boidマガジン

2018年09月号

映画川『きみの鳥はうたえる』(降矢聡)

2018年09月15日 17:08 by boid

降矢聡さんによる現在公開中の映画『きみの鳥はうたえる』(三宅唱監督)のレビューを掲載します。北海道の函館の街を舞台に、書店で働く主人公の青年と同居人の静雄、そして職場の同僚である佐知子の三人が過ごすひと夏の時間を見つめた本作。降矢さんは「空気のような男」になりたいかどうかで揺れる主人公の姿を起点に、この映画がどのような揺れを見せているかについて考察してくれています。




文=降矢聡


『きみの鳥はうたえる』を監督した三宅唱とその主人公(柄本佑)が似ているという指摘を数名から聞かされた。映画のタイトルや監督、俳優の名前で検索をかければ、簡単に監督と主演俳優の並んだ写真や発言を見つけることができるのだから、そう指摘するのはなにも個人的に彼らを知っているかどうかは関係ない。三宅監督の、iPhone片手に毎日撮影を続ける『無言日記』という作品を制作するその作法や、日常と労働、創作についてのドキュメンタリー映画『THE COCKPIT』、そして『きみの鳥はうたえる』の撮影現場の様子を伝えるインタヴューなどに触れていると、作られた作品それ自体と、制作体制や作り手たちの関係性は切り離しえないという気もしてくるし、そういえば、『きみの鳥はうたえる』の主人公には名前はなく単に「僕」である。

三宅監督と「僕」=柄本佑が似ているというその指摘は、実際のところ、三宅監督と「僕」が似ているのか、それとも柄本佑という俳優自身と似ているのか、似ているのは考え方なのかはたまた容姿のことなのかまったく曖昧なのだが、言われてみると、なんだか似ているような不思議な気持ちにもなってくる。というのも『きみの鳥はうたえる』の「僕」が、空気のような男を目指しながらも、しかしやはりなりたくないと思う、その間の揺れが、そのまま三宅監督が目指している映画のことのように感じたからだ。すなわち、空気のような映画と、めんどくさくもドラマティックな映画との間での揺れだ。

バイト先の上司・島田(萩原聖人)との関係を断ち切ったあとの佐知子(石橋静河)が、曖昧ながらも前々から映画に行く約束をしていたとはいえ、まず先に会おうと思ったのが恋仲にありそうな「僕」ではなく静雄(染谷将太)である。二人だけのカラオケボックスで佐知子は静雄に「お母さんから電話きてるよ」と言い、静雄と佐知子の間にめんどくさい空気を呼び込ませる。すると今度は静雄が「俺は二人の邪魔をしていないかな」と投げかけ、どうしてそんなことを言うのかと佐知子は思い、実際にそう言ったりもする。もちろんここでの佐知子のセリフは、はじめて佐知子と静雄と僕が遊んだ夜――それは静雄が佐知子と映画にいく約束をした夜でもある――の終わり、佐知子が帰り、静雄と二人になったときに「僕」が発する「佐知子と映画に行けよ」という言葉に対して静雄が返した「どうしてそんなことを言うんだよ」に見事に対応している。そうして静雄と佐知子のそれぞれのめんどくさい事柄がカラオケボックスという小さな密室のなかに漂いだしたとき、三つ目の声として「オリビアを聴きながら」の歌声が響きわたる。



『きみの鳥はうたえる』が「僕」と佐知子と静雄の、一人のとき、二人のとき、三人のときを、一貫して「めんどくささ」を軸に描かれていることは明らかだ。しかし、めんどくさい「そんなこと」の中身を、具体的にはどんなことかをはっきりと示すことだけは慎重に回避するように組み立てられているようだ。例えば、めんどくさいけどきちんとしなくてはいけないと佐知子が思った島田との別れが直接には描かれないこと。あるいは、キャンプにいった佐知子と静雄が、どういう経緯で付き合うことになったのかはまったく示されず、ただめんどくさいことがあったはずだ、という曖昧な空気だけが残され、溜まっていく。

ドラマというものがめんどくさい「そんなこと」の正体を探り、受け止めるものだとすれば、この映画は、いくつもの、いく人ものめんどくさい事柄を感じながらも立ち入らずに留めておく、とひとまずは言えるだろう。起きたこと、感じたことをきっかけに、誰がどのように行動し、発言し、事を起こしたのかを丹念に描き出すドラマのあり様を誠実と呼べば、本作のこの態度は島田が「僕」を「本当にテキトーだな」と評するとおりのテキトーさなのだという気もする(加えていえば「僕」という人物は、「誠実じゃない人」やら、「本当に嘘つき」など散々な言われようだったことも思い出される)。
テキトーなドラマを描くこの映画は、一体どこに行き着くのだろうか。それは、佐知子がふと「若さってなくなっちゃうのかな」と、不安とも単なる疑問とも取れるようなニュアンスでこぼす言葉に、つまりは今だけは許される態度なのかもしれないという問いに、この映画は「どうなんでしょうね」と返すばかりで、あらゆる場面で幾重にも答えを出さずに漂ったままだ。「僕」が目指した空気のような男、のような空気のような映画? 

一方で「僕」や佐知子の同僚である森口(足立智充)だけは、大分事情が違っている。彼はそのほかの登場人物とは違い、実に明確な人物なのだ。彼は万引き犯をとり逃がしたことをきっかけにして、協力しなかった「僕」に対して怒りを露わにし、一生懸命働いている自分をよそに楽しくやっているやつらをクソと呼び、最終的には報復という行動に結実する。つまり彼には因果がある。
多かれ少なかれドラマとは「森口のことだ」と三宅監督が思ったのかはわからないが、「僕」らと森口のこうした違いを「顔」や「表情」で表しているのは面白い。「唇が震えてますよ」と的確に表情を読み取り、「面白い顔ですね」と挑発する「僕」の表情のなさ。いかにもドラマティックな顔の森口と、空気のような「僕」の対立。
いささか過剰に、そして単純化して演出される森口のあり方は、ドラマティックというよりも、滑稽と言ったほうが適切かもしれない。現に、この映画の一番の笑いどころはこの森口のシーンだ。因果をなぞり巡るドラマはそもそも滑稽な代物なのだろう。
実はというかもちろん、「僕」も佐知子も静雄も、それぞれに繊細な表情のグラデーションをたずさえてそこにいる。しかし、それらの顔が明確なドラマを形成する手前で、空気のように霧散させてしまうのが本作だからやっかいだ。ドラマティックで滑稽で、そして誠実なものになる手前で、するりと身をかわす空気のような映画は、すると、それは空気と似たような感触を持つ「雰囲気の映画」と限りなく近くだろう。



空気のような不発のドラマと、誠実ながらも滑稽なドラマの間で、『きみの鳥はうたえる』の監督は、佐知子のラストの顔のように大いに戸惑っているのだろうか。しかし、佐知子は、まさに空気のような表情をやめて、母とのめんどくさいことに向き合うしかないと観念しつつある静雄に向かって「遊んだり飲んだりしてなにが悪いの」とも言っていた。それは、丹念に溜め込まれた曖昧な空気を潔く断ち切り、同時にいかなる因果も入り込ませぬ実に豪快な宣言だ。
コンビニのシーンやクラブのシーンは、空気のような表情からもほど遠い強靭な笑顔と、いかなる因果も発生させない、断絶されたひとときであり、もう一つの映画のあり方だ。そのあり方は、空気のようなドラマの不発と誠実ながらも滑稽なドラマに支えられて構築された、褒美のようなプレイタイムだ。この映画はそんなひとときを、終盤の妙なインサートによって島田と森口にも、同僚のみずき(山本亜依)と新バイトにもすっと生きさせる。

この映画は、実にめんどくさいやり方で、空気のような気持ちの良さとも、誠実で滑稽なドラマティックさとも違う、別の映画のあり方を探っている。そう言うと、いや、ただ遊んで楽しんでいるだけだ、と監督=「僕」は答えるかもしれないが、目の前のボタンを無邪気に押して空まで飛んでいく、そんな風を装いながら、しかしそこにはもちろん適切な周到さがあった『THE COCKPIT』のような手つきで、明晰な構造と手順を踏まなければならなかっただろう。ちなみに三宅唱監督は、すでに新たな作品を撮りあげている。タイトルは「ワールドツアー」(インスタレーション作品)と『ワイルドツアー』。遊びでもあり労働でもあるような響きを持つ「ツアー」という名前がつけられている。

きみの鳥はうたえる
2018年 / 日本 / 106分 / 監督・脚本:三宅唱 / 原作:佐藤泰志 / 出演:柄本佑、石橋静河、染谷将太、足立智充、山本亜依、渡辺真起子、萩原聖人ほか
2018年9月1日(土)より新宿武蔵野館、渋谷ユーロスペースほかロードショー!以降全国順次公開中(8月25日(土)より函館シネマアイリス先行公開中)
公式サイト



降矢聡(ふるや・さとし)
映画ライター、シナリオライター。共著に『映画を撮った35の言葉たち』『映画監督、北野武。』(以上フィルムアート社)、『映画空間400選』(INAX出版)など。また、GUCCHI'S FREE SCHOOLを主宰し、日本未公開作品をWEBで紹介するほか、海外映画の配給、上映イベントの企画・運営を行う。配給作品に『タイニー・ファニチャー』(レナ・ダナム監督)、『キングス・オブ・サマー』(ジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督)、『アメリカン・スリープオーバー』(デヴィッド・ロバート・ミッチェル)など。

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