boidマガジン

2018年05月号

宝ヶ池の沈まぬ亀 第23回 (青山真治)

2018年05月25日 10:12 by boid

青山真治さんによる連載「宝ヶ池の沈まぬ亀」第23回は、ザ・バンドとモネに憑かれた春の日記。また、前回に続き名古屋や再訪し、さらには犬山、伊勢、伊良湖岬、篠島を巡ったシナハン第2弾の旅の記録も。




文=青山真治



23、またもやビッグ・ピンクに憑かれて

某日、雨の降る深夜にWOWOWで久方ぶりの『パラダイム』を。何度見てもすごく怖い。特にブロンドの子が悪魔に寄生されてからの展開は、ちょっと心臓に悪いほどだ。見直してみて、やはり「窓」の映画だということがよくわかり、カーペンターの中心命題である「窓」が最も全面的に発動しているのが本作だと確認。ホームレスの外に集まってきているのをあの髭が窓から出て挑発するシーンに何の意味があるのかさっぱりわからないのだが、とにかく怖い。隣のクローゼットとの間の壁の穴もやはり「窓」であり、もちろん悪魔が父を救いだそうとする鏡もやはり「窓」で、といった感じにクライマックスはつるべ打ちである。夢さえも「窓」の変奏だと言える。しかし、特に気色の悪い描写があるわけでもないが、やっぱり凄く怖かった。これぞカーペンター映画の頂点と思われた。自分が必要以上に怖がりである理由について考えたいとは思わない。
某日、そんなわけで誰かの命日とかそういうわけではないのだが、たぶん『パラダイム』の恋人たちの死別への追想か、ここ数年で失った友人たちのことを漠然と考えていた。夕方、打合せに行くと、大学の後輩と出会い、偶然ながらここでも彼から既知の不幸や未知の不幸を聞くにおよび、すっかり心が折れてしまい、鬱々とした一晩を過した。
某日、もう旅想など自分の内部から消え去ったかと思っていたが、昨夜以来むくむくと湧き上がった。パリ・チュイルリー公園のオランジェリー美術館でモネの睡蓮壁画を見ることと、ルーアンの大聖堂を見ること。モネの番組の影響である。できれば太鼓橋のあるモネの自宅にも訪れたい。昨晩、「膨大かつ静止したような世界の時間の官能にキャメラを向けたい」という発想に無性に捉われていて、夜更けにテレビを点けたら、モネの特集番組に出くわし、かれが睡蓮や大聖堂に魅せられたのはつまりそれだ、と知らされた。ルーアンで雨の日も風の日も朝から晩まで大聖堂を見つめ、向き合い続けたというモネの感覚を知りたい。もちろん映画は運動であるので、自分から絵画に興味がむかうことはめったにないし、モネをことさらに好んだこともないのだが、モネの言っていたこと、行っていたことはよくわかる気がする。それを実際に見て確かめるための旅への想い。ようやく久しぶりにヨーロッパへ行く動機ができた。いわゆる「死ぬまでに一度は」ってやつだ。
本日から夏日になるという予報。



某日、というわけですがすがしき初夏の日差し。いやまだ四月ですけど。で、十条に行ってきた。十条と云えば『はるねこ』の根拠地であるわけだが、たんにめんどくさいという理由で私はこれまでここに近づかなかった。だが、当地にあるカフェでわれらが笛吹き・春名正治氏がギタリストの成川さんとのデュオで演奏するという話を聞いたからには行かねばならない。まずは、と水先案内人の広田が導いたのは駅近くの定食屋。そこで「からし焼」なる「十条のソウルフード」を食す。そんなに辛くないですから、と広田は言うが、いや辛いよ、広田。耐え難いほどではないにしても。でも美味。十条の食い物屋の充実ぶりは半端なくまるで「北のシモキタ」のようだ。春名先生の演奏はかっちょよかった。特にアメリカで作ったという楽曲はヒップホップと共演してほしい。日本にそんな気の利いたラップ・アーティストがいればの話だが。いわゆる「十条」に足を踏み入れる。広田や甫木元が巣食っている部屋だが、そもそも俳優山本圭祐の持ち家である。驚いたのはこの家の片隅にメサブギーのアンプが眠っていたことだ。いずれあいつの眠りを覚ましてやらねばなるまい。夜のうちに帰るつもりが、圭祐の帰宅により呑み方が増し、結局寝落ち。

春名さんと成川さんのL-Duo
 


朝、ぼんやりと時間を過ごし、昼に前情報を入手しておいたクルド料理「メソポタミア」へ。美味。ジンベースのカクテルで不覚にも酩酊。やっとこさ帰宅したが、十条グルメ旅はこれからも続くであろう。学生時代、一度もここを訪れなかったことを悔やむ。
某日、朝から某バンドのベーシストの失態に心を砕く。御承知のように私は『ザ!鉄腕!DASH !!』愛好者であり、同番組での彼の陸海縦横無尽の活躍を毎回楽しみにしてきただけにこの失態の禍根は甚大である。しかし酩酊による過失については他人のことを言えた義理ではないので、同病相哀れむばかり。前に進むための燃料でありながらその燃料に足を取られるという不甲斐なさで日々を無為にしているという自覚がありながら、どうしても燃料を体内に注いでしまう、このだらしなさを如何ともしがたい。
某日、南北会議。何がどうあれ、南北首脳のこの活動は忘れられるものではないし、この国の政府やメディアには何ら口を挟む余地のないことはたしかだろう。午後散策に出た二人の座った青い橋のロングショットはまるでトニー・スコットの一場面のようだった。夕方、あまり体調の良くない状態でシモキタへ。「アナばか」ザ・バンド特集。どれも絶品だが、ついにTears of rageで涙腺が決壊してしまう。これほどリヴォンのドラムが深く聞えたのは初めてだった。地下室というより洞窟だ。どういう録音態勢なのか。ジョン・サイモンの謎を知りたい。あと、四十年前に購入した私の米盤『Before the Flood』がどうして面があべこべになっているのか初めて知ることができた。湯浅さんの話は本当に勉強になる。残念ながら別件があり、後半開始直後に離脱。次回はリトル・フィートとの予告。 某日、さらなる体調悪化で夕方まで死に体。赤坂レッドシアターにてリスプロ公演『じぶんさがし』。松本勝が不機嫌に標準語を喋るので、いささか気が退けるが、途中舞台上を横切る歩きが非常によくて、なかなかやると感心。全体に松本匠氏のいつもの丁寧な語りの運びに感心しつつも、舞台づくりのあれこれに生臭い部分を感じてしまったのに正直残念さが残った。終演後、向かいの中華で祝宴。渡辺裕之さんと初対面。しかし二時間が限界で、某社A氏とともに離脱。帰宅してからまったく使い物にならず。
某日、そんなわけでこの日の予定をキャンセル、日がな横たわる。NHKは『わろてんか』に続いて『西郷どん』でも幽霊技に走っていた。悪いというわけでもないが、そればかりでは困る気がする。甫木元から次に録音する長物の最新デモが届く。それをじっくり聴き込みながら、翌日にかけて脳内アレンジ。この小節の何拍目からベース、そこから十六小節後の頭からキーボード、その小節の三拍目でハイハットからドラム入って、次の小節でリズムギター、みたいな。結局やってみないとわからなくなり、ザ・バンドのセカンドを聴き込んだり、リハスタを予約したり。これ以外集中してやれることがない。夜更けて「映画芸術」最新号。これまで作ることの内側を真面目に訴えてきたつもりだったが、今号はその外側に属する真面目さ一色だった。現場の声というと、金がないとか寝る時間がないとか愚痴しか出てこない。それ以外のこと、つまり技術のことを真剣に語り合う場がないと本当に映画の現場はダメになってしまう。現場の話となると「アメリカン・ニューシネマのように」なんて、冗談だろ、としか思えない。みっともない。年寄りは培ったものがあるからその実感はないだろうが、今後続けていく人間にとって切実でないはずがない。前号の菊池信之による問題提起はどうなったのだろう。何の反応もないままなら、業界も「映芸」もまるで死に体ではないか。そして都合がいいだけの皆さんが勝っていく。いやそれは勝ちでさえない。倫理に対して盲目として生きているだけだ。
某日、久方ぶりの休日となった女優が車を出し、銀行へ行ったり、いくらか遠くのパン屋に食パンを買いに行ったりする午後。帰宅すると、前夜注文していたザ・バンドの「紙ジャケット仕様」のCDなど三枚届く。これはいわゆるモービル盤の音で収録されている。まずは『ステージ・フライト』、そして『ビッグ・ピンク』。すべて聴き終わる頃には疲れ切ってしまった。名演ばかり。しかし『ステージ・フライト』にはいささか疑問が残った。ガースのハモンドが小さくはないか。トッド・ラングレンのミックスか否かといういわく付きのアルバムだけにそういう疑念が生じる。先日の「アナばか」後半でその辺の話にもなったかどうか。Tears of rageのドラムはやはり、アナログでなければあの洞窟を、いや地下室を覗く感覚はない。
某日、午後は某バンドの記者会見に見入っていた。彼らはアイドルという以前にタレント活動もやるバンド、という認識が強かったので、どこか他人事とは思えない何かを感じ続ける。しつこいようだが私は『ザ!鉄腕!DASH !!』愛好者であり、ベーシストが抜けた場合、様々な障害が発生することは明らかで、さらに心を砕く。それにしてもドラマーは、もしも『アウトレイジ』が続くなら主役を張ってもいいのではないか。夜、さらにザ・バンド研究に没入。本日は『南十字星』。これは紙ジャケットではないので、明らかに音が違う。ということで憑かれたように紙ジャケットを注文。さらに近日発売のロビーの自伝を予約する。それに全曲解説が記述されていないだろうか。いまはまだどの曲でリチャードがドラムを叩いているとか、どれでリヴォンがウッドベースを弾いているとか、そういう編成がらみのことが正確にはわからない。『ビッグ・ピンク』もウッドストックで録音したのは五曲だけだという事実だってライナーを読んで初めて知った。それにしても、十条であれ、モネであれ、ビッグ・ピンクなしにこれほど面白がることもなかった気がする。
暮れ方より雨。夜半に本降り。強風。
某日、終日家事を務め、晩に妙味なる鯵の刺身を食した他は取り立てて何もなかった日の終わりにフォークナーをめくって、あらためてこの作家を自分が好んでいることを確認し、次いで谷崎を見て同じことを想い、さて寝ようとすると地震が来た。それほどでもないが街じゅうで鴉が騒ぐ。数分措いてもう一度揺れた。
某日、一日寝かせる形で『アイランズ』。全体に歌が弱い。逆にドラムが曲によっては立ちすぎている気がするのと、Knockin’ Lost Johnのアコーディオン以外のガースが弱い、ということでやはりアウトテイク集という評判を否めない。ラストのLivin’ in a dreamなんて心から名曲だと思うのだが。結局、ザ・バンドに求めたものがガッツとエモーションだとしたら、それは最後の最後までリチャードによって紡がれてきたものであり、それがここでついに燃え尽きた、と言わざるを得ないだろう。ボーナス・トラックに収められたGeorgia on my mindの声は選挙のキャンペーンなどには乗らない、消えかけた最後の火だが、そこにこそすべてがある。政治屋どもの言い訳とは決して重ならない。
某日、なんであいつらはここまで汚辱に塗れていてやめないのか。クソまみれのてめえの顔を鏡で見ていないのか。そろそろいい加減全員で石つぶてを投入すべきではないか。いくらなんだってひどすぎる。結局暴力でしか革命はなしえないのだとしたら。連日夜更けの雨が眠りを妨げる。
某日、何の因果か一日四度も朝ドラを見る。学校行事としてではない高校の終わりとその後の旅立ちまでのいきさつにこれほど心洗われたことはない。これも年を食った証拠か。それにしても題材としてこれほど惹かれたこともないので、真剣に悩んでみようかとも思う反面、もはやリアリズムに向かう気がどうしてもせず、だからウェスとは違う方法をどうにか編み出さないかぎりそれもない。これもJLG最新の短篇『西風』(後にフェイクと判明、それさえも嘘じゃないかと思えるのだが)を見たせいだろうか。もはや卒業式の日に半年立てこもっていたバリケードをユンボで破壊される四人の男女の話しか思いつかないが、それはたとえば広田の仕事のような気がする。そんなことを考える合間に久しぶりに国会中継を真面目に見てもいた。どうやら神に会ったらしいがいまいち記憶が定かでないヤナセ君と神に会った記憶は定かだが言葉にならない元県知事のコンビを倒壊させるには倍以上の時間を野党に、特にみずほねえやん(他の質問者を全員クビにすることはできないのか)の、固有名詞の雨霰状否定神学をぶっこまないとダメだろうな、というあたかも悠久の宗教戦争を見ているかのような按配。このような状況に一般市民が興味を持つはずがない。でもやるんだよ。
某日、なんとかやる気を起こして立ち上がり『南十字星』紙ジャケ盤。これが素晴らしい。特にヴォーカルが全部凄い。名盤たる所以をようやく知る。さらに『カフーツ』。これはもう泣くしかないだろう、という音。これでさえ他とは別物という感じなので、アナログだとどういうことになるのか。とにかくド傑作。



某日、寝起きで猫トイレ(四基分)の砂全とっかえの大事業を済ませると、再び愛知へ。女優に送っていただき、広田と合流、品川から名古屋へ。まずは円頓寺(えんどうじ)商店街。いきなり真面目そうな若者が「高校生カフェ」のチラシを手渡す。この商店街は最近活気を取り戻しつつある、という。建物は古いままに見えるが、土曜の昼、なかなか賑わっている。特に若い人が多い。車で栄に移動、中日ビルの地下の「チャオ」でスパゲッティ。いわゆる「名古屋風」なのだが、客層がかなり高齢であることからも、これにはそれなりの歴史的背景があるとわかり、かつ食せばこちらも懐かしさを覚える。その辺から前回は見えなかった何かが見えそうになる。午後は犬山「明治村」へ。途中の小牧が一大工場地帯だったせいで、そこから目的地に近づくと急激に山奥に入る感じ。とにかく「旧帝国ホテル」が見たくて向かったのだが、期待通りの贅沢品だった。しかし、この「明治村」が抱く欲望は、ほとんど(『ルパン三世』の)マモーのそれに匹敵すると感じた。驚くべき規模、そしてそれを見たがる客の量。潜在的にアニメ文化を支えているのが彼らだとつい思い、驚く。実際に走るSLや、再現力の高い監獄のレプリカなど。名古屋に戻り、駅前フラワーホテルにチェックイン。夕食は近所の洋風居酒屋。食後、疲れ切って部屋に倒れ込み、テレビで『100年インタビュー 松井秀喜』を見てから早々に寝ようと消灯するが、次々に登場する被写体たちが動き、喋り、歌うせいで脳がまったく眠ってくれず。

旧帝国ホテル・柱のレリーフ



某日、結局三時間ほど仮眠できただけで、起床からしばらく不安定。しかも全国的な雨。とにかく九時半集合で南西へ。どしゃぶりと濃霧のなか、伊勢神宮に向かう。車内はずっと仙頭のブルートゥースによるザ・バンド。二時間かけて到着。一年ほど前に出かけたそことは、しかしまるで様子が違う。参道は人に溢れ、細々とした店はどこも賑わっているが、その光景に見覚えがない。何のことはない、そこは内宮で、私が訪れたのは外宮であることに、離れてから気づいた。私はかつて伊勢市駅から徒歩で行ける外宮に参ったのであり、その参道にある店で伊勢うどんを食したのだった。気づいて唖然とするが時すでに遅し。その外宮参道近くの「豚捨」なる牛飯屋にて昼食。食後は一路、鳥羽へ。深き山越えの道を経て突然姿を現した鳥羽は、熱海に近い一大観光スポットだった。水族館の傍にあるフェリー乗り場から伊勢湾フェリーで海を渡り、再び伊良湖岬へ。乗り場の向こうに見えるのは真珠島の御木本記念館。オルドリッチが高倉健主演で映画化しかけたミキモトパール社長を讃える場所である。船は三階建てか四階建てほどのクラス。我々は二階の後方デッキで出港から航路の一部始終を見守る。雨は降り続き、風も沖に出れば出るほど強く、かなり揺れる。島影が消え、ちょうど半分あたりで左側を逆に向かうフェリーとすれ違い、さらに右側に神島を見る。するともう渥美半島が見え始めた。わずか55分ほどの船旅であった。到着するとすでに夕方。その夜の宿「田原屋」にて晩飯。魚料理のこれが非常に美味。ホウボウの煮つけやらかき揚の天ぷらやらわかめの塩焼きやら、次々に出てくる。満腹。部屋は仙頭と私が個室、若手二人が相部屋。テレビのあるその相部屋に何となく集合し、復活した『ザ!鉄腕!DASH !!』(もちろん最後数分のみ「会見後」の新録)を見、さらに奄美へ舞台を移した『西郷どん』を見ているうちに、一人眠り二人眠り。やはり短くとも船旅は体力を奪われる。各自自分の部屋に戻り、就寝。

(左)フェリー乗り場・奥は真珠島の御木本記念館  (右)出港



某日、といっても蚊の急襲などあって結局まともな睡眠にはありつけず。再び美味な朝食を経て、晴天の下で出発。気の澄んだ伊良湖神社再訪。岬の食堂前再訪。それでも時間が余り、伊良湖ビューホテルからの眺望をチェック。数々の驚くべき風景画面を発見する。高速艇で11時発の約20分、篠島への船旅。天気晴朗なれど波高し。いやあ、聞いてないよ、という台詞が久しぶりに出るくらい揺れ、波をぶっかぶった。へらへら笑う、笑う。Tシャツ半分めくれて腹剥きだし。島に到着してもしばらく足元が揺れている。てくてく歩いて海水浴場へ。途中で伊勢神宮の古材を用いた小さな神社を確認しつつ、何とも知れない海岸線を歩く。外資の一切入る余地のないカンヌ。沖合に先ほどまでいた場所が見える。昼飯はこれまた超美味な釜上げしらす丼と生しらす。グルメ旅をしに来たわけじゃないが。伊良湖に戻る船まで二時間、その間にここでどういうロケが展開できるか、船の時刻表やら行き先やらああだこうだと確認する。復路はデッキには出ず、室内で安全確保。それでも揺れは凄かった。先月最初に通った外海沿いの道を再度通過しつつ、名古屋に戻る。その途中で『デキシー・チキン』と『カフーツ』をCDで。やはりカーステレオの音はいい、と痺れつつ到着、丸の内アパヴィラホテルにチェックイン。晩飯は「矢場とん」のわらじかつ。定番といえよう。これで三日目終了。夜の大半を疲れのせいで無為に過ごしつつ、結局また眠れず。無為の中で見たアントニオーニの1カットが、昼間仙頭と同監督の話をしていたせいもあって、不意に胸を衝かれた。深夜、窓外から四万十の蛙の鳴き声に酷似した物音が聞え、とうとうおかしくなったか、自分。

神島



某日、ようやっとの多少まとまった睡眠。いつものように九時半出発。中川運河の起点を見る。きわめて歪な都市計画の中心に残された名前も知らない一本の木にどうしても心惹かれる。この木を水の氾がりの傍で描かなければ気が済まないような気さえした。運河沿いに埠頭まで走るが、どのみち川面を行かなければ画は成り立たない。引き返し、球場近くの喫茶で焼きそば定食。そののち球場見学。予想どおり、どこをどう切り取っても画になる。その後、中日ビルの沖縄物産店へ。このビルも来年一月で幕を閉じるとのこと。この店や地下のチャオやコンパルへはもう来ることもないようだ。そこで第二回シナハンは終了。かなりまとまりつつあるが、もう一度だけチャンスをもらえるよう依頼。その後、プラネタリウムと併設された美術館でモネを見る予定があった。霧のロンドンを描くモネは鬼だった。そこにその絵具を置くためにはすべて破壊してもいいという覚悟があった。その気魄が一連の睡蓮において浄化となったとしても本質に変わりはない。その場のアウラをすべて画面上に導くためには構図も深みもすべて虚構であり、あるのは絵具という現実に向かうモネ自身の筆致だけだった。最晩年の赤い花の作品にはもはや涙腺が緩みそうになる。いったい作品の完成などに何の意味があるというのか。あの運河のほとりの名も知らぬ木に私はこれだけの情熱を注げるだろうか。人間などどうでもいいという本音を、ひたすらリアリズムとイリュージョンの間で決して誰にも悟られない方法を試すこと。それほどの贅沢はないわけだが。ともかくオランジェリーに向けて気がはやる。駅まで仙頭に送られ、飛騨牛弁当を贖い、上り新幹線に乗る。独りシートに腰かけると虚無がどんよりと垂れこめた。

 

(つづく)






青山真治(あおやま・しんじ)
映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)など。

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