『愛は死より冷酷』

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの著書『映画は頭を解放する』(勁草書房)やインタヴュー集『ファスビンダー、ファスビンダーを語る』(2013年に第1巻、昨年の8月に第2・3巻(合本)発行)の訳者・解説者である明石政紀さんが、ファスビンダーの映画作品について考察していく連載「ファスビンダーの映画世界」。今回からは劇団「アンチテアーター」在籍中に作られた作品を取り上げていきますが、まずは同時代の作品群をどのようなテーマで括っていくかが提示されるとともに、主要な協力者たちが紹介されます。



文=明石政紀


演劇活動、またはアクション・テアーター/アンチテアーター

 映画アカデミーの入学に2度失敗し、自作の短編映画2作も自主上映以外は公開の機会も得られず、ファスビンダーは2年ほど映画作りから遠ざかることになる。
 映画作りから遠ざかったファスビンダーは、しばらく演劇作りにいそしむことになった。短編映画2作目『小カオス』を撮って半年ほど経った1967年の夏、この映画に出演した俳優養成所の元クラスメート、マリーテ・グライゼーリスに誘われて「アクション・テアーター」なる小劇場の公演を観にいき感激、そのまま劇団に入り込んでしまうのである。
 劇団に入り込んだファスビンダーは、そのうちアクション・テアーターの牽引モーター、駆動エンジン、創作中枢、首領的存在(本人はそう呼ばれたくないだろうが)と化し、翌年この短命な劇場が閉鎖されると、劇団の一部メンバーと「アンチテアーター」を旗揚げし、演出、劇作、演技の各面にわたって猛烈な勢いで演劇活動をおこなっていく。
 演劇活動をおこなっていくなかで、ファスビンダーは自分の演出手法を編み出し、役者との関わり方を学んでいき、台本を次から次へと書き、のちの映画作りで重要な役割を果たすことになる人々と出会うことになる。
 出会った人々のなかで当時最大の協力者だったのは、ペーア・ラーベン。一時期結婚することになるイングリット・カヴェーンや、のちにファスビンダー映画の代表的男優のひとりとなるクルト・ラープともこの演劇活動のなかで出会った。それだけではない。かねがね自分の映画のスターにしようと思っていたハナ・シグラを劇団に引き入れ、イルム・ヘルマンやハリー・ベーアのような演技経験のない人たちも舞台に立たせ、のちの映画作りの核となるような人々を束ねていくことになる。こうして演出家兼俳優だったペーア・ラーベンは、ファスビンダーのおかげで名うての映画音楽家になってしまったし、俳優養成所とも役者稼業ともまったく無縁だったイルム・ヘルマンも立派な女優と化してしまうのである。といったアクション・テアーター/アンチテアーター時代のもろもろ、あれこれ、出会い、内紛、願望、失望などなど混乱のきわみともいえる経緯については、インタヴュー集『ファスビンダー、ファスビンダーを語る』第1巻、とくに冒頭の長尺インタヴュー「グループではなかったグループ」で本人が微に入り細に入り語っているし、これが主観的なものにしろ、それに優るものはないので、そちらをご覧いただきたい。それにそれをわたしが要約したところで、つまらないものにしかならないだろうし、要約というのは大体つまらないものだ。というわけで、演劇そのものの話をしよう。
 演劇そのものについての話をしようと思いきや、残念ながら、わたしはそれについて語れないことに気がついた。理由は簡単。わたしはその公演を観たことがないのである。というより、もうだれも観ることができない。観たこともないものを、あたかも観たかのように書くのは物書きの特権だが、ここではやめておくことにしよう。とにかくライヴ演劇人のファスビンダーの場合、どう演出され、どう語られ、どんな舞台で、どんな演技で、どんな雰囲気が漂っていたかをその場で体験しないと、なんとも言いようがない。このへんが現場の生鮮物たる演劇の難しいところである。というわけでファスビンダーの演劇についてはさっさとすっ飛ばし、じっさいに書面として残っている台本という「素材」に関する別項を設け、後回しにすることとしよう。
 演劇の話を後回しにしたところで、今でも観ることのできる映画の話をしようかと思う。劇団活動に専念中、しばらく映画作りから遠ざかっていたファスビンダーだが、じつは映画作りの現場から遠ざかっていたわけではない。お金を稼ぐために俳優として映画に出演、撮影現場と接触していたからだ。このころの出演作には、西ドイツ連邦軍の教育映画『技術点検―車両メンテナンス』や『有罪か無罪か』(監督不詳)、西ドイツ連邦軍の風刺劇『樫の葉とイチジクの葉』(監督フランツ・ヨーゼフ・シュピーカー)といったものがある。とはいっても、ファスビンダーがやりたくてたまらかったのは映画に出演することではなく、映画をつくること、それも長編映画をつくること。

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