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2017年04月号 vol.3

大音海の岸辺 第37回 前編 (湯浅学)

2017年04月21日 12:32 by boid
2017年04月21日 12:32 by boid
大著作集『大音海』の編纂を兼ね、湯浅学さんの過去の原稿に書き下ろしの解説を加えて掲載していく「大音海の岸辺」第37回です。今回はかなりレアな原稿をお蔵出し。2000~2001年に官能小説の雑誌『特選小説』(綜合図書)で連載された「音盤からエロス」全15回の原稿を一挙再録します。そのタイトル通り「エロス」をテーマに15組のアーティストをピックアップ。その作品や歌声、演奏から、音楽とエロスの関係が考察されていきます。果たしてどんなミュージシャンやレコードが登場するのでしょうか。

サンタナ『天の守護神』


音盤からエロス


文=湯浅学


Vol.1
昔ストリップの小屋でかかっていたサンタナのあの曲に男根もムックリ!


 最近びっくりしたことのひとつに、サンタナの新作アルバム『スーパーナチュラル』が全米アルバム・チャートの堂々1位に輝いた、ということがある。
 サンタナといえば99年でレコード・デビュー30周年のアメリカを代表するラテン系ロック・バンドだが、90年代に入ってからはライヴ活動中心で、ヒット・チャートには顔を出すこともなかった。サンタナとしての新作は『セイクレッド・ファイアー』以来5年ぶりのものだった。エリック・クラプトンやローリン・ヒルなど新旧多彩なゲストが参加しているとはいえ、サンタナのリーダー、メキシコ生まれのカルロス・サンタナのエレキ・ギターを中心に種々のラテンや、ヒップホップ色もあるR&B[*1]のエッセンスをこってり混ぜ合わす"サンタナ流儀”は『スーパーナチュラル』でも不変である。最早伝統芸的風情漂う堂々たる展開に昔からのファンがなるほどと満足しただけではとても全米1位になどなるわけがない。
 背景にはリッキー・マーティン[*2]やルイス・ミゲルなど、ラテン歌謡の世界的隆盛がある。ラテンのエロ気と躍動は90年代末の世界中で猛威を振るっている。従来のラテン圏のみならず、中近東や東南アジアでもリッキーは大人気。サンタナはその"ルーツ”として再び脚光をあびるところとなったのかもしれません。
 サンタナといえば日本では「ブラック・マジック・ウーマン」が70~80年代のストリップ劇場でスタンダード化したのでサンタナの名知らずとも、あの伸びやかなエレキ・ギターの音には無条件でリビドーがむっくり、という方も多いことであろう。「『ブラック・マジック・ウーマン』はフリート・ウッドマックのカヴァーで、そのもとネタはシカゴ・ブルースのオーティス・ラッシュの『オール・ユア・ラブ』」(カルロス談)。
 サンタナはブルースの情動表現とラテンのあけすけな性欲賛美とロックのソリッドさとジャズの小粋なところを混ぜ合わせて、入り口は甘くせつなく入ってからしつこく時に激しく終わってからもやさしくもったりとの流麗なるエロス絵巻をアルバム『天の守護神』としてすでに70年に完成させていた。「ブラック・マジック・ウーマン」はそのアルバムに収録されている。カルロスのギターはやたらよく伸びる舌によるなめ技と、挿入後に膨張する男根技とを併せ持つ。ラテンあなどるべからず。

●コトバチェック
*1…リズム・アンド・ブルース。アメリカの黒人大衆音楽全般を指す。"黒人の歌謡曲”といったところ。
*2…ラテン歌謡界の郷ひろみ。全身若チンコ。全世界でアルバム2千万枚を完売。郷ひろみの「Gold Finger’99」はリッキーの日本語版。

(『特選小説』2000年3月号)



Vol.2
孤高のアルトサックス奏者、阿部薫
嗜虐と被虐をないまぜた、音楽性具


 トランペットは花を吹いている感じだが、トロンボーンは大腸、サックスは胃袋と肝臓、ホルンは耳の奥のうず巻管など、吹奏楽器は金管にしろ木管にしろ人体の内臓をイメージさせるものが多い。弦楽器や打楽器は手と接触して音を出すが、吹奏楽器は手だけではなく、口が楽器に絶えず接しているからかもしれない。愛撫しながらするオーラルセックスによって音を発しているようなもの。そういえば楽器というものは人体のどこかを模したものが多い。これは音楽とエロスとの関係を考える上でたいへん興味深い特質であると思うわけです。
 サキソフォン奏者、それもジャズを中心に演奏する人としては渡辺貞夫がよく知られています。99年の紅白歌合戦でも松田聖子の横で歌をやさしく盛り立てていた。ダンスのパートナーのように相手を思いやりながら自己主張をする技は渋いものでありました。
 しかしこの阿部薫という男のサックスはまるで違います。阿部が歌手の伴奏をしたとは思えないが、もしやったなら歌手が失神するまで吹き責めたに違いない。ジャズはジャズでも阿部のジャズはとことん自分を追求していく、即興演奏、それも独奏が主である。
 演奏とは、阿部にとって身を削ることだった。削ることで快感を得るか。耳や口から血がほとばしっているかと思えるほどの音を阿部は発し、聴き手をなぶる。と同時に阿部は自分自身を痛めつけてもいる。嗜虐と被虐が一体化している音楽性具。音に縛り上げられるエロス。もだえるほどに音の極限を求める阿部は官能の悪夢を開陳する。
 演奏者としてのストイックな姿勢と、無頼漢としての生活は表裏一体だった。若松孝二の監督によって、阿部薫という特異な人間は映画にもなっている。『エンドレス・ワルツ』というその映画、阿部を演じたのは町田町蔵(今は康)、その妻だった作家の鈴木いづみ役は広田玲央名だった。
 阿部はたったの29歳でこの世を去った。サックスだけでなくハーモニカ、ピアノ、ギターも演奏した。録音はいくつもCD化されているが、鋭い音の連続の中で、聴く者それぞれのしがらみを解いていく色気さえある演奏ということでは71年録音の『暗い日曜日』『アカシアの雨がやむとき』『風に吹かれて』の3作は抜きん出ている。冷ややかな空気には獣の臭いと山ゆりの芳香が混じりあっている。

●コトバチェック
阿部薫…49年川崎市出身。幼少よりレコードでジャズを聴く。16歳ごろから横須賀米軍基地で黒人とジャムセッションを重ねる。高校中退し19歳でデビュー。その後山下洋輔、近藤等則、坂本龍一などとも共演。78年9月9日事故による急性胃穿孔のため死亡。

(『特選小説』2000年4月号)
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