boidマガジン

2018年10月号

映画川『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』(相澤虎之助)

2018年10月28日 17:03 by boid

空族の相澤虎之助さんによる、現在公開中の『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』(フレデリック・ワイズマン監督)の映画評をお届けします。本作はワイズマン監督にとって1967年のデビュー作『チチカット・フォーリーズ』から数えて40作目となるドキュメンタリー映画(2015年作品)。その舞台となるのはアメリカはニューヨーク市クイーンズ区にある、167もの言語が話されているという移民の町(neighborhood)ジャクソンハイツです。ワイズマンが見つめたジャクソンハイツは、自作において日本の甲府やタイ、ラオス、ベトナムの町に辿り着いた移民・棄民たちを描いてきた相澤さんの眼にどのように映ったのでしょうか?




BADLANDの果てにある町


文=相澤虎之助


私たち空族の作品『サウダーヂ』のプロデューサーの一人である笹本貴之氏は異色の経歴の持ち主で、生まれ故郷の山梨から東京の大学に進んで“民主主義”とはいったい何なのかを学びゆく過程において、その総本山とも言えるアメリカに実際に行かねばその実態が掴めないと、20代で単身その首都ワシントンDCに飛んだ。渡米当初は、自分にとっては物珍しいアメリカの中流家庭や大学のホームパーティー等に駆り出されトキメイたりもしたそうだがある時点でひとつのことに気がついたという。「そういえば俺は民主主義を学ぼうとアメリカに来て随分たっているし、いろんな所に呼ばれて行ったけどストリートを歩いているような黒人やヒスパニックの人たちに全然会ってないし、喋ってもいないじゃないか」
愕然とした笹本氏は、何かがあると直感してこれまた単身ボルティモアの貧困黒人居住区であるサンドタウンに飛び込んで自立支援や都市開発のボランティアスタッフとして働いたのである。そこにはこれまで自分が見ることができなかった、会うことができなかったアメリカの姿があった。笹本氏は帰国後その体験を『サンドタウン』という一冊の本にまとめ出版し現在は山梨に戻り地元の町(ネイバーフッド)に根を張って活動している。

 


フレデリック・ワイズマンの映画を観て思うことのひとつに、私たち日本人が戦後から現在に至るまでいわゆる“西洋”そして“アメリカ”というものに対していかにある特定のイメージばかりを享受し、また自らが再生産してきたということがある。先日なんの巡り会わせか電車の中吊り広告のキャッチコピーによくあるような“洗練の高台に上質にそびえる”高級分譲マンションの撮影を手伝うことになって行ってみると、2LDKの真っ白なモデルルームのオシャレなリビングに設置してある本、カタログの全てがなぜか洋書だった。私が住んでいる町、上野のTSUTAYAのブックカフェの図書館風の内装に陳列している本も全部洋書。ここに来る人はみんなそんなに洋書を読めるんだ? オレは全く読めん、シェイクスピアって書いてあるのと動物大辞典ってのはタイトルだけなんとか読めた、などと思いながら外に出てみると通りは隣のすしざんまいに並んでいるアジアからの観光客で溢れていた。そしてワイズマンが撮るのはいつだってそんな通りに並んでいる人々であって、そこで毒づいて電柱の全面喫煙禁止の張り紙の前でタバコに火をつける私自身の姿なのだろう。ゆえにワイズマンの撮るアメリカは、私たちにとって遠い海の向こうのアメリカではなく私たちが立っているこの町と地続きのアメリカなのであった。

 
 

『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』において映しだされる多くの人々の顔、街角は色に溢れている。頻繁に挿入される花や、果実や動物の姿も色に溢れている。その色は当然カメラで撮られたものであるから、映像として固定されている。固定された色が躍動するためには音楽の伴奏が不可欠で、それもひとつやふたつの音色では不十分なのだ。音楽が、街のノイズが、そして人々の祈りと怒りと溜め息と笑いがその色を文字通り色めかせ、私たちの生きている色そのものに溶け込んで一体化してゆく。それは虹色の町。それに比べて劇中頻繁に登場する姿も形も見えないBID(経済発展特区)という言葉は無味無臭の記号のように無色である。町が本当に愛しているのは無色より無職であることはこの映画を観ればはっきりとわかるはずである。
メキシコから国境を越えようとして砂漠に放り出された移民たちが食べるものも飲むものも無い荒野の果てにかすかな灯りを見い出し歩いていく。何も持たない若者が極東アジアからたったひとりで黒人ゲットーへと飛び込んでゆく。荒れ野で叫ぶ者の声がするからだ。かつて棄民たちが海を越え先住民たちを殺して辿り着いたBADLAND(荒野)の果てにある町、そして今なお世界中の移民たちが集いゆく町とは果たして何色になるのだろうか? たった5歳でアメリカに辿り着いた時からフレデリック・ワイズマンはカメラを廻し続けている。

ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ  In Jackson Heights
2015年 / アメリカ、フランス / 189分 / 配給:チャイルド・フィルム、ムヴィオラ / 監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン
(C) 2015 Moulins Films LLC All Rights Reserved
シアター・イメージフォーラム公開中ほか全国順次ロードショー
公式サイト


【公開記念トークイベント開催】
ワイズマンの編集室で3日間にわたりインタヴューを敢行した映画監督・舩橋淳さんと、記念碑的ワイズマン本『全貌フレデリック・ワイズマン』(岩波書店)共編著者のグラフィック・デザイナー鈴木一誌さんが語り尽くす必聴のトークイベント。
日時:2018年11月4日(日) 17:00〜19:00(受付開始16:15)
料金:1,500円(1ドリンク込み)※『全貌フレデリック・ワイズマン』ご購入の方はドリンク代500円のみ
会場:神保町ブックセンター(電話03-6268-9064)
ご予約→ https://jacksonheights.peatix.com/





相澤虎之助(あいざわ・とらのすけ)
映画監督、脚本家。映像制作集団「空族」の一員。主な監督作に『花物語バビロン』(97)、『かたびら街』(03)、『バビロン2 - THE OZAWA -』(12)、共同脚本作に『国道20号線』(07)、『サウダーヂ』(11)、『バンコクナイツ』(16、以上富田克也監督)、『菊とギロチン』(18、瀬々敬久監督)など。11月13日(火)に池袋シネマ・ロサで上映&開催される『どこでもない、ここしかない』のリム・カーワイ監督とのトークイベント、17日(土)に金沢市・石引パブリックで開催される空族の上映・トークイベントに出演。

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