boidマガジン

2018年07月号

樋口泰人の妄想映画日記 その76

2018年07月05日 10:18 by boid

boid社長・樋口泰人による6月後半の妄想映画日記です。109シネマズ名古屋や新宿ピカデリーなど複数回目の開催となる劇場での爆音調整について。東京での滞在では社長仕事や執筆のほかに、『菊とギロチン』(監督:瀬々敬久)、バディ・ガイの新作、杉並区長選、そしてカーネーション35周年記念ライヴへも。




文・写真=樋口泰人


梅雨のジメジメもたまらないが、暑いのも耐えられない、ということで6月後半はただひたすら疲労困憊エネルギー消耗息も絶え絶えという感じだった。まあそれでも生きていければいい。何もまともにできず、映画も観られずレコードも聴けず、原稿書くのも四苦八苦だったが、観測史上最速で梅雨明け宣言が出されるような異常気象を起こしておいてそれでもまだ破滅に向けてひた走る国に住んで、まともなことができるわけもない。とかなんとかブツブツ言いながらの夏。あと2ヶ月はこれが続くのか。


6月18日(月)
いくつかの締め切りがあって原稿を書いていた。事務所での発送作業などもやった。家では猫様が何かに驚いていた。



しかし疲れ果てている時に地下鉄のホームでこんなものに出くわすと、世界はもっと疲れているのかとも思う。




6月19日(火)
『菊とギロチン』試写。ギリギリで間に合った。ただひたすら男たちのパワハラの歴史を、いや力を持つ者たちの支配する世界の歴史を血まみれの女たちを通して描く3時間。右も左も全部駄目である。土俵というシステムに上ろうとする者たちは全て、土俵というシステムに殺されるしかない。そこでの力関係に関係なく。ただそれだけがひたすら描かれていたように感じた。後半に入ってからの停滞する時間の重さにこの映画の執念のようなものを感じたのだが、物語とはあまり関係ないのかもしれない。一方で、土俵に上がらない女性たちの生き方は描かれていなかったように思えた。


6月20日(水)
夕方まで事務所仕事。その後名古屋へ。新幹線の車中で原稿を仕上げた。雨上がりの名古屋の空気が心地よかった。ホテルに着いてからも別の原稿を仕上げた。とりあえず抱えていた原稿はすべて仕上げたはずだ。


6月21日(木)〜24日(日)
3回目の名古屋爆音。前回と同じスクリーンだが、機材もスタッフも違う。東京チームがそのまま遠征、というスタイルである。パワーがあるので音が会場の隅々まで届く。ただそれでも前方の端の数席は、片側のスピーカーの音が大きくなり、爆音を満喫するにはちょっと苦しい。センタースピーカーの向き、ラインアレイの音量調整などをして、見た目以上には十分堪能できる設定にした。観る場合も同じだが、真ん中と端では全てが同じ、というわけにはいかない。もちろん爆音で観ようという方もそれは十分にわかっている。前売りは常に真ん中から売れて行き、最後に残るのは前の端。ツイッターには「残念席」とも書かれていた。本当にダメな席は売り止めをしてもらっているので、こちらとしては最も気を使う席である。



調整は順調に進んだ。会場である109シネマズ名古屋のスクリーンは、他の会場と比べて少しだけ響きが残る。したがって『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』『レ・ミゼラブル』のようなミュージカル映画の場合、その残響感が、まるで劇場で本物のミュージカルを観ているような印象を与える。コンサートホールでの鑑賞感と言ったらいいか。小さな音の響きがいい。その響きを聴きながらの調整をとなった。

『キングスマン ゴールデン・サークル』と『バーフバリ』の2本は絶叫上映もやった。前説盛り上げ係の声掛けに会場も大いに盛り上がっていた。絶叫上映をやるたびに、もしかすると間違えて来てしまった人はいないかと心配になったりもするのだが、この前説がある限りは大丈夫。たとえ間違えてやって来てしまったとしても、案外楽しんで帰られるのではないだろうか。誰にも何も強制しない、というのが絶叫上映のいいところである。

109シネマズ名古屋にはど真ん中のちょっと後方の列に「エグゼクティブシート」というのがあって2,500円するのだが、すごい座り心地がいい。というかまあ、一瞬だけエグゼクティブになった気分を味わえるのだが、会員になると一般料金で購入可能なのだそうだ。今のシネコンの座席で十分、2,500円あったらもう1本観られると、通常の映画好きは思ってしまうかもしれないが、こういった映画館の「営業努力」が次第にその映画館の力となっていく。自分たちが上映したい映画をどの劇場でどうやって上映してもらうか、東京ならまだ自分たちの力でなんとかすることもできるが、東京以外の場所での上映は映画館の力が頼りである。

名古屋爆音は爆音ベスト盤の上映ということもあり大盛況だったのだが、座席数が250席を超えるスクリーンを3日間、ほぼ満席の状態で上映し続けるというのは至難の技である。次回何を上映するか、それまでに新しい作品がいくつか出てきてくれることを願うばかりである。



日曜日の昼の『グレイテスト・ショーマン』で上映前挨拶をして、東京へ。
杉並区長選挙である。再開発推進派の現市長に、高円寺の良さはあのごちゃごちゃした商店街と飲食街であってあれがあるから若者たちがこの街にやってくるのだ、再開発して綺麗にしたところでただ他の街と同じになるだけである、1年中阿波踊りをやるしかないような街にしてしまうつもりなのか、あの街を活かす再開発を考えて欲しいと訴えるために投票所へ向かった。夕方だったためが全然人がいなかった。投票率は32パーセントだったらしい。土俵に上がらざるを得ないので土俵に上がって投票しているが、この投票という土俵自体を変えてしまうことはできないものかといつも思う。




6月25日(月)
さらにもうひとつ残っていた原稿も仕上げ、事務仕事発送作業。バディ・ガイの新作が届いた。タイトル通り、今まさにここで生きているご機嫌なブルースが詰め込まれていた。こんな映画は作られないのだろうか。最近では『幸せをつかむ歌』が近いのかもしれない。主人公が女性だからさらにいろんな要素が加わってはいるが、いい歳した大人たちが、彼らの今を、誰もが思う彼らのやり方ではなく、つまり公的に作られた土俵に上がるのではなく、あくまでも彼らの場所で彼らなりのやり方で示す。簡単ではない。




6月26日(火)
完全に夏になった。試写室側の日比谷公園脇の歩道はすでに夏休みの緑と空だった。



『オーシャンズ8』試写。8人の女優たちのアップが多く、これは日本で言えば事務所への配慮みたいなことがあるのだろうかとかあれこれ考えた。特別面白い映画ではなかったが、女性たちが当たり前のように前を向き、男たちと同じやり方ではない自分たちのやり方で男たちを翻弄する姿はやはり清々しい。シリーズが続いていってくれることを願う。


6月27日(水)
月末の社長仕事あれこれ。税理士もやってきての毎月の報告。発送作業はamazonの壁にぶつかり断念。もう2度とamazonにはboidから直接出品しない。人間を排除するシステムである。夜は知り合いに誘われ食事。来年以降のboidの仕事に想いを馳せる。帰り道、月が明るかった。




6月28日(木)
6月はほとんど東京にいなかったので、月末の事務仕事が本当に山積みである。夜は19時30分過ぎから新宿ピカデリー爆音映画祭の調整を。2度目ということもあり、調整は順調に進む。109シネマズとは逆に音の吸音がすごくて、会場自体の響きがない。したがって爆音感はもちろんだが、サラウンドスピーカーの音をどのように調整してどれだけ出すかがポイントである。作品によって微妙に変えて、音が作り出す空間の変化を確認する。その結果『ベイビー・ドライバー』がかつてない音になった。

調整の途中、聞こえてきた映画の音から、「もっと音量を」という囁きが聞こえたのである。わたしの欲望ではなく映画の欲望としての音量アップのサインが届いたと言ったらいいか。ここまではっきりと音量を上げてくれと音自体が言っているのを感じたのは初めてのことである。とにかく上げてもらった。その音量に合わせての仕上げ。会場全体が唸りを上げた。エンジンの中にいるような感じを味わった。バウスの爆音の頃は、時々こんな感じの音になったのだが、今回はこれほど吸音のいい会場でこれだけ会場全体がざわめくというありえないような事態に、言いようのない嬉しさがこみ上げた。本当に久々にバウス時代の爆音をかみしめた。今の若い人たちにこの音はわかってもらえるのだろうか。これが爆音のオリジナルサウンドである。バディ・ガイに倣えば「BAKUON is ALIVE and WELL」ということになる。まあ、誰にもわかられなかったとしても知ったことではない。

帰宅後、日本対ポーランド。先発メンバー6人を変えた理由を誰かわかりやすく説明してくれないか。その後の交代や残り15分のあれこれのことなどどうでもいい。すべての原因は先発メンバーにあるとしか思えない。


6月29日(金)
朝9時からの新宿ピカデリー爆音映画祭のオープニング『グレイテスト・ショーマン』の上映に立ち会う。もちろん満員の通勤電車である。考えてみると、この回を鑑賞される方たちも皆、満員の通勤電車に揺られて新ピカに来場されるわけである。すごいことだと思う。火曜日夕方のチケット発売すぐに完売したという。最善を尽くしますという当たり前の言葉しか出ない。
午後には秋のboidの大仕事の打ち合わせ。爆音ツアーやりながら果たしてできるのかとも心配になるが、まあそれはそれ。7月中には告知もして準備が始まる。しかし6月だというのに暑い。梅雨明け宣言も出されたらしい。夏である。



そして23時からは再び新宿ピカデリーにて爆音調整の残り3作品を。初爆音となる『マンマ・ミーア!』は10年前の作品ということもあり、今のハリウッド作品とは音の入り方が違う。密度が違うと言ったらいいのか。そのまま音をあげるとただうるさいだけになる。これまで上映してきた『ラ・ラ・ランド』などのミュージカル作品とも違い、もっと下世話で騒がしくアップテンポの展開なので、足元の軽さと多数の人々の声の集積感に焦点を当てつつ、しかしうるさくならない響きを。左右と中央のスピーカーからの音のバランスを調整、あるポイントに来ると音が自然にスクリーンから立ち上がり会場全体を覆う。決してひとりで出しているのではないひとりの声。その声が出るまでに費やした果てしない時間と出来事が、ひとつの声から浮かび上がり多数の声を呼び起こしていく。そんな繰り返しとしての物語が出来上がる。アナログばか一代をやっていなかったら、こういう音を聞き分けられなかっただろうなあと思った。
調整が終わり映画館から出ると、金曜の夜。終電も終わった後で酔っ払いの方々が道路の真ん中まで出てタクシーを止めようとしている。のどかで結構と思うか、酔っ払いは皆タクシーにひかれて死ねと思うか、まあ、だいたいその境界線のところで生きている。やはり月が明るかった。




6月30日(土)
カーネーション35周年記念ライヴ。日比谷野音。一体いつ以来の野音だろう。記憶に残っているのは、一風堂やP-MODELなどが出演した日本のニューウェイヴの祭典みたいなやつで、調べたら一風堂が解散したのが84年だからそれ以前のことである。だとするとカーネーションの誕生の頃以来の野音ということになる。35年。いろんなことがあった。まだ結婚もしていなかったし、まともに働いてもいなかった。カーネーションはデビューの頃から聴いていたが、90年代の子育て時期はまったく聴いていなかった。直枝さんと初めて会ったのはboidで単行本を作ろうとした時だったから10年ちょっと前である。たしかカーネーションのライヴ映画を爆音上映する、というところから話が転がったのだと思う。あの本のおかげでいろんなレコードに出会った。いい加減で物持ちの悪いわたしは、音楽に対してもレコードに対しても本当に失礼なことをしてきたと、あの本を見るたびに思う。直枝さんの音楽への接し方が丸ごと詰まった本になっていると思う。いつまでもそばに置いておきたいし、読み返すたびにさらに音楽が好きになる。

ライヴはとにかく丸ごと35年が塊でやってきた。やってきた上に、まだまだこれから35年くらい大丈夫と宣言していた。これまでの35年もこれからの35年も一緒になって、ステージの上にあった。直枝さんの声が会場内を駆け巡った。森高千里さんの金ラメスカートに驚いた。あれは直枝さんにお願いして、公式写真をぜひ1枚もらいたい。しかもまるで『ラスト・ワルツ』のヴァン・モリソンを思わせる森高さんのダンスと決めのポーズ。唖然とするばかりだったが、それもまた35年のうちの一瞬の風景。山本精一さんのギターの音が空にかけ昇り、「すずきひろふみ」ではなく「すずきのりふみ」と空耳してどきっとした鈴木博文さんのハーモニカがアメリカの60年代に連れ去ってくれた。しかしあれは鈴木博文さんだったのか? ほぼ最後列での鑑賞だったので、誰が誰だか見分けがつかなかったのだが、それもまた35年のぼんやりとした風景。いろんな場所と時間を旅した約4時間だった。忙しすぎてまったく無理だと思っていたのだが、boidの20周年もやったほうがいいいような気がしてきた。







樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。『大和(カリフォルニア)』公開中。7月も引き続き各地にて爆音上映、映画祭を開催。7/12まで「新宿ピカデリー爆音映画祭Vol.2」 、7/5-8「爆音映画祭 in 109シネマズ広島」 、7/13-16「爆音映画祭 in MOVIX昭島」 、7/27-28「爆音上映 パルテノン多摩Vol.3」

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