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2018年10月号

映画は心意気だと思うんです。 第3回 (冨田翔子)

2018年10月30日 10:39 by boid
2018年10月30日 10:39 by boid

ホラー映画をこよなく愛する冨田翔子さんが“わが心意気映画”を紹介してくれる連載。今回はジョン・カーペンター祭り第3弾ということで、現在デジタル・リマスター版が公開中の『遊星からの物体X』(1982)について取り上げます。人間の体内に侵略し擬態をする未知の生命体“物体X”と南極観測隊員たちとの戦いを描いたSFホラーの傑作ですが、初公開時の興行成績は決して芳しいものではなかったといいます。しかし、その後本作の影響を受けた映画が何本も生まれ、世代を超えた熱い支持を集めてきました。今回は冨田さんがそんな“物体Xの子供たち”を紹介してくれるとともに、本作が30年以上の時を経てもなお語り継がれる理由を考察してくれています。




物体Xの子どもたちに会う
『遊星からの物体X』(1982年、ジョン・カーペンター監督)


文=冨田翔子


ジョン・カーペンターの『遊星からの物体X』は、1951年のハワード・ホークス監督による『遊星よりの物体X』のリメイク作品にあたる。少なくとも、当時のカーペンターはそれまでで一番の心意気を詰め込んだに違いない。幼少期、ホークス監督の『リオ・ブラボー』を観て映画に夢中になった少年が大人になり、敬愛する監督が手掛けた作品のリメイク版を作るのだ。しかも、初のメジャースタジオで。しかし当時の興行収入は、同作より2週間前に公開された『E.T.』フィーバーに押され、カーペンターが期待したものにはならなかった。だが、ゾクゾクするほど生々しいクリーチャーは熱狂的なファンを獲得し、それから30年以上にわたって語り継がれるSF映画の金字塔となった。

物語の舞台は雪原広がる南極。氷の中から巨大UFOを掘り起こしたノルウェーの調査隊が、長い眠りから目覚めた未知の生命体に襲われ壊滅してしまう。有機体と同化し、そっくりな複製をつくる能力を持つ生命体は、ハスキー犬に乗り移ってアメリカの基地に侵入。隊員までもが複製され、人間ではない者が紛れ込むという事態に、隊員同士は疑心暗鬼に陥っていく。絶望の中、基地の外に生命体を出せば人類が危ないことを悟った隊員たちは、基地ごと爆発しようとする。


私がこの映画を初めて観たのは、自宅の17インチのテレビだった。画面は小さい上に、DVDの画質も粗い。犬小屋のシーンはほぼ真っ暗で、何匹かのハスキー犬が寝転がっているなあというのが辛うじて判別できるといった具合だった。だが、そこに1匹の新入りハスキー犬が入ってきて、突然、その犬の頭がラフレシアの花のようにパカッ!と開いた瞬間に度肝を抜かれた。さらに、犬の体中からビュンビュンと触手が飛び出してのたうち回り、全身があっという間にドロドロの肉塊に変貌。塊の中で犬の目がまばたきし、別の箇所にはまたラフレシアのような花が出現。次々繰り出されるフリースタイルのクリーチャーは衝撃的だった。

出会いから時を経たずして、ある日、私は映画館で『バイオハザードⅣ アフターライフ』を観ていた。すると、ゾンビ犬の頭が、あのラフレシア犬のように左右にパックリと割れるシーンに遭遇したのだ。わたしは思わず心の中で「あ、物体X!」と思った。それは、ちょっとオタクになれたような気のする嬉しい映画体験だった。ちなみに、ゾンビ犬は原作のゲーム版『バイオハザード』の5作目に初めて登場するらしい。

こうしたカーペンター版『遊星からの物体X』に影響を受けている作品は少なくない。毎年ホラー映画を観ていると、何体かに遭遇する。

『エイリアン2』のアンドロイド、ビショップ役のランス・ヘンリクセンが主演する2015年のアメリカ映画『X-コンタクト』は、まさに自分たちの『遊星からの物体X』を作ろうといった内容で、宇宙船が地球に向かって飛来するファーストシーンからオマージュが全開。舞台を漁船に移し、海中から引き上げたソ連の古い衛星の中に、氷漬けになった飛行士を発見すると、それが謎の生命体に侵されており、木の根っこみたいな触手をビュンビュン振り回すクリーチャーに襲われる。この漁船、カニ漁を行っており、生命体が腹を空かせていたのか2トンのカニに寄生。クリーチャーが触手のほかに巨大なカニの爪を持っているのがお茶目である。CGをほぼ使わず表現されたクリーチャーたちだが、青くLEDライトのように光る触手が今風だ。

2014年にヨーロッパに現れた映画『パラサイト・クリーチャーズ』は、“物体X”のインスピレーションが感じられるオーストリア発のSFホラー・アクション。紅く染まった氷河から発見された微生物は、口から侵入し、寄生した生物のDNAを使って新たな生物の培養を行うというもの。つまり、胃の中のほかの生物のDNAなどを適当に配合して、新種の生物が誕生するという仕組みだ。私は当時、ユニークなクリーチャーが観られるのではないかとちょっと期待しつつ、友人を誘って劇場に足を運んだ。映画には、ダンゴムシとキツネの交配種や、昆虫と鳥の交配種、交配により進化した巨大な蜘蛛や人間と蚊のハイブリットなど、なかなか夢のあるクリーチャーが登場する。友人はホラー映画には全く興味がなかったが、無類のダンゴムシ好きだったこともあり、興味を持ってくれたようだった。

帰り道、私が「面白かったけど、暗くてよく分からないクリーチャーもあったよね」なんて話していると、友人はこんなことを言い始めた。「でもさ、せっかく新種の生物が生まれても、交配種はそれ1匹だから子どもができないよね。だから、オリジナルが死んじゃったら終わりだね!」。それは目からウロコの感想で、私は打ちのめされてしまった。メルヘンなクリーチャーを前にのんきにはしゃいでいた自分に対し、海洋学を勉強した理系出身の友人は、もっとシリアスに生物の進化について考えていたのだった。


ほかにも、『遊星からの物体X』の子どもたちは世界各地で生まれている。オマージュ映画ではクリーチャーの造形に心血が注がれているが、本家の『遊星からの物体X』を何度か観ていると、クリーチャーばかりでなく、極寒の地の密室で繰り広げられる男たちの疑心暗鬼ドラマが気になってくる。未知の生命体は「複製」をつくる機能を持っているため、「こいつは本当に人間なのか」という緊張感が、観客にも重くのしかかってくる。そして隊員たちの、世界の果てで生命体ごと基地を爆発して流出を防ごうという男気も描かれる。思えば、ホームレスの男が世界の危機に立ち向かう『ゼイリブ』も、誰にも知られることなく戦い抜く物語だった。

カーペンターは、『遊星からの物体X』でドラマチックな結末を描かなかった。燃え盛る南極基地で生き残った2人の男は、人間なのか、複製された“物体X”だったのか。映画はそれを示さずに幕を閉じる。カーペンターは当時の試写会で、10代の少女から「わたしそういうの嫌い」とバッサリ言われてしまったそうだ。しかし、後に彼が「この終わり方がベストだ」と語るように、そこにカーペンターの心意気が詰まっていると思う。あくまで映画を最後まで見守った鑑賞者に問いかける何かを残す。『ゼイリブ』曰く、消費されるだけではない、多くの人には刺さらずとも、誰かの心に大きな爪痕を残す映画。それゆえ、何十年にわたり、『遊星からの物体X』や『ゼイリブ』は議論され続けるのだと思う。

 

遊星からの物体X 〈デジタル・リマスター版〉  The Thing
1982年 / アメリカ / 109分 / 監督:ジョン・カーペンター / 脚本:ビル・ランカスター / 原作:ジョン・W・キャンベルJr. / 出演:カート・ラッセル、ウィルフォード・ブリムリー、デヴィッド・クレノン、キース・デヴィッド、リチャード・メイサー、ドナルド・モファットほか
10月19日(金)より丸の内ピカデリーほか全国公開中
公式サイト





冨田翔子(とみだ・しょうこ)
エンタメWebサイト編集部勤め。好きなジャンルはホラー映画。心意気のある映画を愛する。

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