山口情報芸術センター=YCAMのシネマ担当・杉原永純さんによる連載「YCAM繁盛記」第46回です。4月下旬から1ヶ月に渡って開催されたインスタレーション展「ワールドツアー」が閉幕。続いて、同展の制作と並行して撮られた三宅唱監督の映画『ワイルドツアー』が、8月10日(金)にYCAMの野外上映会でお披露目されることになりました。今回は「ワールドツアー」の展示記録映像をご紹介するとともに、今夏のYCAMのイベント情報も続々登場。そして、先日訃報が伝えられた字幕翻訳家の寺尾次郎さんとの思い出も綴られています。
映画『ワイルドツアー』リリース&「ワールドツアー」閉幕
文・写真=杉原永純
寺尾次郎さんのことを思い出す。
渋谷でジガ・ヴェルトフ集団の特集をやった時のこと。東京に大雪が降ったトークの日に、廣瀬純さんのあの語り(アジり)は雪も溶かすとんでもない熱だったのだが、自分の文章力ではあの伝説級のトークは再現できそうにない。ともあれ。
日芸の学生たちが企画した「映画祭1968」という特集をやった際、上映作品の一本にゴダール『東風』があった。IVCが権利を持っていると知り、電話してみたら、ジガ・ヴェルトフ集団のBOXを準備していると聞き、それじゃあまとめて特集やりましょうということになった。
寺尾さんは字幕翻訳を担当されていた。いくつかの日本初劇場上映作品もあり、その一つが『たのしい知識』(『楽しい科学』)だった。
タイトルに反してというべきか、実に厄介な映画で、翻訳作業は困難だったに違いなかった。寺尾さんは、初上映日にわざわざ劇場に仕上がりを確認しに、スクリーンで見に来てくれた。始まって10分ぐらいだろうか、ロビーでぼーっとしていると、寺尾さんが飛び出してきた。「字幕が切れてるよ!」とお叱り。そもそもはテレビ向けに構想されていた作品で、画面はほぼスタンダード。右端に縦に字幕。文字数が増えて2行になったところで黒味に字幕がはみ出し、マスキング・カーテンが被ってしまっていたのだった。
その映像上のレイアウト含めて、寺尾さんから配給会社に掛け合ってくれて、初日の後にさらに字幕を改定し、上映素材を新たに納品してもらった記憶がある。 映画美学校の字幕翻訳講座で教えていらっしゃったので、度々ご挨拶する機会があった。字幕にとことん厳しく、丁寧で、笑顔が素敵な方だった。いつか字幕翻訳についてトークイベントをやりたいやりたいと思っていて、YCAMにお呼びするタイミングを作れたら、山口の美味い酒と刺身を食べてもらおうと思っていた。早すぎる。
前号で「ワールドツアー」オープンを告知したばかりだが、5/27(日)に閉幕した。やはり1ヶ月はあっという間だ。展示ビューを記録した映像がこちら。
記録映像撮影・編集は田邊アツシさん。去年のYCAMスタッフ向けの映画制作ワークショップから、2月の映画撮影まで、何かと三宅さんの足取りを追ってくれているので、展示だけでなく、三宅さんの今回の滞在制作全体の雰囲気をよく掴んでくれている。前半に出てくる白髪の老紳士が足立明男YCAM顧問(この春にYCAM館長から惜しまれながら勇退された)。後半に出てくる高校1年生の男子たちは、三宅さんの新作映画『ワイルドツアー』に出演してくれている3人だ。
展示の記録撮影は4月の末。映画撮影からおおよそ2ヶ月後だったわけだが、驚いたのは男子三人とも、中学生から高校生に上がったタイミングだったこともあり、急激に雰囲気が変化して、高校生らしくなったこと。そして全員が揃ってiPhoneを手にしていたこと(うち一人は中学生の時からすでに持っていて、二人は高校合格のタイミングで親に買ってもらうと約束していた)。撮影中も、カメラが回ってる間以外は、ずっと三人でゲームをやっていた。何よりもゲームである。イヤホンは耳にさしっぱなしにしているので、電話(多分LINEとかでの通話)が突然始まって、いきなり喋ったかと思ったら突然終わっている。きっと並行してメッセージのやりとりもしているのだろうが、スマホ・ネイティブの男子高校生たちの日常。
6月頭、三宅唱監督が数日間YCAMに舞い戻って、集中して編集をこなし、エンドクレジットを除いてほぼピクチャーロック。
毎年恒例のお盆の野外上映「真夏の夜の星空上映会」のラインナップも発表。そして、8/10(金)初日は三宅唱監督最新作『ワイルドツアー』をお披露目することに正式決定した。
展示作品の「ワールドツアー」=「WT」というタイトルと、映画のタイトルとを、絶妙に関連させたいという意向はあったけども、候補を出し合い、決定はリリースギリギリまで迷った。夏の野外上映にはぴったりの映画になる、間違いなく。
ホンマタカシさんに撮ってもらったメインビジュアルもリリース。YCAM近辺にメインの出演者3人を配置して撮影自体はたった数時間だったが、表情が柔らかすぎず、固すぎず、絶妙。自分が見てきた彼ら3人の距離感に近い。
ホンマさんは、撮影の合間にも山口の風景も撮影してくれていた。これらがまた素晴らしい。あの日、あいにくの雨で、外での撮影をするか否かは迷ったのだが、雨や霧で覆われた山口の風景は、ラオスのヴァンヴィエンで見た山にそっくりだった。これらのカットは、いずれ映画の紹介をする際に使っていきたい。
三宅さん自身で監督し、撮影しながら構成=脚本を随時考えてゆき、そして編集へと至っているのであまり迷いはない。たった数ヶ月前のことだが、彼らの顔、立ち居振る舞い、それが全て掛け替えのないものに感じる。編集しながら、シーンごとに見直していくと笑いが耐えない。素材が、良い。だったらシンプルに調理するのがいちばんだ。
「ワールドツアー」のバラシが終わり、YCAMの中の動きが活発になってきている。7月21日(土)からはエキソニモ+YCAM共同企画展「メディアアートの輪廻転生」と「コロガル公園コモンズ」が同時にオープンする。この規模の展示が同発になるのは、YCAMでは珍しい。さらに、8月に入って、森山開次「不思議の国のアリス」があり、続いて『ワイルドツアー』お披露目の「真夏の夜の星空上映会」、翌週からは「YCAM爆音映画祭2018」が今年は早々にスタート。爆音映画祭予定より前倒しの初日になるのか、8/15(水)、クン・ナリンズ ・エレクトリック・ピン・バンドがYCAMにやってくる。ピンバンド・ライブは無料、それに合わせて、『バンコクナイツ』(タイ公開バージョン)を上映する(こちらは有料)。タイ公開バージョンは、3時間のあの濃厚な本編を2時間ちょっとに圧縮。一日、タイ爆音in YCAMという雰囲気になる。
夏のYCAM爆音お越しの予定の方は8/15(水)から参加された方が絶対おすすめです。多分まだ湯田温泉の宿は取れる。YCAM爆音映画祭2018は過去ないぐらいに贅沢な上映ラインナップになってきている。徐々にリリースされていっているが、7月には全貌をご紹介できると思う。乞うご期待。
杉原永純(すぎはら・えいじゅん)
通常営業に戻ると溜まっていた案件で出張が増える。京橋・国立映画アーカイブに通りかかった際に、近所に日本橋にしかないと思っていた「そばよし」を発見する。だし汁が絶品。
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