boidマガジン

2018年04月号

樋口泰人の妄想映画日記 その71

2018年04月18日 16:55 by boid
2018年04月18日 16:55 by boid

boid社長・樋口泰人による4月4日から4月14日までの妄想映画日記です。大阪の海側倉庫エリアにあるMOVIX堺で熱烈開催された「バーフバリ爆音映画祭」の様子、そして先週より公開された宮崎大祐監督『大和(カリフォルニア)』の舞台挨拶についてなど。




文・写真=樋口泰人


4月4日(水)
三宅唱『きみの鳥はうたえる』の試写に行くはずがまったく起きられず。今年の東京の花粉は絶対におかしいと会う人ごとに言っているのだが、とにかく今年は完敗。つまり相変わらず、いつものように絶不調で絶好調というわけである。低空飛行全開。昼は事務所にて夕方まで仕事。そして大阪へ。海老根剛に久々に会い、天王寺で食事。大阪は安くてうまいので本当に助かる。しかしすでに完全に初夏だった東京に比べ大阪は春の始まりくらいの寒さ。おでんで温まった。



そして堺に着くとすっかり酔っぱらった爆音チームがお出迎えしてくれた。


4月5日(木)
今回の爆音は『バーフバリ 伝説誕生』『バーフバリ 王の凱旋』しかやらないという極端な企画。とにかく映画館のある場所が、堺の海側の倉庫街なので、交通の便が悪い。基本的に車でないと行けない。バスは出ているが30人くらいしか乗れず堺駅や住之江公園駅から30分に1本、1時間に1本程度。行くときはまだいいが、帰りはバスに乗り遅れたり乗り切れなかったりしたらタクシーも簡単には呼べないし、途方に暮れる。ただ、駐車場は1500台駐車可能ということで、とにかく車で移動する方たちには街中のシネコンに行くより俄然便利という立地である。その条件をどう活かすかということで、今回の極端な企画となったのであった。しかし駐車場は果てしない。




昼には機材セッティングも終わり、すぐにチェックに入った。『伝説誕生』から。新宿でやった時の苦労が嘘のようにうまく行く。というか、どこをあきらめるとうまく行くかを把握してしまえばこちらのもの、ということである。できることとできないことがある。できる部分を全力で。『王の凱旋』の方は『伝説誕生』に比べると、音質がだいぶ違う。クリアな音がスコンと入っている。しかしもともと収録されている音量が恐ろしく大きい。やるたびにあきれるのだが、通常上映の際、各劇場はいったいどうしているのだろうか。

そして夕方からは本番。「絶叫上映」というやつである。サイリュウムなどの光物、シンバルなどの鳴り物などを持ち込んで、みんなで大声で叫びながら観る。スポーツ観戦のような感じだろうか。爆音だと本当に絶叫しないと声が通らないので、参加者は思った以上に全力出し切る感じになるはずだ。おそらくそのとき、眠っていた自分の力を知ることになるのだろう。楽しそうだ。わたしも俄かコスプレして挨拶を行った。ボランティアだという絶叫案内人は、もう慣れたもので堂々と腹の底から声が出ている。素晴らしい。お客さんたちも、サリーを着てきたり、黒いお面でやってきたりと人それぞれ。お祭り感は満載。終了後の写真撮影も大人気だった。








4月6日(金)
平日の昼の堺はさすがに落ち着いているので、わたしも『王の凱旋』『伝説誕生』の順番で通して観た。もしかするとこの見方が正解なのかもしれないと思えるような、複雑に入れ子状になったストーリー展開である。『伝説誕生』『王の凱旋』『伝説誕生』というふうに観るのが1番面白く観ることができるという話をその後に聞いたのだが、確かに全貌を知りつつ物語の展開を楽しく観るにはそれがいい。とはいえ3回観るほど時間と予算の余裕がないという方には、公開とは逆の順番で観ることをお勧めする。いずれにしても、『伝説誕生』はヒットせず、その悪い流れの中で『王の凱旋』も苦戦を強いられ、しかし公開3、4週後から火がついたという動員の流れは、なんとなく納得がいく。
そして飲み物の自販機を求めて併設されているゲームセンターに入っていったら、なんだかすごいことになっていた。ちゃんと写真を撮ればよかったのだが、どこまでも果てしなく広がっていて。この写真の反対側にはコインゲームと呼ばれるものがあって、カジノに近い遊び場になっており大人たちが昼から多数集っていた。映画に人が来ないはずである。




4月7日(土)
諸事情あり、boidの今年唯一の配給作品となるかもしれない『大和(カリフォルニア)』の初日である。というわけで、昼にMOVIX堺の様子を確認、劇場支配人や爆音スタッフに挨拶をして夕方、大阪をあとにする。新幹線の中で仕事をする予定が、気がついたら横浜だった。
一旦荷物を自宅に置き、猫たちにも挨拶をして新宿K’s Cinemaへ。新宿まで近いのが助かる。ドア・トゥ・ドアで15分ちょっと。皆さん勢揃いしていた。キャストの方たちはみんな仲がいいというか、それぞれが集まることでその場の空気が温まる。おそらく厳しすぎるくらい厳しかったはずのこの映画の製作時、しかしあくまでも親密さが保たれたゆったりした時間が流れるその雰囲気をうかがい知ることができた。宮崎くんの人柄によるところも大きいのだろう。




4月8日(日)
疲れていた。昼に起き、原稿書き。そしてK's Cinemaへ。初日舞台挨拶には所用で参加できなかった主演の韓英恵さんと宮崎くんとのトーク。当たり前のことだが、現実の女優「韓英恵」と彼女が演じた映画の中の主人公「サクラ」とは違う。その違いもはっきりと見えつつ、しかしその話を聞いているうちに、なぜかその場に成長した「サクラ」がいて舞台に立ち、われわれに向かって話しかけているような、そんな錯覚にとらわれた。その感覚はこの映画に限ったことではないはずなのだが、それでもそれがこの映画の大きな力であると言いたくなってしまうのはなぜだろうか。おそらくこのboidマガジンの映画レビューで海老根剛が指摘しているように、この映画そのものが「大和(カリフォルニア)」という新たな場所、どこにでもあってどこにもない場所を作り上げているからだろう。この日のK's Cinemaのステージ上に、映画とは違う、そして映画の続きでもあるような「大和(カリフォルニア)」ができていたのだ。




4月9日(月)
午前十時の映画祭で『地獄の黙示録 劇場公開版<デジタル・リマスター>』を上映するため、映倫のチェックを受ける。海外ではこういった制度はどのようになっているのだろうか? どのようなやり方でどのように機能しているのか? そして審査の料金はいくらくらいなのか? 考えてみればこれまで映倫の審査を受けないことを前提としていたために、その世界的な全体像を見ることはなかった。だが今後のことを考えるとそうも言ってはいられない。今更ではあるのだが、こういった日本の旧来のシステムをより現実的なものへと変えていく道筋を作らねばと思いつつも、一体どこから始めたらいいものやら。料金が高いと文句ばかりは言っていられない。

夜はboidマガジンのいくつかの連載の単行本化企画の打ち合わせ。先を見据えてのものになるのだが、単にウェブマガジンを発行するだけではなく、それがさらに違う形へと結びついていく展開を作っていくことができたら。生きていくのと同じようなことだと思う。


4月10日(火)
午後からは某案件にて成田方面に行った。空を飛ぶ飛行機が近かった。かつての新興住宅地、ニュータウンとも呼ばれたベッドタウンではあるが、今や高齢化が進んでいるという。ここに限らずどこの「ベッドタウン」でも似たような問題が起こっているはずだ。要するに少子化が問題なわけだが、例えば公共の機関とコンビニとが共同で託児所を運営するような、子育てする人が気軽に子供を預けて映画を観たりライヴに行ったりできる環境作りや、例えば、子供は親が育てなければならないという根本的な問題をひっくり返すような思い切った発想の転換によるシステム作りが必要なのではないかとさえ思う。




4月11日(水)
気づくと玄関先のフェイジョアの木に、新芽が満載になっていた。辛い日が続くが、それでもこうやって何かが変わっていく。焦ることはない。



ネット上にハンス・ジマーのストリングス録音時の写真が載っていた。ストリングスの数もそうだが、マイクの数も圧巻である。どうやらロンドンの「AIR Studio」というスタジオらしい。「音は金」と時々冗談のようにして言うのだが、まさにそうとしか言いようがない。そういえば『AKIRA』の音の録音時も呆れるような金額の予算がかかったらしい。そうやって作られた音を爆音上映させてもらうのはありがたい限りだが、予算のない日本映画の製作者たちは、いったいどうしたらいいのか。例えば、世界の映画祭のコンペなどでは、当たり前のように同じ映画として並べられるわけである。





4月12日(木)
溜まっていた仕事を片付けたら見逃していた映画を観に行こうと思っていたのだが、溜まっていた仕事を全然片付けられずに、気がつくと21時近くになっていた。


4月13日(金)
午前中、soi48と次回タイ爆音の打ち合わせ。今回はプレイヴェントも含め2回、タイからミュージシャンを招聘する。果たして赤字を出さずにやれるか、間に合うのか。やれば面白いのはわかっているのだが、だから当然やるしかないのだが、そのための労力と財力をどうするか。誰かboidにポンと資金を与えてくれないかと、小学生みたいなことを思う。

その後、税理士との面談、爆音打ち合わせなどで1日が終わる。今週は試写予定があれこれ入っていたのに1本も観ることができなかった。あまりに落ち着かない1週間だった。黒猫さまににらまれた。




4月14日(土)
朝、一度起きたのだが具合悪く2度寝。午後から少し仕事をして、K's Cinemaに向かう。『大和(カリフォルニア)』2週目で、急遽、韓英恵さんが来場し、上映前の挨拶をということになった。K'sに到着するとすでに韓さんは来場されていて、ポスターパンフレット購入者へのサインを行なっていた。みなさん喜んで、サイン待ちの列をなしている。小さな映画はこういうことが起こるからうれしい。



上映後は宮崎くんとのトークがあるので、『大和(カリフォルニア)』を再見。毎度のことながら、これまで気づかなかったことがいくつも見えてくる。いや、最初はぼんやりしていたことが、何度か重ねるうちにようやく像を結んで来ると言ったらいいか。この映画の物語もまた、似たような構造を持っているのではないか。主人公サクラはなんども同じことを繰り返し、もちろんそのたびに違う体験をして、それらが積み重なってようやく像が結ばれていく。夢は実現させるものではなく見るものである。徹底して見るものである。その繰り返しによって像を結ぶ。それ以上のものでも以下でもない。この映画と設定も物語も非常によく似ている『パティ・ケイクス』との決定的な違いはそこにある。夢は見るものであるとするか、実現させるものとするか。それはもう、生きるアティテュードの違いとしか言いようがない。その意味ではわれわれの方が圧倒的な少数派である。そんな気持ちも込めて、ティラノザウルス・レックスの「デボラ」と『ベイビー・ドライバー』についての原稿を書いた(5月上旬くらいには発売されるはずの河出書房からのTレックスのムックに掲載)。



樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。4/20(金)まで宮崎大祐監督作品『大和(カリフォルニア)』をK’s Cinemaにて公開。4/21(土)はYCAMにて三宅唱監督『ワールドツアー』展のオープニング・イベント、翌22(日)はBookstore松にて映画座談会

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