸人やタレントはこなせないだろう。「研究員」若林も、軽い扱われ方をされる呼吸が抜群で、番組にハマっている。私は最近、ウッチャン・マツコの次の代を担う存在は若林でないかと見ている。清潔感があり、キャラクターが薄いのがかえって幅を広げていて、過激な発言で無理矢理笑いを取ろうとせず冷静なのがいい。
 番組が放映されていること自体、ほんとの偶然という雰囲気を保つ、今一番テレビ的な番組『激レアさん』。涙の似合わぬ「ドS」アナ弘中ちゃんの未来がどうなるのか。ゴールデンに移行したりせず、このままで行って欲しい。



 ウンチク旅番組として盤石の安定感を誇る『ブラタモリ』が100回を迎え、近江友里恵アナが涙で卒業した。しかし、有働由美子アナの後『あさイチ』で博多華丸・大吉とともに進行役を務めるのだから大出世である。最初のオンエアを見たら、堂々とした司会ぶりで、さすがタモリの相手役をこなしただけある。のびのびのんびりした雰囲気が好もしい。久保田祐佳、首藤奈知子、桑子真帆という3代のアナウンサーもみな花形で、NHKの出世コースとなっている。
 ネット上で発見したのだが、タモリが本当に珍しく対談をしていて、相手が藤井聡四段(当時)。『ブラタモリ』を欠かさず見ているという藤井クンに、よほど興味があったのだろう。「藤 電車の運転士さんになりたいと思っていたんです。/タ えっ!俺も思ってた!(笑い)。今でもなりたいです。番組で電気機関車を運転したことがあります。興奮しますよ。」と意気投合して喜んでいる。30歳で、たまたま赤塚不二夫に宴会で知り合って芸能界入りしたタモリと史上最年少棋士は相性がいいようだ。
 「お笑いBIG3」について、いまさら語ることはあまりないが、オフィス北野の騒動を見るにつけ、弟子を取らぬタモリの姿勢が際立つ。とはいえ、人材はNHKだけでなく、弘中ちゃんも育てているし、『笑っていいとも』でブレイクした人は枚挙に暇がない。有名な話だが『ブラタモリ』は担当アナウンサーの事前の下調べが禁じられており、リアクションはすべて自然な反応でないといけない。タモリが撮りたいのは「レア」なハプニングであり、それは「テレビ的なもの」の本質なのだ。
 ところが、タモリの求める「生」のスリルを受け継いでいるタレントはほとんどいない。『みなおか』も『めちゃイケ』も内輪ウケの予定調和の極みだった。それゆえ、タモリの後継者のひとりと見做していいマツコへの一極集中がまだ続くだろう(ウッチャンは横浜放送映画専門学院出身だけあり、アプローチが映画寄りで立ち位置はかなり異なる)。
 今回まず、弘中ちゃんを書こうと思い、この人も「タモリのとなり」か、と考えるうちに気付いた。タモリは今、晩年の昭和天皇にそっくりだ。畏れ多くも、黒眼鏡をかけて頂ければ、風貌が重なる。「あっ、そう」を多用し、生臭い話はとことん避けるが、クラゲと地学とジャンルは違えどおたく的な知識と研究は尋常でない。『ブラタモリ』は巡幸でしょう。とまあ、不敬な論を展開するのはこの辺で止すが、最近は風格を備えた飄々老人、たとえば笠智衆のような方をとんと見なくなった。なぜか、理由はあえて考えない。ただ、タモリであることは、本当はすごく厄介なことなのかもしれない。

 



 もう、終わってしまったが、『わろてんか』の終盤、戦中の描き方はNHKの朝ドラにありがちな単調な反戦ではなかった。吉本興業がぶつかる検閲の問題や、商売を続けようとして戦地に慰問団を送る経緯も、軍や官僚の悩みがうっすら伝わってくる描き方で、納得が行った。大河ドラマを含めて、歴史の見方がリアルな方に向かっている気がする。いい事だ。
 吉本せいの弟、林正之助がモデルの役を演じる濱田岳は感情の起伏の表現が見事だった。若林とともに、岳ちゃんもいつか飄々老人になる期待を持てる逸材である。もっとも、その頃に私は生きていないか。早逝した初代・吉本吉兵衛役の松坂桃李が後半、幽霊になってどんどん登場するのも最近の黒沢清が乗り移ったようで刺激的だった。当たり前のように幽霊と会話したりするのは『anone』でも一緒で、ドラマの演出も貪欲に新しいスタイルを取り入れている。
 それにしても、ドラマを含め、筋が通った工夫はみな、テレビ界ではタモリ風のハプニングに通じる。欽ちゃんの「素人いじり」も似た手法だし、時代とともに変わりつつ、原点は動かない。一方で、たとえば「雛壇芸人」のウケ狙いの発言を切り張りするような手法は、本来の「テレビ的」なものと逆向きである。台本がある「激論番組」も同じことだ。「密室芸」時代から一貫しているタモリの静かな抵抗がいつまで続くか、スピリットを受け継ぐ「となり」の人たちにも、頑張って欲しい。
 最後に蛇足。藤井聡太六段、春の甲子園の優勝投手で運動能力の塊・大阪桐蔭の根尾昂、大リーグで鮮烈なデビューを飾った二刀流・大谷翔平選手など、最近出てくる若い人たちは、余計な屈託を持ち合わせておらず、野球や将棋のみに一直線で力を尽くし、その中にきちん収まれる。余りがない。みんな負けず嫌いの優等生で練習好き。その感触と、ヒット映画を観せる「爆音」の「数字」に基づく判断のすがすがしさが何となく似ている。タモリもムダな屈託を抱えていない人だな、とか、考えることは色々あるのだが、今年の桜はなぜか色が濃かった。





風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。

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