
『ブレンダンとケルズの秘密』 7月29日(土)YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー
芯のある表現で成り上がること
文=土居伸彰
5月28日から6月21日まで、3週間超のヨーロッパツアーをしてきた。毎年この時期はザグレブとアヌシーという2つの大きなアニメーション映画祭に参加するために2週間+αの海外出張をしているのだけれども、今年は過去例を見ないくらいにたくさんの場所に行ってきた。アイルランドのダブリンとキルケニー、そしてパリ、さらにザグレブとアヌシー、最後にチューリッヒという6箇所を訪問した。今回はその話を。
まずはアイルランド。いまやアイルランドどころか世界で最も目立っているスタジオのひとつとなりつつあるカートゥーン・サルーンへの取材が主な目的。7月29日公開の『ブレンダンとケルズの秘密』(トム・ムーア監督)のプロモーション取材ということで招いてもらった。
このプロモーション取材は、「トム・ムーア監督のガイドによるアイルランド・ツアー」といった感じ。トム・ムーアやスタジオのスタッフとともに、ダブリンそしてその周辺の『ブレンダンとケルズの秘密』ゆかりの地、さらにはキルケニーにあるスタジオ見学をするという内容。
至れり尽くせりのゴージャスな内容に恐縮しっぱなしの3日間だったのだけれども、初日の夕食会にはカートゥーン・サルーンのプロデューサーほか、アイリッシュ・フィルム・ボードの担当者もやってきて、このスタジオが国を挙げて応援されているのだなということがよくわかった。ちょうど数週間前にイギリスの皇太子もスタジオを訪問したらしく、それもカートゥーン・サルーンのアイルランドにおける立ち位置をよく示している。国を代表するものとして認識されつつあるということだ。
このことは個人的に非常に勇気づけられることだった。なぜなら、カートゥーン・サルーンが作っているものは非常に良いからだ。ポップで、世界中の人に伝わる可能性があって、なおかつ骨がある。今回公開される『ブレンダンとケルズの秘密』は2009年製作のスタジオ初長編で、日本では二作目の『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』のほうが先に日本公開している。僕は昔EUフィルムデーズで上映があったときに観ていて、えらく感動したことを覚えている。『ブレンダンとケルズの秘密』は、世界で最も美しい本と言われる「ケルズの書」の成立をめぐる物語だ。若き修道士が、バイキングによる侵略や虐殺を逃れ、この写本を完成させる話である。バイキングの圧倒的な力の前になすすべがなく、この本が失われてしまえばこれまで語り継がれてきた歴史や思想がすべて消滅してしまうという状況を描くこの映画は、端的に言って「負けること」についての物語である。そのなかで、いかにして守るべきものを守っていくのかということを、徹底的に考える。(僕はこれはかなりアクチュアルなトピックだと思う。)
『ブレンダンとケルズの秘密』予告編
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