先日、東京都庭園美術館 にて2日間開催された映像作家 牧野貴さんによる映像インスタレーション・ライブパフォーマンス『Endless Cinema』について、アルティメットスタイル・プロジェクションチームDOOM!の長崎隼人さんによる特別寄稿です。長崎さんは今回映写にも関わっており、この終わりのない映画の一回性について考察してくれています。


『Endless Cinema』 ©Makino Takashi


文=長崎隼人
写真=牧野貴


3月10日、11日に東京都庭園美術館で映像作家の牧野貴氏による展示&上映が行われた。
今回のイベントは昼間の日中にイベントのタイトルにもなっている『Endless Cinema』(2017年)と題された作品がループ上映され、一旦セッティングの時間をとったあと『The Picture From Darkness』(2016年)と『On Generation and Corruption』(2017年)の新作短編を二本上映。そして最後に昼間に上映していた『Endless Cinema』のライブ版を上映するというものである。10日は牧野が、11日はジム・オルークがライブを行った。

牧野は昨年からコラージュの展示や『still in cosmos』(2009年)のフィルムをプラチナプリントで完成させた写真作品の発表など活動の幅を映画から美術よりに広げていることもあり、この『Endless Cinema』というタイトルは「これから美術作品も作っていくけどシネマはエンドレスだぜ(映画はやめないよ)」という意思表示が見えるようでもあるがそれは冗談として、「永遠に続く映画」を作りたいという欲望がはっきりと現れた作品だと言えるだろう。
この「永遠」に対する欲望はプログラミングによって光を生成するTelcosystemsや、シミュレートされた架空の空間の光と影を映し出すマヌエル・ナップとのこの数年の間に行われた共作によって刺激されたように思われるが、過剰なほど映像を重ねて作られる抽象表現にはその一端がすでに眠っていたと見ていいだろう。そしてそれは『cinéma concret』(2015年)の明転ののちネガ像となって暗転するという円環状の構造ではっきりと姿を現し、その構造を生かし新たにループ上映用に作成された『cinéma concret』は、のちに香港のEmpty Galleryで展示上映された。今回の『Endless Cinema』はそのような流れの中で満を持して制作された作品である。

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