今週の映画川は、6月24日(土)から公開される『ありがとう、トニ・エルドマン』(マーレン・アーデ監督)を取り上げます。本作は2016年のカンヌ国際映画祭でお披露目されたのを皮切りに数々の映画祭を席巻、また「カイエ・デュ・シネマ」や「フィルムコメント」といった映画批評誌で年間ベスト1に選ばれるなど、昨年から世界で大きな注目を集めている作品のひとつです。母国ドイツを離れルーマニアのコンサルタント会社で働く女性と、久しぶりに再会した父親との親子関係がどのような眼差しで描かれているのか、さらにはこうした豊かな作品がどのような背景のもと生まれたのか、海老根剛さんが詳しく解説してくれます。




文=海老根剛


 『ありがとう、トニ・エルドマン』は偽装の映画である。この作品では、偽装の小道具が重要な役割を演じ、登場人物がしばしば別人のふりをするだけではない。なによりもまず、映画自身がみずからを偽装するのである。『ありがとう、トニ・エルドマン』という作品は、軽さとユーモアのヴェールの下に容赦のない厳しさを隠し持っている。本作におけるマーレン・アーデの演出の妙は、軽やかなユーモアによって眼差しの厳しさを包み込む巧みさにあり、それがこの作品にとりわけ複雑で豊かな味わいを付与している。
 この映画を見た観客のほとんどは、楽しい気分で劇場を後にするはずだ。実際、これはとびきり楽しい映画である。しかし、一息ついて、自分がスクリーンに見つめたものをあらためて思い返してみるとき、私たち観客の脳裏に迫ってくるのは、楽しさというよりもむしろ、ある種の容赦のなさの感覚である。『ありがとう、トニ・エルドマン』は、その邦題とあらすじから予想されるのとは違って、決して心優しい映画ではない。

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