boidマガジン

2018年11月号

樋口泰人の妄想映画日記 その82

2018年11月05日 18:19 by boid
2018年11月05日 18:19 by boid

boid社長・樋口泰人による10月前半の妄想映画日記は、丸の内、堺、松江での爆音上映などについて。『遊星からの物体X』公開に合わせて「ジョン・カーペンター読本」を無事発売。以前サミュエル・フラー一家と同行した松江にて再び観光も。



文・写真=樋口泰人


怒涛の爆音ラッシュ。ひたすら疲労との戦い。まあ、戦うほどの力はないのでただただ疲労していくのみ。低空飛行をどこまで続けられるか。ダメならやめればいいだけなのでお気楽ではある。だが疲れ果てていると映画が観られない。もちろん観に行く時間もない。どうやって時間を作るか。来年4月くらいまでかけてゆっくりとboidの体制を整えていくつもりではあるのだが。果たしてそこまで体力が続くのかという、相当危ないところに来ているのは十分自覚せざるを得ないくらいの状況ではある。


10月1日(月)
地方での爆音から帰京した月曜日は事務仕事が果てしない。そして『ジョン・カーペンター読本』の入稿作業が続く。辛いので電話にも出ないから結局boidはまったく電話の通じない事務所となる。


10月2日(火)
友人が事務所にやってくる。ニール・ヤングの自伝第2集、車と歌のことを所持するヴィンテージカーの可愛すぎるイラストともに記した、眺めているだけで頬が緩む本の邦訳版を出版予定とのこと。情報だけはFBで知っていて勝手に盛り上がっていたのだが、まさかその出版を企画したのが自分の知り合いだったとは。しかし諸事情あって出版人は今の所公表せず、書籍の出版情報のみを告知中。出版に向けての告知や盛り上げイヴェントなどの相談をした。つまりいつものように、個人でやれることをやる、ということである。未来に向けて猛スピードで走る機関車を馬で追いかける『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』のメアリー・スティーンバージェンになってしまえば、大抵のことはなんとかなる。なんとかならなくても何かが動く。それで十分である。


10月3日(水)
果てしない事務仕事。その合間に、「ザ・スリッツのドキュメンタリー『Here to be Heard: The Story of The Slits』と、L7のドキュメンタリー『L7: Pretend We're Dead』が日本公開決定。12月15日より新宿シネマカリテにて3週間限定」という情報を見つける。その頃、わたしが忘れていたら、この日記を読んだどなたかお知らせしていただけたら。


10月4日(木)
朝の新幹線は日帰り出張の方たちや海外からの観光客の方たちで十分に混み合っている。前夜から現地入りする方が楽だともいえるが、さすがにこれだけ出張が続くと一晩でも自宅で呑気に過ごしたい。健康にとってはもちろん、精神的にも切実な問題だ。ただ家でじっとしているだけでいい。

4月以来の堺は曇り空。視界が広がる。今回は新たな機材、スタッフとの調整作業。YCAMと同じエルアコのラインアレイを左右とセンターに並べた設定で、やはり高音が綺麗に出る。その分、中音域の分厚い迫力には欠ける。その辺りをどうするか。YCAMの場合は天井と座席下に仕込んだスピーカーからの音が思わぬ効果を発揮して、優しく丸い音になってくれているのだが、こちらはそれがない。しかも広い。別にこの音で全然問題はないのだが、もうちょっともうちょっとと試行錯誤が続く。そして広いので、左右の座席の音の偏りをなるべくなくすためのバランス調整。だが、ここはサラウンドスピーカーが十分な力を出すのだ。






10月5日(金)
少し晴れた。堺市のフェニックスストリートはいつ観ても不思議な気分になる。



映画館の駐車場もさらに視界が広がった。



そして映画館の裏側は、果てしなく広い。夜も調整が続く。


10月6日(土)
あまりに天気が良いので旧堺港方面に行ってみた。真夏のリゾート気分。



『バーフバリ』と『怒りのデスロード』の絶叫上映の前説家の渡久山くんも到着して、爆音は佳境。そしてふたりで記念撮影もした。




10月7日(日)
爆音最終日だが、わたしは午前中に帰京。前夜ほとんど眠れなかったので、帰宅してひたすら寝た。何もできず。


10月8日(月)
疲れ過ぎていた。やはり何もできなかった。


10月9日(火)
事務仕事の後、来年のタイ爆音の打ち合わせ。そしてその後、丸の内ピカデリーにて、10日からの爆音映画祭のための深夜の爆音調整。調整の詳細はツイートしたのだが、今更それを取り出せず。誰かこういうことをやってくれるといいのだが。調整の様子をまとめて見られるような感じにできたら。後から辿り直すのはもう無理。気力なし。調整は夜明けに終了したが、今回の丸ピカの音は、あきれるほど気持ちよかった。ゆったりとしていて柔らかく、それでいて迫力十分。声もクリアに聞こえ、映画の中にどっぷりと浸かれる。贅沢すぎる時間を過ごせると思う。ずっと調整をやっていたいくらいだ。


10月10日(水)
『ジョン・カーペンター読本』が出来上がる。よく間に合ったとしか言いようがない。みなさんそれぞれの原稿が面白く、カーペンター作品全部見たくなる。みんながそんなことを思い始めて会社とかサボり始めたら楽しい日本になると思う。そんな楽しい日本のきっかけになるようなものを、次々にやったり出したりしていけたら。

夜は丸の内ピカデリーにて爆音『遊星からの物体X』。音の偏りのために販売しなかった座席を除き、発売した座席は完売。400名以上の方々がこの日のために集まってくれた。男女比は圧倒的に男性メインで90%くらいかと思えるほどだが、だがまあ、これはこれでよし。この映画で男女比五分五分くらいになる日が来ることを夢見つつ。とはいえ、基本的にホラーやSF、宇宙人、人間が乗り移られるとか聞いただけでNGという女性の方たちが多いのだと思う。この壁はこちらが思っている以上に分厚い。あれやこれや賑やかにワイワイとやっていくしかない。



ロビーで出来たて先行販売した『ジョン・カーペンター読本』も予想以上に売れて、上映中に事務所に戻って追加搬入ということになった。とりあえずまずは第一歩。そしてその後はまたもや朝までかけての深夜の爆音調整。




10月11日(木)
事務所ではカーペンター読本の発送作業延々と。わたしは税理士との面談。アマゾンからも予想外の注文が来て、カーペンター読本の事務所在庫がなくなる。夜は丸ピカにてさらなる深夜の調整。開始が早かったおかげで朝にはならず。


10月12日(金)
3時間ほど寝て、羽田へ。朝の便で米子へと向かう。島根での初めての爆音上映である。米子空港は91年だったかの夏、サミュエル・フラー一家を案内しつつ訪れて以来。東京ではフラー特集が行われていて、さすがにずっと東京では退屈だろうということで、以前から小泉八雲の映画を撮りたいと発言していたこともあり、では松江へ、ということになったのだった。雑誌SWITCHの取材も兼ねての同行。あくまでもプライヴェートな旅行ということで特別なインタビューの時間とか、雑誌用の取材とかはなく、空気のように周りにいつつ、時々あれこれ話をするくらい。楽しい緊張の日々だった。しかし小泉八雲記念館に行ったこと、海辺でゆったりとした時間を過ごしたこと以外、どこに泊まったのかその他どこに行ったのか、まったく覚えていない。松江に着いてもまったく記憶は蘇ってこなかった。



空港から松江に向かう途中、有名店らしいのだが、海鮮丼の名物店で昼食。確かに想定外の海鮮丼が出てきた。見た目の量もすごいのだが、味も格別。東京に戻っても魚はしばらく食いたくない。



そして午後からは調整本番。初めての会場で、初めてのスタッフとの仕事。映画館ではなく、クラシックのコンサートなどもやるホールなので、会場の作りが映画館とはまったく違う。壁の響きは映画向きではない。スクリーン後ろの空間の響きも気になる。とにかくセリフが壁に反響してストレートに聞こえてこない。などなど、いくつもの修正点が出てくる。それらをひとつひとつ潰していく。もちろん完全にそれが修正されるわけではない。もちろんだからダメということではなく、そこからはこの会場の持ち味、という風にしていけたら。そんな思いで、じわじわと時間をかけて調整した。思った以上に時間がかかった。いくつかは明日の本番前に再調整ということで持ち越しにした。『レ・ミゼラブル』は冒頭の船のシーンの迫力は多分これまでで一番だと思うが、その分、歌声が強すぎてセンタースピーカーの音量をだいぶ下げてもらった。ひとりの声ではなく多数の小さな声が肌に触れ、それらがまとまってひとつの声になるような感じ。『シング・ストリート』はその逆といったらいいか。ひとりの声が気がついたら世界に広がって多数の声になるように。いずれにしてもこの会場では良くも悪くも声が映画を支配した。



夜は、ドロエビ、エテガレイなど、東京ではほぼお目にかかれない魚介類を。


10月13日(土)
爆音本番。朝、宍道湖周辺を散歩した。散歩ができる会場はいい。できることならずっと散歩をしていたい。空が広がる。





本番は、場内の音の反響が気になってハラハラしっぱなしだった。こういうことは一度気にし始めるときりがない。爆音の目的はこういうことを気にすることではないことは十分わかっていながら、プレゼンテーションする側としてはやはり気になってしまう。ただ、終了後の皆様は十分に映画に集中してくださっていたようで、本当に良かった。打ち上げではすでに来年どうするか、みたいな話も出た。


10月14日(日)
昨夜やってきた妻とともに島根観光。中海の端の方にある美保神社と宍道湖の端の方にある出雲大社の両方に行って、米子近くの海辺のホテルに泊まるという、相当無茶な移動をした。美保神社と出雲大社は両方セットで行ったほうがいいらしい。美保神社は楽曲の神様らしいので爆音の無事安全な広がりをお願いした。鳥居前あたりに謎の猫がいて、近づいても逃げず、撫でさせてもくれる。野良猫としてはあり得ない振る舞いなのだが、神様猫様なのだろうか。誰に対してもそうだった。今思い出しても不思議すぎる。 しめ縄がすごかった。







そして松江に戻り、電車にて出雲大社。以前の愛知・三好周辺と同様、読めない地名が続出していた。





出雲大社はでかすぎてなんだかよくわからなかった。猫はいなかったが人はいっぱいいた。




10月15日(月)
ホテルの脇の浜辺に出てみた。フラー一家と行ったのも似たような浜だったのだが、いったいあれはどこだったか? まだ陽射しは十分夏だった。 秋の朝の浜辺は何となく物悲しくもあり、自分が何をしているのかわからなくなった。



地回り猫様にも挨拶もした。



バスに乗って境港駅へ。水木しげるロードというのがあるのだが、着いた瞬間からすべてが水木しげるで驚いた。想像以上のものだった。つい最近リニューアルしたらしい。25周年なのだそうだ。笑っちゃうくらいいろんなものがあった。丸い街灯が全部目玉だった。世界中のレジデンツ・ファンは、日本に来たら、何はともあれ境港に、ということになるだろう。こういう場所でのグッズはめったに買わないわたしも、思わずあれこれ買ってしまった。「物体X」的な奴もいた。











そして米子空港へ向かう列車は当然「目玉列車」だった。



羽田付近、珍しく旅客機同士が接近した。肉眼で見るとすごく近く見えるのに、写真にはなかなか写らず。目いっぱいズームしたらようやく映ったので、改めて肉眼と機械的なレンズとの違いを認識した。無言日記を取りたくなる瞬間である。





樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。『遊星からの物体X』全国ロードショー中。11/8(木)-11(日)「爆音映画祭 in ユナイテッド・シネマアクアシティお台場」、11/14(水)-18(日)「爆音映画祭 in 109シネマズ広島」、11/22(木)-25(日)「爆音映画祭 in MOVIXあまがさき」Vol.2、12/7(木)-9(日)「爆音映画祭2018 in 松本」

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