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2018年11月号

映画は心意気だと思うんです。 第4回 (冨田翔子)

2018年11月22日 15:28 by boid
2018年11月22日 15:28 by boid

ホラー映画をこよなく愛する冨田翔子さんが“わが心意気映画”を紹介してくれる連載の第4回。今回取り上げる作品は『ダーク・ウォーター』(ウォルター・サレス監督)です。『仄暗い水の底から』(中田秀夫監督)のリメイク作品として知られる本作は、なんと冨田さんが人生初デートで観た映画だそう。しかしこの作品が冨田さんにとって大切な映画になったのは、数年後に再見してあることに気づいてからだといいます。




私をおとなにしてくれたホラー映画
『ダーク・ウォーター』(2005年、ウォルター・サレス監督)


昔から人生の節目の日には、何か映画を観ようと思っている。こういう日に観た映画は自然と記憶にも残りやすい。その中でも、とりわけ強い思い出として残っているのは高校2年生の17歳の誕生日。当時初めて付き合った同じクラスの男子と約束をして、記念すべき人生初デートをした日だ。

そんな私にとっての、まさに節目の日に観た映画が『ダーク・ウォーター』だった。もちろん、作品をチョイスしたのは私。今となっては、“なんで初デートにホラー!? 彼氏かわいそう”と周囲から散々な評価を得ているこの選択。しかし当時の自分は、初デートで、しかも大好きなホラー映画を彼と観に行けるということで有頂天。空気が読めていないことだとも思わず、むしろとっておきの1本をチョイスしたつもりだった。

ジェニファー・コネリーが主演する『ダーク・ウォーター』は、鈴木光司原作、中田秀夫監督による2001年の邦画ホラー『仄暗い水の底から』のハリウッド・リメイク作品である。離婚調停中のダリアが娘と越してきたのは、ニューヨークのマンハッタン島の東に位置する、ルーズベルト島にある古いマンション。ある日、天井の隅に黒いシミを見つけると、やがてそこから黒い水がしたたり落ちてくるようになる。シミは日々悪化するが修理はたらい回しにされ、降りかかる汚水と親権を争うプレッシャーが重なり、ダリアは徐々に追い詰められていく。実は母子が住む部屋の上階では、家族が謎の失踪を遂げていた。やがて、母子を苦しめる元凶は、母親に捨てられ、マンション屋上の給水塔で事故死した少女だとわかる。

こうやってあらすじを振り返ると、誕生日&初デートにふさわしくないことこの上ない映画である。本作は当然、ポップコーンムービータイプのホラーではなかった。映画を観終わった帰り道は、2人の間にしんみりとした空気が流れ、秋の木枯らしが寒かったことを覚えている。そんな中、並んで歩きながら、「母親が給水塔をのぞくシーンで、ビクッとしたでしょ?」と彼をからかってみた。すると彼は「そんなことないよ」と言った後、おもむろに「俺、手が乾燥してガサガサなんだよね」と言ってきた。今考えると、それは手をつなぎたいというサインだったに違いない。しかし当時から鈍感だった私は「そうなんだ」とそっけない一言を発し、そのままお茶もせずに駅で解散。結局、初めての交際は手もつながないまま2か月で終わってしまったのだった。せめてラブストーリーにしておけば…。

それから長らく『ダーク・ウォーター』を観返せていなかったのだが、ある日、思わぬ再会を果たす。それは、地元を出て東京でさえない会社員の日々を送っていたときのこと。深夜に何となくテレビを観ていたら、不意に『ダーク・ウォーター』が流れ始めたのだ。懐かしさと切ない思い出がよみがえり、そのまま観続けることにした。

しばらく観ていると、ティム・ロス演じる弁護士のプラッツァーが登場した。初デートで観た時にはほとんど印象に残っておらず、記憶からも消えていた人物である。映画が始まってから45分ほど経たないと出てこないプラッツァーは、やや型破りだが優秀な弁護士で、ダリアの離婚調停の弁護を引き受ける人物だ。

本作には、映画館にいるプラッツァーがダリアから電話を受け、その切羽詰まった様子に外に出てかけ直すというシーンがある。しかし、ダリアの話が長くなりそうなので、プラッツァーは「家族と映画を観ているんです。席に戻らないと私まで離婚だ。明日話しましょう」と言って電話を切るのだが、実は彼には家族などおらず、一人で席に戻る姿が映し出される。

多忙なプラッツァーにも休みは必要であり、社会人がよく使うウソを描いただけのようなこのシーン。しかし改めてこのシーンを観た私は愕然とした。17歳の私は、要領のいいプラッツァーがウソをつき、プライベートを優先しているだけだと思っていた。しかし、社会人になった私には、彼が馬車馬のように働き、家族もおらず、たまの休みに映画を観ているのを邪魔されたくない孤独な人物に映ったのだ。

この発見は、自分が大人になってしまったことに気づいた出来事だった。実にショッキングである。大人になるということは、こんなにも孤独なことだったのか! 17歳の私にとって陰の薄かったプラッツァーに、いつの間にか自分自身が近づいていたのだという衝撃。

すっかり打ちひしがれていると、またしても記憶から消えていたプラッツァーのユニークな行動が映し出された。それは、彼が出会った人たちの顔を携帯電話のカメラで撮影するというものだ。といってもそれが登場するのは2回だけ。一度目は、マンションの管理人がウソをついていたことが判明し、問い詰めたあとに1枚。仕事に使うために撮っているのかな、と思わせる1枚だ。そして二度目は、マンションでの不可解な出来事がいったん解決し、安心したダリアを見送るときの1枚。先ほどとは違い、こちらは仕事に使うとは思えない。このプラッツァーの行為は、ハリウッド版のオリジナルであり、実のところその真意は最後まで描かれない。17歳のときは、少し変わった人だな、程度にしか思わなかったが、改めて観てみると、この行為がプラッツァーに感じた孤独と同様、何か特別な意味を持つように思えてくる。この映画に出てくるのは、心に深い闇を抱えるダリアや彼女を理解しない夫をはじめ、空しい人間関係しか持たない登場人物ばかり。しかし、この写真を撮るという行為を描くことで、唯一プラッツァーだけが人間らしさや温かみを失っていない存在ではないかと思える。そして主人公であるダリアの哀しい人生も、彼が写真を撮ったことで報われるような気がするのである。

そんなわけで、『ダーク・ウォーター』は単なる初デートの思い出ムービーとなるはずだったが、思わぬ再会を経て、今でもたまに観返す“とっておきの”1本となった。あのときホラー好きでもないのに「いいよ」と快諾してくれた彼に、感謝である。

 

ダーク・ウォーター  Dark Water
2005年 / アメリカ / 105分 / 監督:ウォルター・サレス / 脚本:ラファエル・イグレシアス / 原作:鈴木光司 / 出演:ジェニファー・コネリー、アリエル・ゲイド、ジョン・C・ライリー、ティム・ロス、ピート・ポスルスウェイトほか






冨田翔子(とみだ・しょうこ)
エンタメWebサイト編集部勤め。好きなジャンルはホラー映画。心意気のある映画を愛する。

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