boidマガジン

2016年08月号 vol.4

YCAM偽繁盛記 (樋口泰人)

2016年08月28日 03:54 by boid
2016年08月28日 03:54 by boid
「YCAM繁盛記」ではなく、「YCAM偽繁盛記」。現在、YCAM爆音映画祭2016のため山口に滞在中のboid社長・樋口泰人による現場報告です。映画祭開幕前に山口きらら博記念公園で行われた七尾旅人さんの演奏&ブルース・ビックフォード短編上映の爆音ライヴ、YCAM爆音で26日に上映された『ギ・あいうえおス 他山の石を以って己の玉を磨くべし』、そして今度はceroとビックフォードのアニメーションがコラボしたライヴ上映などについて。
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文=樋口泰人


 山口に10泊。きらら浜という瀬戸内海沿いのビーチで行われる「ワイルドバンチ」というフェスの中で爆音上映するのと、毎年恒例のYCAM爆音映画祭のためである。すでに自分の人生から消えかけていた夏の海の感触。悪くはないが、暑い。ひどく暑い。風景の広がりに音楽はどうでもよくなる。みんな、音楽がどうでもよくなることで音楽を楽しんでいるのだろうとこちらは妄想するが、目の前で汗だくでリズムに合わせて飛び跳ねている人たちを見ると、どうもそうではない。身体と音楽とがそこにある。

 フェスで何をやったかというと、爆音映画祭恒例の「無声映画ライヴ」。無声映画の伴奏音楽でもありつつ独立した演奏でもあるようなライヴを毎回いろんな人に依頼しているのだが、今年はいわゆる無声映画ではなく、ブルース・ビックフォード作品に音をつけるという試みで、2月のビックフォード来日時に行われた同様のイヴェントの第2弾という算段。2月にインフルエンザで出演できなかった七尾旅人さんにお願いした。

 しかしいきなり七尾旅人ライヴが始まった。いやこれこそブルース・ビックフォードの作品の音楽をつけているのだと言いたくなるようなパフォーマンス。そこにビックフォードの作品も参加する。スクリーンに投影されたそれらが音楽になったのか、そこでの演奏がそれらになったのか、境界線が崩れたまま、途中で七尾さんが立ち上がりスクリーンの中に入って行ったときにはさすがに驚いた。入って行ったわけではなくスクリーン前に立って映像と一体になっただけなのだが、まさにそんなライヴだった。

 ここにある身体とここにはない身体とが一体になってここにある場所の中にあるここにはない場所へと滑り込んでいく。そして今ここにあるビーチに、今ここにはいない人が見たいつかどこかの風景が広がった。




 YCAM爆音の初日は、YCAM第1回製作作品『ギ・あいうえおス 他山の石を以って己の玉を磨くべし』先行特別上映。とにかく爆音が「他山の石」ということなのか、音の塊がこちらの意思とは関係なくやってきて身体を擦り、揺すり、削り取る。一体そこで何が行われているのか彼らは何をしようとしているのか、どうしてヤギはあそこにいるのか、いるはずのない妖精たちがなんだか本物の妖精に見え始め、すべてがどうでもよくなってきたころ、まさに他山の石の話が始まるのだが、この話し声が聞き取りにくいというか最後の仕上げとばかりにキュッキュと皮膚の周りを擦っていくものだから、そのありがたい話さえどうでもよくなるギリギリのところで心に残るあの感じ。

『ギ・あいうえおス 他山の石を以って己の玉を磨くべし』
© Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM] / Go Shibata

『ギ・あいうえおス~』スタッフ・キャストの舞台挨拶(写真提供:山口情報情報芸術センター[YCAM])



 2日目はビーチでのビックフォードの続きで今度はceroによる演奏。冒頭に演奏なしでもともとつけられていた音を活かしての爆音上映をしてからcero登場。後から聞いたのだがビックフォードは250歳まで生きるつもりだと公言しているのだという。その250年のビックフォードの生涯を、ceroは演奏した。そう思えるような演奏だった。時間と空間のスケールが知らぬ間に引き伸ばされていた。スクリーンの前でバンドがスタンディングで演奏してもスクリーンにかぶらずしかもスタンダードサイズの画面がガッツリとれるYCAMの環境は日本中どこを探しても今やあり得ないとしか思えないのだが、とにかくそのガッツリの中に知らぬ間に引き込まれて250年を生きた。250年分楽しかったし辛かったし疲れた。もうこれ以上実人生でやることはないような気もした。悲しかった。これからその悲しみとともにどう生きるかを考えた。もちろん考えたところで悲しみは消えないし、何か新しい生き方ができるわけでもない。

写真提供:山口情報情報芸術センター[YCAM]



 そして本日土曜日は朝から『ジャングル大帝』。年配の方、親子連れも多く、音量が気になる。50年前の作品ということもあり決していい音ではなく、声も硬いので、爆音にしては小さい方の音量なのだが、それでも続けて観ているとやはりちょっと辛くなる。しかしちょうど中盤あたりでジャングルが火事になり悲しんでいるところにでもここはいい畑になるに違いないからみんなでここを耕そうと悲しみを希望に変える提案がなされたところで流れ始める歌が広がり出し分厚くなり音の壁ができ始めたところでさすがにグッと来た。

 だが昨夜の250年の旅の疲れが抜け切れずまだ身体が起きてこない。身体がどこにあるのかよくわからない。隣からはまさに戦場と化した『プライベート・ライアン』の音が漏れ聞こえてくる。主人公のライアン二等兵の回想によって語られるこの映画もまた、自分のいないはずの戦場もレポートされていたのではなかったか? そのひとつである冒頭のノルマンディーのシーン。あのシーンを作るのに、スピルバーグは当時のニュースフィルムを繰り返し見てまさに自分が体験したかのように誰もが思うように作ったのだという。





樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。現在、「サミュエル・フラー連続上映」『地獄の黙示録』『地球に落ちて来た男』が公開中(各劇場の上映スケジュールはリンク先の公式サイトでご確認ください)。8月31日(水)と9月1日(木)は渋谷クラブクアトロで『TOTO/ライヴ・アット・モントルー1991』『ブライアン・セッツァー/OSAKA ROCKA!』を各日爆音上映。9月3、4日(土、日)は高崎電気館で「爆音映画祭in高崎」、9月27日~10月1日(火~土)には渋谷WWWで「爆音映画祭2016 特集タイ|イサーン」開催。

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