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2018年12月号

YCAM繁盛記 第50回 (杉原永純)

2019年02月06日 16:46 by boid
2019年02月06日 16:46 by boid

山口情報芸術センター=YCAMのシネマ担当の杉原永純さんによる連載「YCAM繁盛記」。杉原さんが現職について5年目の秋、本連載も第50回となりました。今回は先週末から始まったYCAMの新企画展や今秋に東海テレビで放送されたドキュメンタリー番組『さよならテレビ』などについて記されています。

「呼吸する地図たち」オープン




5年目の秋。


文=杉原永純


連載50回目。5回目の山口の冬は暖冬。秋からやっと冬に以降しつつある。YCAMに来てすぐにやるはずだった充電を今更ながらしている。映画を見るための旅が続いていて、いつの間にか今年度後半の企画展がスタートした。
12/15(土)から新展示&レクチャー・パフォーマンスの連続企画「呼吸する地図たち」がスタートしている。この展示の概要を一言で伝えるのはすごく厳しい。boidマガジンで別個連載中の今野恵菜が、今回のラボの担当なのでそこで何か書くかもしれない。この展示の仕込み期間のおおよそ半分は山口を離れていて、制作過程も丁寧に見れていない。通常のアートの展示と異なるのは、展示作品も複数あるが、会期中多くのアーティストやリサーチャーと呼ばれる人たちが来館すること。レクチャーや、レクチャー・パフォーマンスと呼ばれる形式のプレゼンテーションが毎週末行われる。レクチャー・パフォーマンスとは、アーティストが彼/彼女の言葉で直接鑑賞者に語りかけるやり方の表現形式のこと。12/15(土)初日にシンガポールのホー・ルイアンの「アジア・ザ・アンミラキュラス」を見た。
約80分間のパフォーマンス。ハードカバーの文芸書をアーティストの言葉(かつ独自の筋道)と身振りで噛み砕いて伝えてくれるような感覚。言語以外の要素からかなりの情報を得ているのだと見終わって思う。映像あり舞台上の仕掛けありで飽きさせない。応用可能な感じもするし、でも、かなりアーティスト本人の興味関心能力全てに関係するプレゼンテーションの仕方なので結構難しい気もする。



YCAMでは映画担当他、15周年の区切りで新スタッフを募集している(12/12で映画担当、アート担当、デザイン担当は締め切っている)。いよいよ一区切りが迫る。最初自分はペースを落として仕事をしようとしていて、でも爆音が面白くなって、映画制作をゼロベースでやり始めてしまったせいで、制作業務、完成したらぼんやりではあるものの配給的業務も発生したり、一方ルーティーンの山口唯一のミニシアターとしての上映もやっぱり面白く(地方都市のお客さんの実情を知るのは大変良い経験になった、本当に)、その間に色々お誘いを受け、東南アジアの映画プログラマーとワークショップして東京とタイで上映を企画し、愛知での国際現代美術展の映像プログラムをやったり、渋谷に篭っていた時に比べれば仕事の幅は広がり充実したのかもしれない。
映画は結局映画であるということを最近常々思い知らされることが多く、他ジャンルから求められる映画像みたいなものに窮屈さを感じることも以前より多くなったことも事実。映画はつくづく不思議なものである。ほぼどんな人にもその人にとっての「映画」がある。本人はそう思っていないかもしれないけども確固たる意見を投げてきたりする。これは、文学にしても美術にしても音楽にしても他の芸術ではあまりないことではないかと思う。映画のフォーマットが多くの人に共有されているからかもなどと思う。参入障壁の低さ、批評することへの余談のなさ、このことについてはどこかで改めて考えてみたい。
10-11月の移動は激しすぎてあまり覚えられていないが写真フォルダを掘り返して、撮った写真など少し。

 
フィルメックスの時TOHO日比谷(宝塚劇場地下の方)から出てきた時に出くわしたヅカ出待ち。白い人たちの後に黒い人たちが並んでた



11月1日、名古屋へ。2016年のPFF以来久方ぶりの『ギ・あいうえおス -ずばぬけたかえうた-』『ギ・あいうえおス 他山の石を以って己の玉を磨くべし』連続上映を、ギ・あいうえおスの生みの親、越後谷さんが上映を企画してくれたので、完成して2年経って、今更ながらギ・山口でやらせていただきました、と、柴田監督とご挨拶に。越後谷さん、本当に柔らかい。

 
この会場があいちトリエンナーレ2019映像プログラムの会場になる



東京国際映画祭で真面目にアジア映画をたくさん見つつ、いくつかミーティングをこなす。実際に会場に行くと180度思いつきが変わったりする訳で。

某会場で某企画のミーティング。間も無く情報リリースします




テレビ業界で話題の『さよならテレビ』を見た。名古屋で、先に見ていた某映画監督から「いやほんと良いよ!」と聞いていたし、ネットでの評判は凄まじい。見て納得。『さよならテレビ』は、TVマンの間で裏ビデオのように流通していると耳にした。テレビの放送をレコーダーで焼いたDVDの複製はかなりのプロでも難しいらしい。平成最後の年、実体を持ったブツ=DVDの裏の流通。きっとこのことも、この番組のアウラを高めるだろう。
『ヤクザと憲法』の圡方宏史が演出、東海テレビのドキュメンタリーシリーズの阿武野プロデューサーで、タイトルが『さよならテレビ』とくれば、その筋の人間であれば一目でこれはヤバいと気づく代物だが、なんせ1回のみ東海テレビで放送されただけである。たまたま放送の数日前に知って、あいちのスタッフにお願いして録っておいてもらった。
舞台は報道局。今のテレビ界の矛盾を突く、といいつつ、到底紋切り型ではない目線。複雑なものを、テレビ的といっていい編集・撮影でシンプルに見せていつつも、それをもう一度かき回す演出と構成の力量。これを開局60周年記念として世に出してしまった東海テレビの野心というか意気込みは堪らない。テレビでしかできないことを、地方局だからこそできるギリギリのラインで攻めている。東京のテレビマンは悔しく思うだろう。日曜の16:00に放送されたのだが、これ、何も知らずたまたま見ちゃった人はどう思ったのか気になる。

名古屋の地下鉄に貼ってある広告。これが「さよならテレビ」を見た後だと全く違うものに見える



『さよならテレビ』を見て、主にカメラを向けていたトリエンナーレ事務局のある栄周辺の街並みを歩くと全く異なって風景が立ち上がってくるから面白い。市内が劇場と化す。自社の報道局と報道のあり方を問いつつ、テレビがテレビへし得る最上級の批評になっている。東海テレビのみならず、フェイクニュースが蔓延する現代社会全体へその射程がある。広く見せることがきっと難しい作品だからこそ、見せる側の人間としてはもっと見てもらいたいと願う。

 
 
三宅監督&濱口監督。山口から帰りの機内


そんなことをぼんやり考えていた11月末に、『きみの鳥はうたえる』『寝ても覚めても』のYCAMでの上映最終日の締めとして、三宅唱、濱口竜介両監督によるトーク。監督二人の話題は自然と映画演出に至る。この内容も、普段考えていることの手の内を明かすような内容で、二人への友情からあまり詳細は書かないことにしたい。東京ではきっとできない、貴重な内容だったことは確信している。たった40分しか時間が取れなかったが、大げさじゃなく、自分がYCAMに来てからいちばんよかったトークになった。今回たまたま同時にそれぞれの二作品が劇場公開することになったため、両作品を提げたベストなタイミングでこういうことができたことが演出について突っ込んで議論する素地になった。次いつそんなグランドクロスが発生するのか、誰にもわからない。もう永遠にないかもしれない。
映画とテレビ、それぞれの方向からたまたま演出について多くを聞いた。映画は、場が整えば、きっと話ができる。でもテレビ=報道についてはそれはまだまだ外に出せないのかもしれないと思うと、自分なんかはそのブラックボックスの中に手を伸ばしてみたくなる、が、それは来年に持ち越す。みなさま良いお年を。





杉原永純(すぎはら・えいじゅん)
山口情報芸術センター[YCAM]シネマ担当。2014年3月までオーディトリウム渋谷番組編成。YCAMでは「YCAMシネマ」や「YCAM爆音映画祭」など映画上映プログラムを担当する他、映画製作プロジェクト「YCAM Film Factory」を手掛け、『ギ・あいうえおス 他山の石を以って己の玉を磨くべし』(柴田剛監督)、『映画 潜行一千里』(向山正洋監督)、『ブランク』(染谷将太監督)、『ワイルドツアー』(三宅唱監督)をプロデュース。空族の「潜行一千里」、三宅監督の「ワールドツアー」といったインスタレーション展も企画・制作。また、「あいちトリエンナーレ2019」の映像プログラム・キュレーターを務める。
近況:渋谷で大変お世話になり、いまだに渋谷に寄るとほぼ必ず行ってしまう横浜家系の「侍」を、なんと名古屋・伏見駅近くに見つける。渋谷では人手が足りておらず深夜の営業がなくなってしまっていたが、名古屋では飲み屋帰りのサラリーマン相手に商売していた。ほぼ同じ味で安心する。

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