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2017年05月号 vol.2

Television Freak 第15回 (風元正)

2017年05月13日 20:31 by boid
2017年05月13日 20:31 by boid
家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」です。今回は現在NHKで放送中の連続ドラマ3作品、『ひよっこ』『おんな城主 直虎』『ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~』を取り上げます。
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草間彌生「わが永遠の魂」展 (撮影:風元正)



リアリズムの可能性


文=風元正


 神奈川近代文学館で「正岡子規展」を見て、その偉大さを改めて確認した。子規はいわゆる「文学者」の枠に収まる器ではない。もともとは政治家志望で、目に入る問題を手当たり次第改革してゆきたい欲望に駆られている「活動家」。身体を壊して、「病床六尺」の空間に留まるほかなかったから、短歌・俳句の改革運動に全力を尽くしたわけだが、健康だったらどんな道を歩んでいたか、見当もつかない。
 私は、門人の「写生文」の発表会「山会」で子規が読んだ毛筆の原稿に感動した。筆勢がすごく、形は端正だが躍動する字で、まざに子規の「近代精神」を体現した書であり、文章は今でもフレッシュである。
「坂を下りながら向うを見ると遠くの屋根の上に真赤な塊が忽ち現れたのでちょっと驚いた。箒星が三つ四つ一処に出たかと思うような形で怪しげな色であった。今宵は地球と箒星とが衝突すると前からいうて居たその夜であったから箒星とも見えたのであろうが、善く見れば鬼灯提灯が夥しくかたまって高くさしあげられて居るのだ」(「熊手と提灯」)
 この溌剌とした文体が夏目漱石の「猫」を生み、現在に至るまで「言文一致」の基礎になっている。何だろう、たとえば「ケータイ小説」の文体だって、子規流の「言文一致」の一変形だと言える。
 子規が攻撃した「月並」は、形だけ芭蕉や蕪村をマネすればいい、という通念である。「俳句分類」とい大著に纏められているが、子規は古句をその時代の「現代詩」として徹底的に読み直し、ヨーロッパ絵画の描写の概念を参考にして、「写生」を武器として発見した。だから、ただ情景を書き写せばいい、という話ではない。あらゆる精神的な「メガネ(=通念・先入観)」を捨てて、目の前のモノを虚心坦懐に見る。「写生」がメソッドとして手法化された瞬間に堕してしまうわけで、常に「メガネ」から自由になるのは極めて難しい。子規はジャーナリストとしても、自分の病を冷徹に観察し、死までの過程を新聞に連載した初めての書き手だった。つまり、気合が違う。
 さて、子規が没して115年後の我々は、まっさらな眼で目の前のモノを見ることができているのだろうか。子規の「写生」は、キリスト教という巨大な「メガネ」を外そうとしたヨーロッパの「自然主義リアリズム」の科学的精神に響き合うが、スマホを手放せないネット漬けの21世紀民は、素性の怪しい「メガネ」を沢山、知らぬ間に身につけて「月並」な人になっているのかもしれない。

神奈川近代文学館 (撮影:風元正)





 朝ドラ『ひよっこ』から目が離せない。昭和34(1959)年生まれの脚本家・岡田惠和は、東京オリンピックの年である昭和39年からお話を始めた。物心ついた後の日本の歩みをすべて振り返ろうとする壮大な試みと言える。役者さんたちが当時の農村やラジオ工場にしっくり馴染んでいるのが面白い。主人公の有村架純の工員服や母親役の木村佳乃の姉さん被りなどみな板についている。この国は、どの世代も「昭和」が似合う遺伝子を持っているのかもしれない。有村の幼なじみ、女優志望の助川時子役の佐久間由衣は石坂洋次郎原作の青春映画に出てきそうだが、「ViVi」のモデル出身ですか。茨城弁も生きていて、まざしく「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」(石川啄木)、あるいは「あゝ上野駅」的な世界が見事に現出させている。
 時代考証の徹底ぶりが目覚ましい。「かあちゃん怖くて酒が吞めるか」という看板に思わず笑った。『ひょっこりひょうたん島』や『ゼスチャーゲーム』など、テレビ番組の歴史も振り返られている。昭和36年生まれの私は、昭和期が舞台のドラマを見るとつい「こんなんじゃなかった」とケチをつけて妻に嫌がられるのだが、『ひよっこ』では違和感を覚えない(まあ、洋服はやや今時風だが)。高峰秀子の『秀子の車掌さん』に出てくるようなボンネットバス、上野駅を歩くナッパ服の男、坂本九の「明日があるさ」が流れる喫茶店のクリームソーダ、「歌声喫茶」の息吹を今に蘇らせた桑田圭祐の「若い広場」……。そして、あの頃は贅沢品だった洋食屋のカツサンドを、出稼ぎ労働者の家長・沢村一樹が偶然入手し、「奥茨城村」という架空の小農村へお土産として持ち込んでから、一家の暮らしは一変する。
 岡田ドラマだから、セリフが練り込まれていて、一言も聞き逃せないので、朝から大変だ。登場人物の名前が愉快だ。ヒロインは「谷田部みね子」。「小祝宗男」「青天目澄子」「業平豊子」「綿引正義」などなど、当時でも珍しい姓名がどんどん登場するが、どうやら、地方特有の名前を探したらしい。この一点でも、細部へのこだわりが伺える。
 「名前」という言葉を使った名場面もある。村から東京の夫の寄宿先への手紙が差出人不明で戻ってきて行方不明なのを知り、和服姿で探しに行った妻・谷田部美代子(木村佳乃)が、諦めて届けを出しに行った赤坂警察署で「失踪する出稼ぎ労働者は腐るほどいる」と冷たく突き放され、「谷田部実といいます。私は出稼ぎ労働者をひとり探してくれと言っているわけではありません。ちゃんと名前があります」と訴える。このセリフを涙ながらに発する木村の演技に胸を打たれた。
 夫がカツサンドを貰った赤坂の洋食屋「すずふり亭」にお礼に行った時、店主の牧野鈴子(宮本信子)と料理長の牧野省吾(佐々木蔵之介)に事情を話し、「いつか家族みんなで」と振る舞いの申し出を謝絶する美代子。そして、深夜の上野駅の待合室へ、宮本と佐々木が駆けつけて、ひとり心細く始発を待っていた木村とおいなりさんの夜食を3人で食べるシーンは、比類なく美しかった。昭和34年には輝いていた人の情けが、時代とともにどう変化してゆくのか……。
 主人公の矢田部みね子は高校3年生。昭和21年生まれだから、「団塊の世代」まっただ中である。「聖火リレー」を走り、トランジスタラジオ工場に集団就職した不器用な女の子の人生は、どう転んでゆくのか。当時の先端企業だった「向島電気」の「乙女寮」で揉まれて、大東京で羽ばたいて女の子たちの青春。私は、よく食べて寝てばかりのメガネの青天目さん(松本穂香)が気になって仕方がない。地方の農村から出てきて、家族のために一生懸命働く若者たちの切ない美質が、絶望を経つつも大人へと成熟してゆく姿を通して、「戦後」を丸ごと肯定する物語を見てみたい。

連載テレビ小説『ひよっこ』 NHK総合 月~土曜 午前8時ほか 放送  (C)NHK


 大河ドラマ『おんな城主 直虎』が快調だ。呉座勇一の『応仁の乱』を読み、ちょうどその続きの、16世紀の話なのが助かる。貨幣経済が本格化し、「種子島」(=鉄砲)の伝来をはじめに技術革新が進み、諸国の交易が活発になって、社会の仕組み全体が大きく揺らいだからこそ、「戦国の世」は起こる。さしずめ今の「IT長者」的な存在である自称「銭の犬」豪商・瀬戸方久(ムロツヨシ)が伝えた木綿の栽培、井伊家の生まれで菩提寺の龍譚寺の住職である南渓和尚(小林薫)が持つ隠然たる権力など、時代背景がすんなり頭に入ってくる。
 主人公の井伊直虎(柴咲コウ)は、遠江井伊谷城主・井伊直盛(杉本哲太)の長女。しかし、主家である今川家とは折り合いが悪く、しばしば謀反の疑いをかけられた。それゆえ、幼少時は一緒に育てられたおとわ/直虎、亀之丞/井伊直親(三浦春馬)、井伊の家老だが今川と通じる小野家の鶴丸/小野政次(高橋一生)の3人は列強に囲まれた小国の運命とともに揺れる。次郎法師の名で龍譚寺に出家していた直虎が城主となるのは、許嫁で桶狭間の戦いで死んだ直盛の後、城主になった直親が今川の手の者に殺されたからであり、讒言したのは政次の父・小野政直(吹越満)というわけで、柴咲・三浦・高橋はのっぴきならない三角関係にあるわけである。どこかで、3人の子供時代の、あどけない表情が重なり、物語に奥行きが出ている。
 馬に乗るお転婆な貴族の娘という、ちょっとイギリス風のキャラクターは、眼力の強い柴咲コウにぴったりである。井伊家はやがて「徳川四天王」の一角を占め、桜田門外の変で殺される大老・井伊直弼などを輩出、しかも、戊辰の役では維新政府軍側に加わる不思議な巡り合わせとなる。歴史の荒波を渡る才覚の原点が、禅寺で鍛えられた「女城主」の凛質にあるという大前提、柴崎の躍動感により得心がゆく。
 高橋一生と小林薫が素晴らしい。今川の屋敷において物陰で聞き耳を立てる「家政婦は見た」的な振る舞いも板についていて、本心が奈辺にあるやら掴めぬ腹黒い人間像を、陰影のある多彩な表情によって演じ切っている。敵も味方も欺く悪人のお澄まし顔が、ユーモラスで軽妙な味わいを伴うのは高橋の才能である。南渓和尚は、小林薫という二枚目が風雪を重ねて得た深さを表すに最適の役で、「自灯明」の意を伝えるなどお説教も板についている。私は、お供えの酒を呑みながら先祖の霊と語り合う佇まいに痺れている。2人とも、組織や時代をはみ出してゆく知性をおのずから感じさせる役者だ。傑山役の市原隼人も、後に続く雰囲気に成長していて頼もしい。
 今川家の命である徳政令に背いた直虎を救うのが字を知らぬ百姓の連判状だったり、方久が財を成したのが戦場の情報だったり、今後は盗賊団「龍雲党」を率いる旅の男・柳楽優弥も大活躍するだろう。『大言海』では「でもくらしい」は「下刻上」と訳されていた。身分を問わず、才覚だけで成り上がれる戦国の世こそ「平等」の原点ではないか。あらゆる階級に目配りが届いた、極めて現代的な歴史観に立つドラマである。

大河ドラマ『おんな城主 直虎』 NHK総合 日曜 午後8時ほか 放送  (C)NHK


 『ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~』はとても趣味のいいドラマだ。2017年の本屋大賞4位となった小川糸の同タイトルの小説のドラマ化だが、父を知らず、母も出奔して、代書屋を営む昔気質の祖母(倍賞美津子)に育てられた「ポッポちゃん」を多部未華子が好演している。あまりに躾が厳しくて、一旦は反抗し、就職に失敗してバリ島に逃げていた現代娘が、祖母の死で喪主を務めるため鎌倉の「ツバキ文具店」に帰ってくる。無理矢理な客「マダム・サイダー」(冨士眞奈美)が来て、祖母に頼んでいたという、死んだ猿「権之助さん」を亡くした夫婦へのお悔やみの手紙の代筆を引き受けて、手紙を書くため悪戦苦闘するうちに、いつしか代書屋稼業の魅力に目覚めてゆく。
 私は編集者で、手紙を書くのも仕事のうちである。悪筆だがけっこう好きで、紙や封筒を選んだり、インキの色についつい愉しく悩んでしまう。どういう内容にするか悩みつつ、書く段に入れば即興で、あまり読み返せず、コピーも取らずに投函してしまう。正直、ちょっと恥ずかしい。手紙にまつわる感情の襞々が、赤いツバキの花咲く古い家の中、深夜ひとり文机で便箋に向かう多部の、どこか官能的な体捌きに表現されている。文字には「言霊」が宿るもの、という原作者の願いを、俳優としてしっかり受け止めていると思う。イマドキの娘から、祖母の魂を受け継いだ顔つきに変わる瞬間がいい。
 鎌倉という街ならば、「代書屋」という、他人の感情に寄り添う職業も成り立つ気がする。謎の男「男爵」(奥田瑛二)、届かぬ手紙に拘泥する痴呆症の母の介護に苦しむ白川清太郎(高橋克典)、シングルファザーの喫茶店主・守景密朗(上地雄輔)という3人の男との、穏やかな交情にも心が暖まる。第2話の「幸せの修了証書」で、夫婦の「離婚のお知らせ」状という難題に応え、シーリングスタンプ(知らなかった)の謎を解き、15年前の結婚した年の切手を取り寄せ、活字を選んで印刷し封をして、依頼人の三津田さん(高橋和也)が完成した手紙を朗読する時間、不覚にも落涙してしまった。
 たぶん、今はNHKでしか企画されない正統派の人情劇。こうしたドラマが、もっと増えることを視聴者として望んでいる(単純に、多部未華子のファンでもあるが……)。

ドラマ10『ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~』 NHK総合 金曜 よる10時 放送  (C)NHK



 国立新美樹館の草間彌生展は、あまりの人出にびっくりした。木曜日の午後なのにグッズ売り場の待ち時間は1時間を越え、並ぶ気がしなかった。2009年から描きつづけられている連作「わが永遠の魂」が展示されている大部屋はカラフルな原色に溢れていて、草間にとって、世界はこのように見えるわけで、これもまたリアリズムの一変形であろう。思い思いにポーズを決めて自撮りする女の子たちを見ながら、夢野久作の『ドクラ・マグラ』の「狂人の解放病棟」という意地悪な言葉が頭を横切ったが、まあ、病院に入院して毎日絵を描いている人の作品なのだから、当然の話なのかもしれない。ブリューゲルの「バベルの塔」と、それを模写した大友克洋の「INSIDE BABEL」にもびっくりした。
 時代の無用な混迷が目立つ時期こそ、奇をてらわぬ、正面から現実を見た作品を見たくなる。しかし、この春、フツーにリアリズムに徹していたのは、NHKのドラマだけだった。

大友克洋「INSIDE BABEL」 (撮影:風元正)




風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。

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