山口情報芸術センター=YCAMのシネマ担当・杉原永純さんによる連載「YCAM繁盛記」第49回です。出張が続いた初秋に台風直下の名古屋で見た2本の映画、『マタンギ /マヤ/M.I.A.』(スティーブ・ラブリッジ監督)『カニバ』(ヴェレーナ・パラヴェル+ルーシァン・キャステーヌ=テイラー監督)のことなど。

名古屋で見た二本の映画と台風の9月末
文=杉原永純
かれこれ毎週飛び回る生活が8月末から続いていて、今も名古屋のホテルで原稿を書いている。9 月末京都アンテルームでの三宅唱+YCAM「ワールドツアーin Kyoto with AMP*」(11月18日までの展示ですので関西お住いの方ぜひ!)仕込みに伺い、その翌日伊丹から山形空港へ、コミュニティシネマ会議に数年ぶりに参加。1泊し、翌日登壇して直後、山形空港から名古屋・小牧空港、そのまま愛知芸術文化センターで巡回中のイメージフォーラム・フェスティバルへ。

来年のあいちトリエンナーレでも映像プログラムの会場になる場所での上映になるので、その視察として。前情報をほとんど入れずに見た『マタンギ /マヤ/M.I.A.』には始まって5分で刮目した。
ミュージシャンで美術家のM.I.A. (音楽にとんと疎い自分は知らなかった)の幼少期から、家族、友人が撮りためた膨大な量のプライベート・ビデオとミュージック・ビデオを巧みに編集し、ポップ・アイコンとしてのし上がる過程を親密な距離で捉える。社会的なディスアドバンテージからの反逆、成功と失敗と成功。映画の構造はベタと言える。ただ、彼女はタミル系のスリランカ人で、反政府テログループに属す父親を持つ(そしてほとんど会ったことがない)という点は、この映画の特異点として終始影を残していた。スリランカから幼少期にイギリスへ移り住み移民として育ったと言う事実、そこから抽象されるアイデンティティにまつわる色々にM.I.A.は終始イラついている。ヤンチャもたくさんする。
2012年スーパーボウルのハーフタイムショーで、マドンナとの共演時にカメラに向かって中指を立てるジェスチャーをぶちかまし、たまたまそのまま全米に放映されてしまった。「あのマドンナが(スーパーボウル主催側の)くだらない男たちのいいなりになっていることがファック」なんだとパフォーマンス直後、楽屋で周囲の誰に言うでもなく興奮気味にまくし立てているところに、スーツ姿の男が入ってきて中指を立てる仕草を彼女に見せ「この件だ」と、直接クレームを受けるシーンまで収まっていた。その後、巨額の賠償金を請求され、以降の彼女の音楽活動は比較的静かなものとして描かれる。
アーティストの活動が、彼/彼女のアイデンティティに触れることは不可避である。かつて真利子哲也監督がインタヴューに応えて、一般的な家庭で平均的に育ったことにある種のコンプレックスを抱えていると話していたこと、そこから初期の『極東のマンション』『マリコ三十騎』といったパフォーマティブな過激さを発露した自主映画作家として注目を浴びたことを思い出す。当時の真利子監督だったら M.I.A.の生い立ちには嫉妬しただろうか。



イメージフォーラム・フェスティバルでの目当てはパリ人肉事件の佐川一政の現在を『リヴァイアサン』のハーバードの二人組監督が撮影した『カニバ』だった。YCAM爆音にこの夏来場してくださったIVCの森田さんに本作の感想を伺ったところ、顔をしかめていたので覚悟はして臨んだ。9/30(日)19:00からの上映で、折しもその日台風24号が名古屋に接近する中、栄駅周辺の地下街から完全に人が消えた。店のシャッターも全て昼過ぎには閉まってしまった。計画運休が発表され、それに応じて周辺の私鉄やローカル線もバンバン運休に入ってしまい、完全に栄駅周辺に孤立してしまった。ホテルを徒歩すぐのところにとっていた自分は良いとしても果たしてお客さんが来れるのか。来れたとしても、電車がない中帰れるのか非常に微妙、公共施設だとこういう場合「計画休映」を総務方からやんわり促されることを自分も経験していたのだが、越後谷さんは結局GOしてくれた。それも力強くではなく、緩やかに脱力してのGO。それが良い。会場には10人の猛者がいた。どうやって帰ったのかはわからない。
この映画についてコメントしてはいけないと思った。露悪的という言葉を超えるものが画面に映っていた。ハーバードという作家の肩書き、立派なアーティストと言う肩書きさえあれば、どんなスカムな映像であっても、アートとして認められるのかという問題が頭をもたげる。いや、こういうことを考えさせること自体がこの作品のロジックに飲み込まれることになるので、やはり考えないことにする。
ただ、台風が轟々吹き荒む環境で、この不穏な空気の充満する『カニバ』を見たこと自体は忘れがたい経験になった。映画は見る環境に大いに左右される。



あいちトリエンナーレ2019の全体コンセプト「情の時代」にフィットする作品を探していたのだが、作品の良し悪しとは関係なく、簡単にはこれだという作品に巡り会えるわけではない。人から見ればただ映画見てるだけだと思われそうだし、実際それだけなのだが、じゃあどの作品をセレクトすべきなのかは大変難しい。こうした国際美術展に映像プログラムが設けられている国際展は、国内ではおそらく唯一であるから国際展全体とどういった距離感で作品を選ぶかも決まっているわけでもない。だから、考え抜かないといけない苦しみはあるが、面白い。
こんなに映画を集中して見るために時間をとっているのは多分2010年以来で、自分が上映プログラムを始めてから忙しさにかまけてどれだけ映画をちゃんと見ていなかったか恥じる。スクリーンをきちんと見つめる、耳を澄ますことのリハビリをしている気分になる。


いくつかこれだと思える作品に運良く出会えたが、それはまだ言えない。その中で来年のあいちでどれを上映できるかはまだわからない。中には上映をするには、極めてハードルの高いものもあるが、来年ぜひ愛知に来てでも見たいと思わせるラインナップになるよう現在充電=リサーチ期間真っ只中である。
杉原永純(すぎはら・えいじゅん)
山口情報芸術センター[YCAM]シネマ担当。2014年3月までオーディトリウム渋谷番組編成。YCAMでは「YCAMシネマ」や「YCAM爆音映画祭」など映画上映プログラムを担当する他、映画製作プロジェクト「YCAM Film Factory」を手掛け、『ギ・あいうえおス 他山の石を以って己の玉を磨くべし』(柴田剛監督)、『映画 潜行一千里』(向山正洋監督)、『ブランク』(染谷将太監督)、『ワイルドツアー』(三宅唱監督)をプロデュース。空族の「潜行一千里」、三宅監督の「ワールドツアー」といったインスタレーション展も企画・制作。また、「あいちトリエンナーレ2019」の映像プログラム・キュレーターを務める。
近況:東京での常宿は部屋に洗濯乾燥機がある東急ステイ。名古屋での常宿を早く見つけたい。
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