今年から京都に仮寓を構えた青山真治さんによる日付のない日記「宝ヶ池の沈まぬ亀」第5回は、例外的に日付とともに記載されるボブ・ディランさんのノーベル文学賞受賞と、彼が1992年に発表したアルバム『Good As I Been To You』のこと、そしていよいよ来月に劇場公開が迫った『はるねこ』(甫木元空監督)の音楽を録音したときのことなどが綴られます。




文・写真=青山真治



5、ディランと私と「はるねこ」と

某月某日、正確には日本時間2016年10月13日、ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞が発表された。最初に噂が出たのはたぶん二十年とかそれくらい前のことでもう誰も期待してなかっただろう。忘れた頃にやってくるもんだ。こちらにとっては最初動揺やがて感情が爆発し最終的に号泣と相成った。正直私にとって表現ということに関してはディランが親代わりである。親が教えてくれなかったやり方をディランだけが教えてくれた。それはたんにギター一本を頼りに歌うということで高校時代「客ゼロの弾き語りライブ」を延々自宅で繰り広げていたのだがしかし結局映画を作ることも文章を書くことも基本にそれがなければありえないことだ。何もかもそういうふうにして始めたことは確かだ。
某月某日、漱石の妻最終回の翌日だか翌々日だかのこと。あなたがそのぬかるみを越えるまでの面倒は見きれませんと不意に頭に聞え、こちらからも、そりゃそうだ私もあなたの爆笑まで待っている度量はありませんと答えた。誰も何も返してはくれなかった。深夜の出来事。時間を措いてはたと気づくのだが、これは家計簿とのやりとりであったかもしれない。ずうっと金銭の心配とともにつけていた家計簿をやめたのは夏バテで寝込んでからだ。もう心配などしたくないと投げ出したかったのだろう。朝、前夜に秋刀魚を焼いたグリルを洗いながら思い至った。
某月某日、まるでつけ火のように金木犀が町中にその芳香を放つ。秋だ。

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