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2018年04月号

YCAM繁盛記 第44回 (杉原永純)

2018年04月13日 22:54 by boid
2018年04月13日 22:54 by boid

山口情報芸術センター=YCAMのシネマ担当・杉原永純さんによる連載「YCAM繁盛記」第44 回は、前回に引き続き、YCAMによる映画製作プロジェクト“YCAM Film Factory”第4弾となる三宅唱監督作品の撮影レポート第2弾をお届けします。雪降る中で行われたロケでどんな場面が撮影されたのでしょうか。さらに杉原さんが映像プログラムのキュレーションを担うことになった「あいちトリエンナーレ2019」の話題も。

4月。真冬の撮影では撮りきれなかった春の実景をふらりと撮りに出かけた




三宅唱新作映画現場レポ:2週目 と2018年3月〜4月のいろいろ


文・写真=杉原永純


 これを書いている最中に日々あまりにいろいろなことが起きすぎていて、書くべき内容が落ち着かないのだが、本稿脱稿日に濱口竜介『寝ても覚めても』がカンヌコンペの報。ゴダールの新作(が2018年現在まだ発表されることが奇蹟としか言いようがないが)と並んで濱口竜介が世界最高峰の舞台に立つことになるとは。しかもいきなりコンペ。誰がなんと言おうが歴史的な快挙。
 同じくコンペ選出の『UNDER THE SILVER LAKE』に目がとまる。監督は『アメリカン・スリープオーバー』『イット・フォローズ』のデヴィッド・ロバート・ミッチェル(1974年生まれ)。プロデューサーの一人アデル・ロマンスキーは大まかにひと世代下の1982年生まれ(筆者と同じ年)。『アメリカン・スリープオーバー』のプロデュースを彼女のキャリア初期に手がけている。最近で、プロデューサーとして名を連ねているのはバリー・ジェンキンス『ムーンライト』、もう日本では誰も覚えていない気もするソダーバーグの映画『ガールフレンド・エクスペリエンス』原案のTVシリーズ『The Girlfriend Experience』とかとか。いい仕事してる。
 『寝ても覚めても』はまだ見ていない、出不精な自分でさえ早く見たいと思わせるぐらい、これぞ!という匂いが凄い。『ハッピーアワー』以降、自分は濱口映画の上映を誰かがうまくやってくれていることをただ祈るみたいな立場なのでどうこう言えないが積極的に並走できないのは正直勝手に悔しい。カンヌに至るまでのあの人この人は想像することができる。同世代の日本語で映画を撮る監督のステージを上げるのは、上の世代のプロデューサーであるし、まあそんなことは映画作家にとってはどうでもいいことだろうが。
 思ってみれば東京を離れた2014年4月から4年経ち、自分の居場所もだいぶ変化してきていることを感じる。3月末はこの度お声のかかった「あいちトリエンナーレ2019」のキュレーターミーティングや企画推進体制の記者発表などがあり名古屋に滞在。メインは国際美術展であって、そのほか音楽プログラムや、パフォーミングアーツや、ラーニング(エデュケーション=教育普及と最近は言わず、子どもだけでない幅広い対象向けに「ラーニング」という言葉が定着してきているらしい)、そして自分が担当させてもらう映像のプログラムなどがある大規模なトリエンナーレで、2010、2013、2016と続いてきて、3年に一度のアートのお祭りが来年8月から10月に愛知でおこなわれる。 これまでと大きく異なってくるのは、芸術監督がジャーナリストの津田大介氏であること。アート業界のプロパーではない芸術監督、その点がまず面白いと思う。そして最近は「ゲンロン」での活動が活発な東浩紀氏が企画アドバイザーに入っている。個人的に東さんの本はよく読んでいたこともあり、その点普通のトリエンナーレにならないだろうなということはすぐにイメージできた。
 国際美術展のキュレーター陣には海外のキュレーターも2名参加しており、そんな傍らに、なぜ自分がお声がけされたのかまだちゃんと理解できるとは言い難いが、それだけ映画・映像を取り扱うキュレーター自体が日本で少ないということだろう。ニッチな職業である。芸術監督含めて、キュレーター陣それぞれ忙しい人たちで全員揃う機会はなかなかないので、まずはミーティングで約3日間一緒に缶詰にさせてもらった。

メインの会場となる愛知芸術文化センターは大改装工事中


 会場となるのは、愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、名古屋市内のまちなか(四間道・円頓寺地区など)、豊田市(豊田市美術館及びまちなか)とアナウンスされている。会場候補地を視察し、キュレーターたちが考えている企画やアーティストをすり合わせていく。国際美術展はチーフ・キュレーター、キュレーターで5名、芸術監督である津田氏、アドバイザー東氏へとテーマ「情の時代(Taming Y/Our Passion)」を軸にして意見を投げ合っていく。
 すでにキュレーターとして一人一人経験豊富な方たちが集まっての議論は濃い。国際美術展の中にある、映像プログラムとなれば、YCAMの中のYCAMシネマと基本的には同じ構図とも言えるが、あいちは規模がデカい。まずは主軸のアート展がどのような方向で推移していくのかしっかり話を伺い注意して見守り、そこに並走したり、あるいは程よく距離をとって映像プログラムを構成していこうと思う。まだ具体的には見えてはいないが、自分にとって大きなチャレンジになる仕事であることは間違いない。
 YCAMとは当面兼業となる。こうしたことを想定していたわけではないが、2018年度は新しい映画制作をYCAMでは構想していなかった。もし、新作を走らせていたら、流石に受けられなかったボリュームの案件だった。たまたまお声がけいただき、でも同時にやるべき仕事だと思って、即決した。これから来年秋まで山口と愛知の往復が増えそうだ。

 
YCAM花見&歓迎会も無事終了。サッカーもあったがけが人もなく無事終了。
三宅映画出演者の近所の新・高校生たちも来てくれて恒例のサッカー



 毎年恒例の花見も終わり、山口の桜も散った。
 前回の続きの三宅唱現場レポ。



DAY4:2月11日(日)雪のち晴れ

 
 
 
YCAMから車で15分ほどの距離にある旧貯水池。広々とした良いロケーション。
映画のテーマの一つでもある「バイオ」。DNAを抽出するための植物採取を、劇中で実際におこなう



 YCAMではフィルムでの上映イベントを度々企画している。『Playback』のデジタル素材、35ミリフィルム見比べ上映 with 三宅監督のイベントを前々から2月10日に予定していた関係で、中高生を確保できる土曜は撮影は入れず、三連休中日から撮影を再開。週末毎の撮影はこれまで自分自身経験したことがなく実際始めるまではどうなるかと思ったものだが、準備し、撮影後切り替えて行くことができることが良い。少人数で、機動的に進めることを、YCAM映画制作企画の現場では常に心がけているのだが、今回最もその点はうまく行ったと思う。
 撮影には予期せぬトラブルが大小つきもので、2月11日(日)に予定してたロケ場所旧貯水池の撮影許可は非常におおらかに取れていたものの、直前で確認したところ文化財ということもあり、色々変更を余儀なくされる。しかし普段は入れないロケーションに出演者のテンションはぶち上がり、無事クッソ寒いこの日の撮影を撮り終える。ちなみにメインの出演者3人にクランクアップ後感想を聞いたら、この日のロケがいちばん楽しかったそう。三宅さんが回すメインカメラと同時に、彼らにも撮影中、iPhoneで随時撮影をしてもらっていたが、そこで撮れた映像はメインカメラではやはり撮れない表情をしているもので、その楽しかった感は横溢していた。そのiPhoneフッテージはこの後のストーリー上の鍵となる。



DAY5:2月12日(月・祝)大雪!のち晴れ

 
 
 
旧採石場はロケハン時は晴天で凍えるほど寒く、結局当日は大雪! 風も強く、『やくたたず』を冬の北海道で撮りきった三宅監督に「こんなに寒いロケは初めて」と言わしめるほどの極限の寒さだった



 前日から雪の予報が出ていたが、まあなんとかなるだろうと甘く見ていた。朝起きたら一面すっかり積もっている! これ本当に撮影します??ってお互い確認をしながらも別案も特別なく、とりあえずロケ場所に向かう。
 この日は山口の瀬戸内海側のとある海岸での撮影を予定していた。旧採石場で、これまたいい場所があって、探検にはぴったりだと思ったのだが、海の近くは予想以上に風がすごい。午前中は雪の様子も見つつ車で暖を撮りながら撮影のチャンスを狙って行ったのだが、雲の切れ間はあまりに短く、体温の低下が著しすぎて、流石に無理はできない。急遽撮影のプランを大きく変える。iPhoneを出演者たちに持たせてロケーション探検に出てもらうことにし、大人スタッフたちは彼らの後ろをついていくだけ。しかし、この映像が素晴らしく、撮れたものをその場でプレイバックしてみたら、まるでガス・ヴァン・サントの『ジェリー』じゃんと思った次第。
 お昼を挟み(近くの道の駅のカレーが沁みた)、その後市内に戻り撮影の続き。極めて寒かったが、暴風雪がなければ撮影は出来る!というテンションにすでになっていた。
 一日NHKが密着取材に入ってくれており、最後に出演者および監督インタビューを撮った。どうも取材してくれた記者がこの現場を面白がってくれて、クランクアップの日も必ず取材に来ます!と言ってくれた。



DAY6:2月14日(水)雨

 
YCAM爆音映画祭などでも使っているスタジオAで撮影した。
外ロケが続いていたが、室内撮影では、じっくりと演出に集中できる



 この日は一日YCAM館内。
 YCAMにはサポートスタッフ(アルバイト)の登録が多数あり、その中には、教育普及プログラム専門のインターンのような大学生スタッフたち、通称ファシリ屋(ファシリテーター)が複数いる。ファシリ屋たちは、今回の映画には、裏方のスタッフとしても活躍してくれつつ、同時に映画にも登場するのだが、この日はそんな彼らの恋模様シーン。この日皆が集まってから、ふたパターンの本読みをおこない、その場でどっちが振って振られるかを決め、撮影した。初めてきちんとドラマを紡ぐ日になった。この展開によって大きくこの後のストーリーは変わるのだが、こういうことを平然と現場でおこなっていけたのは、すぐに情報と意志共有できるスタッフ体制だからこそだと自負できる。
 バレンタインデーでもあったので主演女優の高校三年生から、全員にチョコレートが配られた。



2月15日(木)晴れ

 
撮影と撮影の間はロケハンしたり、素材整理したり



 この日は撮影はないが、2/17(土)に行く予定の撮影場所のロケハン。陶ヶ岳という標高247mの低い山ではあるものの、登山&撮影ルートを確認。この日も寒かったが、登り切る頃には汗だくになった。頂上は呆れるぐらいに空が高く気持ちいい。
 三宅さんは無言日記を撮り、録音・戸根さんは現場音を事前に録音する。撮影日に晴れることを祈ってこの日は終了。

 続く。





杉原永純(すぎはら・えいじゅん)
4/21(土)~5/27(日)三宅唱+YCAM新作インスタレーション展「ワールドツアー」オープン。初日は樋口泰人×三宅唱トーク、OMSB、Hi'Specによる展示内で行なうライブ。いずれも入場無料。ご来場お待ちします!

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