「大音海の岸辺」第28回はプリンス追悼企画第2弾をおおくりしています。後編は『アート・オフィシャル・エイジ』や『ヒット・アンド・ラン フェーズ・ワン』『同 フェーズ・ツー』など近年に発表されたアルバム、2014年に『サイン・オブ・ザ・タイムズ』がリバイバル上映された時に書かれた文章などを再録。そして、その突然の死から1週間が経った今、湯浅さんが思うこととは――。
※映画『サイン・オブ・ザ・タイムズ』は5月7日(土)まで渋谷HUMAXシネマでレイトショー公開されています


『アート・オフィシャル・エイジ』



文=湯浅学


プリンス&ザ・ニュー・パワー・ジェネレーション『ダイアモンズ・アンド・パールズ』

 少なからずクールにならざるを得なかった。すべてのアルバムを溝が擦り減るほど聴き、全種LPとCD両方で所有し、当然12インチ・シングルもすべて購入し、ビデオはもちろんライヴも可能な限り足を運び、ニューヨークはもちろんオランダのロッテルダムにまで見に行って、ブートレッグでスタジオ・アウト・テイク集やらライヴやらが出たと聞いては大枚はたいていた俺でも、昨年秋に見たくて見たくて封切りの翌日ニューヨークはマンハッタンの五番街と六番街の間の12丁目にある映画館に行って見た映画館に行って見た映画『グラフィティ・ブリッジ』には、見終わってしばらく言葉もなかった。
 そんなにすばらしかったのかといえば、すばらしくひどかったからである。この映画のひどさについては、すでに何ヶ所かで書いたのであえて繰り返したくない。それほどひどかったんだから、今ではむしろ大好きだ。アメリカでは今年の春早々にホームビデオ化されているので、それも買おうと思っている。プリンスという男は、良かれ悪しかれ、あなどれない。ということの好資料として、これほどのものはない。日本で劇場公開はもちろんない。ビデオもたぶん出ないだろう。物好きが輸入もので買ってみて、あきれたり怒ったりすればそれでいいんだからさ。そういう"秘め事”ってのはあったほうがいいもんね。
 そんなこんなで、少なからずクールにならざるを得なかったのは、このたび約一年ぶりにプリンスが新しいアルバム『ダイアモンズ・アンド・パールズ』をリリースしたからであります。
 考えてみれば、これでプリンスのアルバムは13作目だが、これまでに『パープル・レイン』『パレード』(『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』)『サイン・オブ・ザ・タイムズ』『バットマン』『グラフィティ・ブリッジ』と5作もが映画関連作品だった。映像と音楽とが同時に喚起させられる体質なんですかねプリンス先生は。そうかもしれないけど、それにしてはそれを実際の映像に写しかえることに関しては、疑問符が。
 唯一の成功例はステージを中心に、3分の1ほどのフィクションをまぶした『サイン・オブ・ザ・タイムズ』だ。このときのステージがさらにグレードアップされて驚異の『LOVESEXY』ツアーの大スペクタクルを生んだわけだ。昨年プリンス・バンドのギタリスト、リーヴァイ・シーサーにインタヴューしたんだが、彼も後で『LOVESEXY』ツアーのときのステージを見て、あまりの素晴らしさに気が遠くなったといっていた。自分たちがこれほどまでのことをやっていたとは信じられないほど、だそうです。
 プリンスの魔力とはつまり、自分の内側と徹底的に対話したところから始まるのだと俺は思っている。それこそがファンクの基本だとさえ思う。ファンクとは、連帯や解放を呼びかけることや破天荒なカッコしてあばれることではなく、あらゆる倫理や秩序にあえて疑問符を投げつけて、自分自身とは何か、をグルーヴの中で問うことだ。グルーヴがないのは論外。問いかけのないのはできそこない。
 さてプリンスの新作は? 今までのプリンス作品に似た曲が多いのは愛嬌、サウンドの練られ方がもうひとつ深みにかけるのはよりわかりやすい表現を目指した結果、アクが弱いのは人間が丸くなったからか。なんとなく物足りなさが残りはするものの、そこらの"ダンスもの”とかいうやつの1万倍は素晴らしい。まあ当然だけど。しかし、お願いだからこれを映画化するなんてことだけはいわないでくれよ。まったく。

(『コミック・トム』91年10月号)

『ダイアモンズ・アンド・パールズ』





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