梅田哲也さんの連載「ほとんど事故」の25回目です。6月にウィーンで開催されたREAL DEALフェスティバルの公演や、滞在した時に訪れたゲイパレードについて書いてくれています。今のヨーロッパの都市にて共通して感じられる政治的な問題や日本にいても思うことなど。



文・写真=梅田哲也

マヤからは、数えきれないくらいのお礼の言葉をもらった。彼女はそれまでにとってきた態度のこともあってか、ちゃんとわかりやすいかたちで僕に感謝を表したかったのだとおもう。僕は2日間公演の初日を終えて、これは明日がむずかしくなったぞ、という気になっていた。以前捩子くんから指摘された、2日めの鬼門、ということば。初日の内容があまりにうまくいくと、2日めの内容を壊しすぎて、結果、誰にも伝わらない独りよがりのものになってしまうということ。マヤは最初、僕がいちばん大きな会場でパフォーマンスをすることには反対だった。なぜならこの会場の展示には、彼女らの実直で強いメッセージが込められていたから。床の真ん中には土で型取りされた大きなオーストリアの地図があって、国境の淵に沿ってきれいに天井まで真っ直ぐ伸びた有刺鉄線で囲われていた。壁には巨大なKKKのメンバーの肖像画が飾られ、でも衣装は白ではなく、オーストリアの色でもある赤と白のコンビネーション。部屋に入ってくる廊下には広大な草原をおもわせる風車と人工芝のインスタレーションがあるのだけど、ときどき回転を止める風車の羽はハーケンクロイツのような形。彼女らが今オーストリアで、このウィーンで、フェスティバルを開催することには、当然のように政治的なメッセージが内包される。彼女らはゴッズ・エンターテインメントという名称で10年ほど活動していて、今回このような大きなフェスティバルを主催するのは初めてのこと。アーティスト主導のイベントがなかなか政治色を強めていく傾向は、ウィーンに限ったことじゃない、来年以降僕が仕事することになっているブリュッセルやアテネのフェスティバルからは、移民の人たちとのコラボレーションを提案されているし、そうじゃないところでもイベント自体が最近のヨーロッパ全体の流れに逆らっていることを、なんらかの態度で表明している。国側の態度としても、私たちはもうこっちを向かざるを得なくなってしまってるから、ガス抜きはもうアートでよろしくやっといてくださいよ、ってことだったりするんだろうか。ブダペストではイベント関係者のなかに政府の移民排斥を支持している人がいたり、これはもう普通のこととして起きてしまっていて、もうどこにいても避けて通れない身近な問題としてあるということだ

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