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2018年12月号

映画は心意気だと思うんです。 第5回 (冨田翔子)

2018年12月29日 12:36 by boid
2018年12月29日 12:36 by boid

ホラー映画をこよなく愛する冨田翔子さんが“わが心意気映画”を紹介してくれる連載の第5回は、2019年1月に公開される『サスペリア』(ルカ・グァダニーノ監督)を取り上げます。そのタイトル通り1977年の映画『サスペリア』(ダリオ・アルジェント監督)をリメイクした本作を、自宅の引っ越しの直前に観た冨田さん。この映画が放つ魔術的な魅力は実生活にも影響を及ぼしたようで――




引っ越しと魔女と進まない原稿
『サスペリア』(2018年、ルカ・グァダニーノ監督)


文=冨田翔子


年末は忙しい。年末が忙しいのは珍しいことではないが、特に今年は忙しい師走を送っている。なぜなら、今年はクリスマスイブに引っ越しをしたからである!

引っ越しを控えた数週間前、私は試写室である1本の映画を観た。ルカ・グァダニーノ監督の『サスペリア』である。オリジナルはダリオ・アルジェントによる1977年の『サスペリア』。私はアルジェントの『サスペリア』を高校1年生のときに観た。ハリウッド・ホラーともJホラーとも違う映像美に大感激し、友人の横で「なんて素晴らしいホラー映画なんだ!」「今まで観たホラー映画の中で一番面白い!」と絶賛。当時はアルジェントの「ア」の字も知らず、無邪気に大喜びしたものである。そんなイタリアン・ホラーという新たな扉を開いてくれた作品を、同じくイタリア出身のグァダニーノがリメイクする。しかも、宣伝ではリメイクという言葉を使わず、「再構築」と謳っており、「S」というシックな文字が中央に描かれただけのティーザーポスターは、ホラー感を出しつつもなんだか小意気なデザイン。一体どんな映画になっているのだろう。

いざ観ると、確かにストーリーの流れは『サスペリア』と同じだが、流れが同じだということ以外、一体何の話が進んでいるのかよくわからなかった。だが、画のインパクトと、こだわりと、えも言われぬ高尚なムードが鋭利にこちらに刺さってきて、圧倒されてしまった。

グァダニーノ版は、ダンスがより重要なテーマとなっている。アルジェント版のバレエシーンでは、目を見開いた講師が威圧的で恐ろしかったが、グァダニーノ版ではダンスそのものが凶器のよう。恐ろしいことはダンスをしているときに起こるのだ。

翌日も、その翌日も、この『サスペリア』のことを考えてしまった。私は第5回連載を『サスペリア』で書くことに決めた。ところが、いざ書こうとすると、何を書いたらいいのかわからなくなってしまった。魔術にかけられたように、何かを書き始めると、マーブル模様になって消えてしまう。原稿はぱったりと進まなくなった。



一方、引っ越しの準備は忙しなくなってきた。新しい家は、二人暮らしの予定。私の荷物は多すぎて新居に入らないので、これを機に不要なものを捨てることにした。まず同居人Iと衣服の選別を行った結果、2リットルのゴミ袋8袋分も捨ててしまった。なんだかやりすぎた気がする。Iが、いるかいらないかの決断を秒速で迫ってくるので、つい勢いに任せてしまったのだ。まるで、ティルダ・スウィントン扮する振付師マダム・ブランのような厳しさである。

そんな調子で、魔女の指示のもと、ベッドを捨て、家電を捨て、部屋はどんどん片付いていった。一方、原稿はどんどん散らかっていき、いよいよ収集がつかなくなってきた。そんな頃、新しい家の鍵をもらえる日が来たので、夜に様子を見に行くことにした。住宅街の少し急な坂を登っていると、頂上の暗がりに、丸い頭が2つくらい動くのが見えた。それは規則性のない怪しい動きで、思わず背筋が寒くなった。しかし、家に行くにはその頂上から階段を降りなくてはならない。恐る恐る近づいていくと、その正体は、猫であった。しかも5〜6匹の猫が集まり、集会を開いていたのだった。どうやらこれから毎晩そこを通るたび、この集会に遭遇するらしい。ちなみに私は無類の猫好きだが、猫アレルギーだ。仲良くできないことが残念でならない。何やら魔女の陰謀を感じる。

街の賑わいと原稿そっちのけでクリスマスイブの引っ越しが終わり、荷物を解いていると、同居人Iが悲鳴を上げた。Iの42インチの液晶テレビが、見るも無残に割れていたのである。Iは家から自分で液晶テレビを運んだ。なによりも大切に慎重に扱ったはずなのに、電源がついた画面にはシマウマ柄の縦線が幾重にも刻まれていた。やはり、どこかに魔の力が巣食っているようだ。私は『サスペリア』の主人公スージー・バニヨンになったつもりで、この狂気に立ち向かわねばならない。

しかし私はスージーと違い、怠惰だった。その頃、狂気は台所にも及んでいた。台所は私がセッティングすると、かねてより宣言していたのだが、「原稿を書きますから」と言って、しばらく放置していたら、原稿は白いままだが、まっさらなシンクには洗い物がどんどん溜まっていった。「もうすぐやるから!」という怠惰な言動を、きびきび星からやってきた魔女Iは許さなかった。ついに戦いとなり、あっけなく魔女に完敗した私は夜中半泣き状態で台所をセッティングしたのだった。

そんなこんなで、結局私はスージー・バニヨンになれないまま、この原稿を書いている。実はアルジェント版を観たときも、よくわからない映画だと思っていた。もともと『サスペリア』は、映画全体が魔術のような効果のある作品だ。アルジェント版は、鮮やかな色使いや豪華な装飾の中で起こる過激なショックシーンという対比が、魅惑の世界を呼び起こしていた。グァダニーノ版は、魔女というテーマを152分に、ストイックに引き伸ばし、徐々に観ている方をトランス状態にさせていくような作品になっていると思う。それはアルジェント版とはまた違う作品の広がり方であり、もはやどっちがどうだなどとはあまり気にならない。グァダニーノは幼少期に観たアルジェントの『サスペリア』が忘れられず、自分なりのサスペリアを何十年も妄想し続けた結果、ついにそれを実現させてしまった。そんなグァダニーノの心意気は、見事結実しているのではないだろうか。

 

サスペリア  Suspiria
2018年 / イタリア、アメリカ / 152分 / 監督:ルカ・グァダニーノ / 音楽:トム・ヨーク(レディオヘッド)/ 出演:ダコタ・ジョンソン、ティルダ・スウィントン、ミア・ゴス、ルッツ・エバースドルフ、ジェシカ・ハーパー、クロエ・グレース・モレッツ
2019年1月25日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
公式サイト





冨田翔子(とみだ・しょうこ)
エンタメWebサイト編集部勤め。好きなジャンルはホラー映画。心意気のある映画を愛する。

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