今週の映画川は、鍵和田啓介さんが3月31日(土)から公開される、本年度の米アカデミー賞受賞作『ムーンライト』(バリー・ジェンキンス監督)について書いてくれました。シャロンという戸籍名を持つ主人公を少年期、青年期、成人期の3部構成で描く本作を、鍵和田さんは「みなひと色にきらめかせようとする権力の光に、微力ながら抵抗する一つの存在をめぐる物語」だといいます。その微力ながらの抵抗とは、果たしてどのようなものなのでしょうか。





文=鍵和田啓介


 『ムーンライト』は、みなひと色にきらめかせようとする権力の光に、微力ながら抵抗する一つの存在をめぐる物語である。議論に移る前に、まずは本作のあらましに触れておく。
 ざっくり言うなら、本作は1人の純朴な存在(以下、ここでは劇中での戸籍名と思しきシャロンと呼んでおく)が、3人の自分勝手ではあるがかけがえのない存在に翻弄させられる姿を、少年期、青年期、成人期の3部構成で描くという作りになっている。
 その1人目はシャロンの母親であるポーラだ。彼女はドラッグに溺れており、基本的にはシャロンの育児をほとんど放棄している。にもかかわらず、ときどき執拗に母親ヅラをさげる。3部に入ると更生施設に入居しており、遅ればせながらシャロンに親としての愛を伝えようとする。そんな仕方で、シャロンを翻弄する。
 といって、ポーラは本作においてそんなに重要ではない。より重要なのは、第1部で登場するドラッグ・ディーラーのフアンだ。彼はひょんなことからシャロンと出会い、親睦を深める中で、父親のいないシャロンの父親役を自ら演じるようになる。実際、「オカマ」と揶揄され、同級生からいじめられているシャロンに、様々な処世術を教えて精神的に支える。シャロンもまた、そんなフアンを頼りはする。しかし、実はこの男、シャロンの母親にドラッグを売っている張本人でもある。その点からするなら、シャロンの家庭を壊している元凶でしかない。そんな仕方で、シャロンを翻弄する。

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