boidマガジン

2018年05月号

遠藤麻衣子(『KUICHISAN』『TECHNOLOGY』監督)インタヴュー

2018年05月05日 06:32 by boid

5月12日から遠藤麻衣子監督の『KUICHISAN』『TECHNOLOGY』がシアター・イメージフォーラムでレイトショー公開されます。沖縄で撮影された『KUICHISAN』、アイスランドとインドで撮影された『TECHNOLOGY』。映像と音楽、そして音が無秩序でありながら奇跡的に融合され、「幻想記録映画」と命名された2作品で彗星のように現れた遠藤麻衣子監督に、このような映画を作ることとなったきっかけ、映画と音楽、音に関する考えなどを伺いました。

『KUICHISAN』




取材・構成=夏目深雪


――映画の音楽や音は大雑把に分けると、劇判と呼ばれる映画音楽と自然の音などの環境音の2つに分かれると思います。映画のストーリーがあって、それを盛り上げたりまたはずらしてある効果を出すために音楽がつき、環境音は専らリアリティや生々しさを出すために強調される。遠藤監督の作品、『KUICHISAN』『TECHNOLOGY』は観客が明確なストーリーを追うというよりは、画と音を同時に楽しむという感じですね。そのせいかその2つの中間の音楽とも音とも呼び難いものが作品中に多いと思います。
 例えば観客は、画面に映っているのがどこかなのか明確に分からない。説明がないのもあるし、何よりもストーリー上位置づけられていない。ので、川のせせらぎや突然流れてくる歌が画を経由してではなく、そのまま観客側に入ってきます。明確なストーリーが追いにくい分、音楽と効果音の中間のような音が、映画を推進していくことも多いですね。音響デザインの重要性は注目されてはいるものの、映画の世界では、音楽や音が従でそれ以外のものが主であることが一般的です。このような独創的なスタイルを思いついたのは何がきっかけだったんでしょうか。

遠藤 私は元々映画学校に行った事がないし、論理的なことも勉強したことがありません。自分で高校の時からデジタルカメラ廻して映像を撮り始めて、音も録って、好きにちょっと編集して短い何かを作って、それがすごく自然な入り方だった。ですので、最初からそういうストーリーがある映画を作るというよりは、その自分のその生活の中の一部を映像にしてみるとか、そういう事をやっていた時にそういう関係が生まれたのかもしれない。

――シネフィルのように、ベルイマン凄いとか、そういうことはなかったと。

遠藤 映画はすごくたくさん観ていて、映画館行ったりとかビデオ借りまくったりとか、そういう事はしているんですけれども、映画の論理を知ろうというのはない。映画について論理的に説明している本を買って読もうとはしなかったっていうのはそれを怖がっているというのがあったのかもしれない。

――怖がっているというのは?

遠藤 もし自分が映画を作るとしたらその部分が邪魔になるんじゃないかって。

――そういう直観があったということですか?

遠藤 はい。

――そうですか。古典的な映画の勉強方法だと思うんですが、観てよかった映画のシナリオを読んでみたりとか、そういったことも全然しなかった。

遠藤 ないですね。

――自分が作りたいもののイメージが、映画をたくさん観ている中でも、それだけは結構はっきりしていたっていうことでしょうか。

遠藤 そう。あと映画観に行くと、絶対寝ちゃうんですね。寝ちゃって。で、10本映画を観に行ったら8本くらい寝ちゃうんですよ。

――えっ。それはなぜ。

遠藤 分からないです。

――退屈で?

遠藤 すごくつまんなくて最低っていうやつでも、寝れない時もあれば、すごくいい映画で寝る時もあります。安心してか寝ちゃうんです。ですので、その映画を観た後にそのストーリーが説明できませんね。

――もう一回観ようっていう風にもあまり思わないんでしょうか?

遠藤 寝ちゃったけどこれはすごくなんかもう一回観たいなってやつは観ますけど。

――やはり映画をアンビエンス、環境として楽しんでいるというか、映画のストーリーじゃなくて、作り出されるその空間を楽しんでいたって事でしょうか。

遠藤 それもあると思います。

――最後はどうなったんだろうとか、そういうのも全然気にならない。

遠藤 気になってももうしょうがないというか。だから友達ともし行ってたら、あれはどういう事だったの?みたいな感じで聞いたりはするんですけど。

――それっていわゆる名作も含まれてるわけですよね。

遠藤 そうです。例えば、小津監督の『東京物語』とかは30回くらい観ようとして30回全部寝てるみたいな感じで、だから映画によって私はなんかその、催眠作用がある映画っていうのはある気がして。

――ああ、なんか小津は分かりますね。あとよく寝る映画というと…。

遠藤 ジブリ作品。寝ちゃうから私ほとんど観た事がなくて。

――日本的なところが共通していますかね。アピチャッポンは? みんなよく寝るって言いますが。

遠藤 彼の『ブンミおじさんの森』は寝ました。

――リズムとかですかね。

遠藤 なにか、あると思います。寝てしまっても音は聞こえていたりするから、関係性が途絶えるわけではないと思っていて。パッと起きてこうなっていて、寝てまた起きたら、ああこれかみたいな、それはそれで、そういう見方があるのではと。まぁ、ただ寝ているだけなんですけど。

――では映画を観客として観ている頃から、自分の撮りたい作品のイメージはきっちりあって。最初に作った時に、それがパッと出せた感じだったんでしょうか。

遠藤 自分が何を作っているか全然わかりませんでした。

『KUICHISAN』



――監督作品は、『KUICHISAN』が第一作目なんですよね。ではかなり試行錯誤しながら作っていった感じでしょうか。

遠藤 その前に作っていたのはちょっとしたビデオだったんで、映画を作るって言う意識で作ったのは『KUICHISAN』が初めてです。

――今デジタルなんで、みなさんが撮れる様にはなってると思うんですけど、でも基本的な技術みたいなものはあるわけじゃないですか。そういうのは全く、勉強はしたりとか誰かのアドバイスとか受けたりしないで自分でチャレンジして撮っていったと。

遠藤 映画を観る事が一番の勉強だと思っているので。観てて、できるかなと思ったのでやりました。あと一緒にやっているカメラマンとかはもう映画を撮った事があるし、映画は一人で作る物ではないので。

――あと、バイオリンを演奏していらっしゃったのが、音楽への興味に繋がっているのかと思ったんですが、そのあたりはいかがですか?

遠藤 影響はあると思いますが、何がどう作用してるかは分からないです。オーケストラでも演奏してた事があるんですけど、オーケストラってバイオリンがいてヴィオラがいてって色んなグループがあってそれが曲を構成しているから、それが映画を作る時に構成力のようなことで何かしら影響力はあるかもしれないです。

――何年くらいやっていらっしゃったんですか?

遠藤 日本でも小さい時からオーケストラみたいなのがあって演奏していて、向こうに行ってもやっていたんで、15年くらいですかね。

――ストーリーと、俳優と映像と音みたいな物がこう主従関係にならないで有機的に結び付くみたいなそういうイメージが、確かにちょっとオーケストラの演奏と結び付くところがあるのかなという風に思いました。

遠藤 多分その実験映画と世の中で言われている映画はその主従関係が違う映画もあると私は思っていて。そういう映画も観ていたので。

――でもまた遠藤監督の映画は実験映画とも違いますよね。コンセプチュアルな映画は5分のように短いか、アンディ・ウォーホルの『エンパイア』の8時間や王兵の『原油』のように14時間とか。70分や90分という劇映画の体感ではないものをあえてやっていることが多いのでは。『KUICHISAN』も『TECHNOLOGY』も長さ的には劇映画の体裁を保っていて、一般的な劇映画とは違う作りになっているのに、全く退屈しないのがすごいと思います。
 また、実験映画の場合は主従関係が逆だったりする事はあっても、混沌と混じり合ってるみたいな事はあんまりないのかなという感じがしていて、遠藤監督の映画は実験映画って言ってしまうと勿体ない気がします。私は本当に独創的だなと思いました。劇映画と言ってしまうとまたちょっと違うんだけど、劇映画と張れると言うか、別の張り方で張れる面白い映画だなと思いました。

遠藤 ありがとうございます。

『TECHNOLOGY』



――『TECHNOLOGY』では、音響デザインを『ゼロ・グラビティ』『メッセージ』のニコラス・ベッカーが担当しています。二つの共通点をあえて挙げると「宇宙」「交信」でしょうか。素晴らしい音響デザインだったと思います。この映画でも少しそのイメージが垣間見えるようなところがあると思いますが、彼の起用はどのような理由から? どんな仕事ぶりでしたでしょうか。

遠藤 ニコはそのフランスのプロデューサーから紹介されて。ラフカットみたいなものを見せて、やりたいって言ってくれたので、それでやり始めました。けどフランスに行って一緒に作業する前に準備をして来て欲しいということで、彼らから野村みきさんという日本の音響技師さんを紹介されました。その野村さんから今回音響編集をやっている浅梨なおこさんも紹介され、日本で作業に入って、大体ここまでやればその後の作業がスムーズに行くかなっていうところまで進めました。それが1ヶ月くらいかかりましたね。
 その後2ヶ月位フランスに滞在して、で彼らもすごく忙しい人なので、その合間に、ニコと、ケン(・ヤスモト)というギャスパー・ノエの音とかやってる方なんですけど、その人のスタジオで時間を見つけては作業しました。もうじゃあ今日の仕事終わったから来ていいよみたいな感じで夜行ってやらせてもらっていました。

――音楽は服部峻さんですね。で、音響がニコラスさん。分からないのは、先ほども言いましたがその中間みたいな音があるわけですよね。どういう棲み分け、作業手順になるんでしょうか。

遠藤 私は最初のラフカットを作る時に、自分でこういう音必要なんじゃないかなという音を入れてっちゃうタイプなんですね。それを、そのまま音響技師さんのところに持って行って作業を始める。だから今回の場合は日本で、その音の整理、編集をまずやって。で、その後フランスに行きニコに会って、代理で付けていた音の場面を見せて、こういうイメージなんだっていうのを話して、彼が昔録ったこの音があるけどどうだ?と色んな音を聴かせてくれるんですよ。

――監督の中でイメージがちゃんとあってそれを膨らませていく作業になるわけなんですね。

遠藤 それに合った音を向こうが持って来て。

――ラフがあるから、それに沿って、こっちはニコラスさん、でこっちは服部さんみたいな、それを振るっていう感じですか。

遠藤 シーンの中で、あ、ここ音楽必要だなって言うのには元々音楽を付けて、ラフカット、それをこことここに音楽がありますって言ってそれを服部君に渡して、彼がそこに音楽を付けて行く。だから旋律がある、メロディーがある音楽が出て来たら服部君。あと他にも何曲か既存の音楽も使っています。それと服部君には月の音というのを作ってもらい、それを何度か使っています。持続音的なやつなんですが。

――『未知との遭遇』のあの音みたいにポンポンポンポンっていう電子音が結構あるじゃないですか。

遠藤 そういう音は自分でどこかから持って来た音とニコのそのサウンドデザインの音をこう並べた感じですね。

――『TECHNOLOGY』の最後のエンディングの曲が本当に格好良くて痺れました。服部さんに関してはプレスシートでも自分の映画には欠かせないという風に仰っていましたが、ニコラスさんの印象はいかがでしたか?

遠藤 彼と一緒にやったのは本当にすごくいい経験で。人間的に温かみもあるし、私のように誰も知らない監督にすごくちゃんとリスペクトがあって。彼は自分の役職がなんて言えばいいんだろうって言っていて、彼の中ではただのサウンドデザイナーでもないんですね。やはり彼はアーティストなんです。映画音楽だけではなくて、フィリップ・パレーノなどのアート作品にも関わっているので。そういった方と一緒にやれたのはすごくいい刺激になりました。

『KUICHISAN』



――『KUICHISAN』の撮影監督をジョシュア・サフディ&ベニ―・サフディ監督の『グッド・タイム』の撮影監督、ショーン・プライス・ウィリアムズが担当しています。遠藤監督はNYにいらっしゃった頃サフディ兄弟と仲が良かったそうですが、その頃の話を聞かせてください。

遠藤 私は最初学生としてNYに滞在していて、その後バイオリニストとしてアーティストビザを取りました。私はこれをやってる、みたいな居方じゃなくて結構ふらっといたんです。その時にビデオ屋とかにも結構行ってて、色んな友達がいて、その中にエレノア・ヘンドリックスという『KUICHISAN』にも出てるアメリカ人の女の子がいて。彼女に映画監督をやってる友達がいるから会おうって言われて、クリスマス・イヴだったんですが、それがジョシュア・サフディでした。2007年ですね。ちょうどジョッシュが『The Pleasure of Being Robbed』という彼の初長編監督作品をエレノアと撮影している最中でした。
 彼らはその時からすごく活発で、常に色んな物を作っていて、ウェブサイトに2分ぐらいのショートフィルムを100個位アップしていたりして。まだ若くて、22、3だったと思いますけど。そのうち映画が完成して、インディーズにいたんだけれども、いきなり『The Pleasure of Being Robbed』がカンヌの監督週間に選ばれて、本当にインディーズっぽいさらっと撮っている映画なので、みんな驚きましたね。別に当時は売れていたわけでもなかったので、バーに行ったりして普通に遊んでいました。

――音楽が重要な役割を果たすところは、サフディ兄弟の作品との共通点が見いだせますが、サフディ兄弟の場合は映画のストーリーは平易に追えるものであり、環境音よりもいわゆる「音楽」の比重が高いと、違いもありますね。遠藤監督自身、或いはお互いに、そのあたりどのようにお考えになっていらっしゃいますか。

遠藤 サフディの初期2本、『The Pleasure of Being Robbed』とか、『Daddy Longlegs』は全然音楽とか使ってない。極力使わない。映画の中のキャラクターがラジオの音量を上げたらその音が出て来るというような、すごくミニマルな映画を作っていたんです。ジョッシュは2011年に『KUICHISAN』をデンマークでやったプレミアで観てくれて。それくらいから彼らの映画も段々音楽を使う様になって行ったと思います。『神様なんかくそくらえ』とか。

――ああ、『神様なんかくそくらえ』は2014年ですものね。冨田勲の楽曲等が使われていましたが『KUICHISAN』に影響を受けている可能性も。

遠藤 『KUICHISAN』の服部君の音楽をすごく羨ましがっていて、あとショーンともやる前だったんで、やっぱりショーンはいい、みたくなって。でその後から、ショーンと一緒に映画をやるようになった。

――日本の公開と時系列的には逆なんですね。

遠藤 そう。だからそう思って観ると面白いかもしれないですね。

――遠藤監督の方が本当に孤高と言うか、孤立していて、サフディ兄弟の監督作品は音楽をすごく多用していますが、でも他にもそういう監督いますよね。

遠藤 そうですね。ゴダールはまた違うやり方ですけれども、ニコラス・ウィンディング・レフンとか。けど寝てたからなんとなくそうかなというだけだけど。

――音楽の使い方が面白い監督といえば、デレク・ジャーマンとか吉田喜重とかデビッド・リンチなんかもいますね。

『TECHNOLOGY』



――音楽の話が続きましたが、映像も素晴らしいです。『TECHNOLOGY』の冒頭、あれはアイスランドの氷河でしょうか。一人の女性が歩き出し、そのまま凍った大地を駆け抜けていくシーンが続き、冒頭から掴まれます。また、ショットが早いスピードで交互に切り替わったり、光による風景の点滅や、花火が重ねられたり、実験的な手法も多々使われていますね。撮影、そして編集はどのように行ったんでしょうか。

遠藤 撮影は、本当はクルーを連れて行って撮りたかったんですが、予算の問題で、結局1人で全部やる事になって。だから録音も全部やって、基本役者とこう1対1で撮っていったというスタイルですね。
 もともと、撮影に行く前に、ロケハンをして自分の見てきた、ここの場面はあそこで撮ろうっていうのを脚本というかイメージノートみたいのに落とし込んでいき、それで撮影しました。編集は撮ってきた物を全部入れちゃうと第一稿が3時間ぐらい長い物になるので、そこからどんどん短くしていって。

――そこで音も付けちゃうっていう事なので、音と連動しながら編集も全部自分で決めて作業するって言う事ですよね。

遠藤 そうです。

――2作とも全部編集まで自分でやられているんですよね。そういう作り方だと編集を人に任せるのもちょっと難しそうですよね。

遠藤 『TECHNOLOGY』は編集助手を入れるという話も出て、編集の人に会ったりもしたんですけど、みんな口を揃えてこの映画は他の人には編集できないって言われて。

――編集はどのくらいかかりました?

遠藤 作業時間だけで言ったら1年半くらい(編集が1年2ヶ月、音響作業が4ヶ月間)はかかってますね。『KUICHISAN』は1年10ヶ月かかってます。

――そんなに? 素材が100時間あるわけじゃないということなんで、試行錯誤を重ねるという事ですよね。一回やった物を編集し直したりとか。

遠藤 そうですね。

――影響を受けた監督、好きな監督を教えてください。

遠藤 今まで観てきた全ての映画に影響を受けていると思います。好きな監督もパッとは出て来ない。『MIXED BLOOD』とかも好きだしピーター・ハットンとかもいいと思うしワレリアン・ボロズウィックとかエリス・クリモフ、グラウベル・ローシャに『ガンジャ&ヘス』、『サマー・ソルジャー』とかあと『スタンド・バイ・ミー』とか好きです。初期のカラックスやガレルも好きです。ゴダール、パゾリーニ、マルコ・フェレーリ、あとはレスリー・チャンを観たくなるとかレオナルド・ディカプリオは絶対。佐々木昭一郎は人に薦められて最近初めて観たけどよかったです。自分と遠くないと思いました。ピーター・ワトキンス、ユスターシュ、りんたろう、というか森本晃司さんが原画で関わってた映画とかは観ます。と延々に続きます。『メトロポリス』(1927)『サンライズ』、Kamal Swaroop、『Arousi-ye Khouban』…

『TECHNOLOGY』



――『KUICHISAN』は沖縄、『TECHNOLOGY』はインドとアイスランドで撮影されています。特に沖縄とインドの街並みが映っている時、アピチャッポン・ウィーラセタクンの映画を想起したりしました。熱気や湿気が画面から立ち上がるようで、それらを前面に出すことによってエギゾチックな面が嫌味なく出るというか、物語性に回収されない強みのようなものが似ているかもしれません。アピチャッポン監督もアメリカを経由してから故郷のイサーンに拘って映画作りをしていますが、遠藤監督もアメリカ滞在を経験されていますが、映画の舞台はアジアが多いですね。このあたりは拘りが?

遠藤 インドに関して言うと、私は元々インドだけは絶対行きたくないって思っていました。強過ぎるというか、神様の姿とかもあまり好きなタイプではなくて。けど『TECHNOLOGY』に主演しているインディア・サルボア・メネズに会って、彼女から「あなたが映画を作って、私がそれに出たい」って言われて、それでじゃあ映画作ろうって言っていくうちにインドに辿り着いた。
 彼女はアメリカ人とアイスランド人のハーフで、顔は白人なんだけど、名前がインディア。彼女の親たちがバックパッカーで、旅行してて次インド行こうって言ってたら彼女を妊娠してしまってインドに行けなかったけど、子供にその名前をつけた(後日この話は少し思い違いだった事がわかる)。それでこの映画は、アジアとヨーロッパ、ひとつずつ国を選んで映画撮ろうと思ってたんで、どこにするかっていったら、せっかくならインドにするかと。で、最初は私初めて一人で行って、すごいとは聞くけど本当にすごいなと。
 アジアに特別な想いがあるということはないと思います。ただたまたまその縁のある場所を通って行ったら、そこだったっていうだけの話なんですが、映画に関連する旅をする時に、やっぱり沖縄だったり、そのインドの南側の地方っていうのが似てるんですよね。暑さとか聞こえてくる音の感じとか食べ物とか。さとうきびジュースがあったりとか、その辺のエリアにちょっとこう吸い寄せられてる感はあって、それが何なのかとは、ちょっと自分でも分からないんですが。実際アジア自体は、そんなに行った事がないので。

――でも大都市というよりは、地方、辺境ですよね。沖縄とインドとアイスランドもどちらかというと辺境かと。自然と自然音が素晴らしい映画とも言えるじゃないですか。自然を撮りたいと言う様な気持ちがあるんでしょうか。

遠藤 それは絶対的にある。

――そうですよね。ビルディングとか全然出て来ない。

遠藤 元々自分が夏が大好きで、あとは映画の内容も自然に関わるものを撮りたくて沖縄とインドを選んだというのはあると思います。あとひとつ自分の中で或るキーワードがあって、どちらもそのキーワードにゆかりのある土地です。そのキーワードを追っていつも旅をしています。

――プレスシートに掲載されている樋口泰人さんの批評(※こちらで全文が読めます)で、「この作品には溝口やゴダールが敏感に感じていた『映画の声』があった。いや、それはまさに『映画の声』の物語だった」という記述があります。遠藤監督自身は、映画における音楽や音、樋口さんが仰る「映画の声」についてどのような考えをお持ちですか?

遠藤 樋口さんの論評を読んだ時、自分のやろうとしている、取り組んでいる作業の意図にちゃんと反応して頂いているというのがわかって、何か自分の中でピンと来る物がありました。ただ、映画の中の音楽や音に対して特別な思いがあって作品を作っているということはなく、自然にこうなったという感じです。
 ただ、普段こうやって生活してる中での感覚、音が聞こえてくる感覚って言うのは大切にしたいなと思っています。

――日常性というようなことですね。

遠藤 日常の中で聞こえてくる音というのもありますが、自分がすごく具合が悪い時にはこう聞こえるとか。生きている中でその変化があるわけじゃないですか。そういうのも全部含めて。そういったリアルというか。

――日常性と自分の感覚というようなことですかね。その2つを並べるとやっぱりアピチャッポンとの共通点を感じたりしますけれども、アピチャッポンに関してはいかがでしょうか。

遠藤 『トロピカル・マラディ』はすごく好きな作品です。映画館でやる時は絶対観に行きます。あと『TECHNOLOGY』はアピチャッポンが助成金を取るのを手伝おうとしてくれました。

――次回作は日本が舞台とのこと。ついに監督が育ち、住んでいる街の音を我々観客も聴くことができるわけですね。楽しみにしています。本日はどうもありがとうございました。





KUICHISAN
2011年 / 日本、アメリカ / 76分 / 配給:A FOOL / 監督・脚本・編集:遠藤麻衣子 / 撮影監督:ショーン・プライス・ウィリアムズ / 出演:石原雷三、エレノア・ヘンドリックス、李千鶴ほか

TECHNOLOGY
2016年 / 日本、フランス / 73分 / 配給:A FOOL / 監督・脚本・撮影・編集:遠藤麻衣子 / 出演:インディア・サルボア・メネズ、トリスタン・レジナート、スレンダーほか

5月12日〜18日 シアター・イメージフォーラムにて一週間限定レイトショー公開
《上映日程》※連日21時から
5月12日(土)『KUICHISAN』
5月13日(日)『TECHNOLOGY』
5月14日(月)『KUICHISAN』
5月15日(火)『TECHNOLOGY』
5月16日(水)『KUICHISAN』
5月17日(木)『TECHNOLOGY』
5月18日(金)『KUICHISAN』

公式サイト





遠藤麻衣子(えんどう・まいこ)
1981年、ヘルシンキ生まれ。東京で育つ。2000年にニューヨークへ渡り、バイオリニストとして、オーケストラやバンドでの演奏活動、映画のサウンドトラックへの音楽提供など音楽中心の活動を展開した。2009年アメリカ製作のドキュメンタリー映画『Beetle Queen Conquers Tokyo』で共同製作を務めたのをきっかけに、11年日米合作長編映画『KUICHISAN』で監督デビューを果たす。同作は、12年イフラヴァ国際ドキュメンタリー映画祭にてグランプリを受賞。11年から東京を拠点に活動し、日仏合作で長編二作目となる『TECHNOLOGY』を完成させた。

夏目深雪(なつめ・みゆき)
批評家、編集者。共編書に『激闘!アジアン・アクション映画大進撃』(洋泉社ムック)『アピチャッポン・ウィーラセタクン 光と記憶のアーティスト』(フィルムアート社)『国境を超える現代ヨーロッパ映画250 移民・辺境・マイノリティ』(河出書房新社)ほか多数。

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