boidマガジン

2018年07月号

インターラボで仕事中 第1回 (今野恵菜)

2018年07月11日 12:12 by boid
2018年07月11日 12:12 by boid

「先行きプロトタイピング」を連載してくれていた今野恵菜さんが以前の職場である山口情報芸術センター[YCAM]に戻っての新たな活動記録「インターラボで仕事中」の第1回目です。スタッフが展示や企画を作り上げていく過程が伺えます。


復帰初日、デスクに置かれた内線に貼られていたポストイット



久々に帰ってきた職場は、やっぱりすごく変だった。

サンフランシスコにある科学館「Exploratorium」で研修を終えた私は、古巣である山口情報芸術センター(通称:YCAM)というメディアアートセンターでの仕事を再開した。サンフランシスコでの研修の様子は「先行きプロトタイピング」に記録されている。苦悩と充実の1年間だった…と思う。
ちなみに、YCAMは私の人生初めての「正式な職場」である。3.11が日本全国にもたらした「不安感」の煽りと、元来のルーズな性格から就活も進学もうまく行かなかった私に、手を差し伸べてくれたYCAMに勤め始めて今年で6年目となる。そのうち1年間をサンフランシスコで過ごしたとはいえ、6年は短くない期間だろう。「初めての職場」ということは、他に比較対象を持たないことを意味する。つまり私はExploratoriumという別の職場を経験するまで、YCAMを「この世にあまた存在する”職場”というものの基準」と捉えていたのだ。もちろん、「他とはちょっと違うかも知れない…」と薄々感じてはいたが、サンフランシスコから帰って来てからというもの、YCAMのすべてが、なんだったら混乱したまま新しい環境に飛び込んだ入社時以上に、奇妙で新鮮なものに見えてきた。そこで、これから数ヶ月間この珍妙な職場でおきる悲喜こもごもを 、改めて「新鮮な目」で見つめ直し、月ごとの日記形式で記録していきたいと思う。


YCAMの外観。相変わらず平らな場所に突然現れる印象の建物



5月 「つくる と 捨てる」
YCAMで今年の5月の最も大きなイベントは「スポーツハッカソン/未来の山口の運動会」 。「先行きプロトタイピング」でもその内容について触れたが、とにかく「プロトタイピングの原理主義」のようなイベントで、今年でYCAMで行われるのは三回目となる。


準備中の風景。人のいない空間にウカレた運動会の道具が並べられている様子は、ちょっとだけ怖い




こちらの動画は2017年に行われた第二回の様子をまとめたもので、最新版は現在鋭意制作中である。



「オリジナルの運動会の種目を作る」と一言に言っても、この”運動会”という言葉が持つ要素は多い。「短時間で明瞭に決着がつくゲームルール」「大人数が楽しめる構成」「観戦しやすい場作り」など、どの要素にも唯一の正解などは存在せず、作り続け、改良し続ける過程(プロトタイピング)のなかで、「答えと呼ぶことができそうな何か 」を見つけ出す必要がある。WebページやTwitter、Instagramなどにアーカイブされている種目は、いずれも参加者がアイデアを出し合い、時には参加者同士、時には我々YCAMテクニカルスタッフと意見を交わし、ぶつかり合いながら磨き上げた「優秀作」だ。つまり、氷山の一角のようなものであり、その海面の下には様々な理由から日の目を見ることのなかったアイデアが無数に存在するのである。


運動会ではおなじみ、入場行進の様子。これだけの人が集まると圧巻



常々、プロトタイピングというものは本当に「効率性」との折り合いが悪いと思う。これは、そのプロトタイピングにデジタルな環境/デジタルデバイスを使用する/しないに関わらず、おそらく普遍的な事実だろう。「アート」や「クリエイティブ」にまつわることなので同然といえば当然なのだが、それでもなお、何かを作る時にこの「効率性」に対して背を向けるのは難しい。スポーツハッカソンのように限られた時間のなかで行われる場合は尚更だ。ただ、最近この「大量のアイデアを切り捨てること」自体が重要なことのように思えてきた。言うなればロケットが打ち上げ時に行う「切り離し」に近いのかも知れない。日の目を見なかったアイデアたちは「優秀作」を飛ばすためのパワーとして確実に機能しているのではないだろうか。

「スポーツハッカソン/未来の山口の運動会」にテクニカルスタッフ(aka. 運動会プログラマー)として参加してくださった岩谷さんのNote
スポーツハッカソンに限らず、プロトタイピングそのものの勘所についてまとまっている良記事でとてもおすすめ。

ちょうどこのイベントが終わってすぐに、4月21日からオープンしていた「三宅唱+YCAM新作インスタレーション展 ワールドツアー」という展示が終了し、バラシ作業(展示を解体しスタジオをリセットする作業)を行った。


6面のスクリーンに囲まれる映像インスタレーション
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM]
撮影=田邊アツシ



これは、特に今の私にとって、不思議な手応えのある展示であった。使用されている多くの映像は、多数のYCAMスタッフ/関係者によって撮影された「私が海外研修でいなかった期間の山口の様子」である。しかし、このインスタレーションで映像に囲まれていると、自分の記憶と映像とが溶け合い、「自分もこの映像のフレームのすぐ外にいた」という気になってくるのだ。もちろん、頭のどこかではそうでないことを理解しているが、そもそも自分の記憶なんて、昨日の夕飯ですらハッキリ 思い出すことができないぼんやりしたものだ。そんなぼんやりした記憶が詰まった脳みそに、iPhoneで撮影された「私がサンフランシスコに行かなかったら体験したかもしれない"IFの世界"」のような高精細な映像が流れ混んでくるのだ。自分の記憶と映像とが溶けて混ざってしまうのも仕方がないことだろう。自分が撮影した映像(サンフランシスコの映像)が流れると、我に返る感覚があるのも面白い。


バラシ作業直前のミーティング。
上部の四角いのが映像投影用のプロジェクター。6台も釣り上げるのはなかなかのレアケースだ



そんな風に、脳みそをぼんやりさせながらインスタレーション内にしばらく身を置くと、そっけない映像と映像との間に心地よいリズムがあることに気がつく。「編集者(= 作家)」の存在が感じられるようになるのだ。そして意識は徐々にその編集者の行い、つまり「編集されたことで、このインスタレーションの中に使用されなかった映像/瞬間」に向き始めた。このリズムを形成するために、映像の撮り手とは別の存在(編集者)によって部分を切り取られることで歯切れが良くなったり、逆にもともとそこにあった違和感が強調されたりしていると思われる映像、悩んだ末使用されなかった映像があるかと思うと、編集とプロトタイピングを無理につなげて考える必要はないが、「捨てる(取り除く、切り取る)」ということの重要性において奇妙な共通点を感じた瞬間だった。

 

6月 「YCAM恒例 夏の陣 その1」
7月後半~10月の約3ヶ月間は、1年のうちでYCAMが最も華やかな期間である。夏休みから芸術/行楽の秋にかけて増加するビジターに向けて、大型の展示、恒例行事、ワークショップなどなど、様々なイベントが同時多発的に勃発する。そしてその華やかさの影には、6月頃からデスマーチに流れ込むYCAM職員たちの姿があるのだ。

もはや定番である「コロガル公園シリーズ」は、2012年からはじまり、今年で6回目を迎える。公園のメインユーザーであるこどもたちが、「自分たちの"遊ぶ環境"を自分で考え、作り、アップデートすることが出来るプレイグラウンド作り」を目的としたこの展示には、毎年山口県中の子どもたちが押し寄せ、恐ろしい程の勢いで遊び倒していく。今年の7月21日からは「コロガル公園コモンズ」と名付けられたプレイグラウンドがYCAM内スタジオBに登場する予定だ。現在我々は、このコロガル公園コモンズと、もう一つ大規模な展示、ワークショップスペースのオープンの準備と、まさに転がりまわりながら奔走している最中だ。ちなみに後ろ2つに関しては、来月以降紹介していきたい。


コロガル公園コモンズ 鋭意製作中



コロガル公園の至るところには、照明、音響、映像などのメディアが組み込まれている。つまり、この不可思議な形の床の下には無数のケーブルが這い、そのケーブルを配線している人がいることを意味する。

そんなコロガル公園シリーズのメインイベントといえば「こどもあそびばミーティング」だろう。会期中に行われるこのイベントでは、こども達が「コロガル公園の問題点」と「コロガル公園に加えたいアイデア」について話し合い、アイデアをまとめ、我々YCAMスタッフにプレゼンテーションする。我々は彼らのプレゼンテーションの中からアイデアをピックアップし、それを実装し、プレイグラウンドにインストールするのだ。

過去には、「ヤギが公園にいたら楽しい」「地獄を作りたい」などの、文字にすると不安になるようなアイデアが実装され、インストールされた。

「自分で考え、作り、アップデートする」というコンセプトに対してこれ以上ないほどストレートなイベントだが、これが実に興味深く、また同時に曲者でもある。
よく「こどもの自由な創造性と発想を伸ばし、守ろう」などと言われるが、私は昔からこの言葉にあまりピンときていなかった。YCAMで勤め始める前、大学の授業や研究活動としてこども向けワークショップにスタッフとして参加する時など、いつも「みんな、思ったより突飛なことを言わないな」と思っていた。年齢が一ケタの彼らの中にも社会性や協調性を重要視するような空気はすでに流れており、周囲を意識して優等生な回答をする子が多いように感じられたのだ。「こどもの発想力に対して過度な期待をすること自体が大人のエゴでは?」とすら思っていた。


コロガル公園コモンズ 鋭意製作中 その2



しかしYCAMに勤め始め、2013年の「コロガルパビリオン」で行われたこどもあそびばミーティングに参加した際、この見解は見事に打ち砕かれた。
こどもあそびばミーティングの勘所は、こどもたち自身に自分たちのアイデアをプレゼンさせる事であると私は考えている。こどもたちは、学校などで人前での発表やプレゼン自体の経験はあるだろうが、「遊び」という切実なテーマを大人の前で語る経験はあまりないだろう。欲しいおもちゃを買ってもらう際の親に対する交渉ぐらいだろうか。切実な問題意識を抱えた彼らは、もがきながらも自分の口で、自分の言葉を語ろうとする。それをほんの少しだけ、例えば「プレゼンのためのフォーマットを用意する」など、軽く後押ししてあげるだけで、彼らは想像通り、想像以上に突飛なことを語り始めるのだ。その結果、プレイグラウンドにはヤギの等身大のぬいぐるみが導入され、そのヤギのぬいぐるみを使った「ヤギ神輿」なる奇祭がこどもたちによって生み出され、その翌年は秋吉台サファリランドからヤギにシフト制でYCAMに出勤してもらうこととなったのだ。「自分の頭の中にしかなかったものを誰かが理解してくれるという」経験は、そのアイデアが実際に我々スタッフに採用されることよりはるかに重要で素敵な経験だろう。


「コロガルパビリオン(2014)」にて、最終的にリアルなヤギと戯れるコロガル公園ヘビーユーザー
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM]
撮影=丸尾隆一[YCAM]



今年の「コロガル公園コモンズ」に訪れるこども達にも、この「こどもあそびばミーティング」を通じて、「人にアイデアを伝える楽しさ」をどんどん体験し、是非また我々にアイデアの暴走球をお見舞いしてほしい。そんな事を想像しながら、今日も映像投影用のプロジェクターをスタジオの天井に吊り上げている。



今野恵菜(こんの・けいな)
山口情報芸術センター [YCAM] デバイス/映像エンジニアリング、R&D担当。専門分野はHCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)など。2018年3月にサンフランシスコの科学館「Exploratorium」での研修を終えて、YCAMでの仕事を再開。

関連記事

YCAM繁盛記 第47回 (杉原永純)

2018年07月号

宝ヶ池の沈まぬ亀 第25回 (青山真治)

2018年07月号

Television Freak 第29回 (風元正)

2018年07月号

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

2018年12月号

【重要なお知らせ】 boidマガジンは下記URLの新サイトに移転しました。 h…

2018年11月号

【11月号更新記事】 ・《11/25更新》三宅唱さんのによる「無言日記」第37…

2018年10月号

【10月号更新記事】 ・《10/30更新》冨田翔子さん「映画は心意気だと思うん…