boidマガジン

2017年02月号 vol.4

『宇宙の柳、たましいの下着』放浪篇 #25 (直枝政広)

2017年02月25日 22:27 by boid
カーネーションの直枝政広さんがオーディオの工作や改良に奮闘する日々の中で出会った音について綴る『宇宙の柳、たましいの下着』放浪篇、第25回です。昨年末から先月まで『Multimodal Sentiment』発売ツアーで全国8カ所をまわっていた直枝さんですが、1月中旬に中耳炎にかかり、声にも影響が出てしまいました。今回はその最中に行なわれた札幌でのライヴのこと、そしてライヴが終わった翌日に雪道を歩いて訪れた中古レコード店で出会った2枚のレコードについてのお話です。





雪を掴む時


文=直枝政広


 ツアーの途中で中耳炎になった。こういうのは子供がなるものだと思っていたらそうとも限らないそうだ。東北から戻ってから少し声嗄れが気になってはいたのだが、ある朝突然、左耳が塞がったのでこれはまずいぞと思い耳鼻科に行った。耳をいじるのは怖い。知り合いの耳鼻科女医に「耳かきは絶対に自分でしてはいけませんよ、医者でやってもらいなさい」と言われていたから、綿棒で廻りの掃除をするくらいであまり中を掻いたりはしなかった。なのでどうせ耳垢のせいだろうとふんでいたのだが、診断は”軽度の中耳炎”。耳の炎症の膿が鼻や喉に伝わって排出されて治癒するという意外とやっかいな病気だった。おかげであっという間に喉は荒れてしまったし、鼻をかむとたまに血も出たりした。耳の炎症なのに。
 札幌公演の初日は歌にならなかった。歌い始めると軽いデス声。一番おいしい音域の部分だけが特に歪んだ。ただ不思議と裏声は出た。「今回はさすがに中止にした方がいい。これではお客さんに申し訳ない」と主張したのだが、ベースの大田が「いや、なんとかしよう。メニューを変えてとにかくやるしかない」という男気を見せ、リハを切り上げ、まずは予備曲を探り、声に負担のなさそうな曲を選び直すことになった。キーが低めの曲、ソロをひっぱると面白く展開する曲などをメインに据えた。ぼくはその横で、民間療法に詳しいマネージャーがおろし器で削りまくったれんこんのしぼり汁をひたすら飲み、吸入器と向き合うしかなかった。お客さんには声が出ないことを伝えて開き直ったぶん、演奏は創意工夫に溢れ、スリリングで楽しめたし、しかも一体感のある非常に熱い演奏になった。困難の裏には小さなチャンスが潜んでいる。あの日の演奏が今回の旅で得たもっとも貴重な一瞬だったようにも思う。
 普段から身体のメンテは怠らず、万全を期してはいるつもりなのだが、長くやっていればこういうことはたまにある。15年程前、FM802の生番組用に京都駅構内の仮設ステージで演奏した時も、風邪で声が嗄れてまったく歌えなくなったことがあった。注射を打ってもだめだった。「お前のせいでチャンスをふいに…」と言われてもおかしくない状況なのに、メンバーは「歌なんだから、こういう時はしょうがないよ」とかばってくれた。それには救われた。ただ、大きな仕事を入れてくれたプロモーターたちは内心がっかりしただろうし、自分でもあの日を思い返すたびに悔しくなる。

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