梅田哲也さんによる「ほとんど事故」第33回目です。大声を出しながら近所を徘徊し続けるご近所さんのことと、その人の行動にまつわる考察です。
文・写真=梅田哲也
声の人は、うちから道を挟んで正面の家に住んでいる。年齢はわからないけれど、僕よりは少なくとも一回りくらいは上かなあくらいのロングヘアーの女性で、だいたいいつも決まってスウェットなどのラフな格好で、歩きやすそうなスニーカーで、暖かくなってくるとときには裸足で、近所をぐるぐるぐるぐる徘徊しながら、大きな声を出しつづけているのです。初めてきいた人はびっくりして、何これ!なんて目をまるくして驚くのですが、うちに来て何度かこれをきいているとそのうち、窓の外からきこえてくるその声についての感想を言いあうようになります。兎にも角にも、珍しいのです。誰にとっても、あんなのきいたことない、というような声なんです。バリエーションも豊富で、ときに鉄板を切り裂くような、ときにみぞおちを強く殴られたときのような、あるいは大雨の熱帯雨林をおもわせるような、とか書いていても伝わる気がしないので具体的な人や名盤に無理矢理たとえてみるならば、それはメレディス・モンクのようであってオノ・ヨーコのようであってJUNKOさんのようであってそのどれとも違っており、ビートボクサーのように同時に2つや3つの音を出すこともできて、かつて人が住んでいた廃墟に住みついてしまった数匹のカエルがコンクリートの反射を同種の仲間だと思い込んでどんどん鳴くのをやめなくなってしまうようにエコーが重複し、あるいは小さなカラダと似つかわしくない固くて大きなくちばしを持ってしまった熱帯雨林の鳥が次第に異性ではなくて世界に向かって、わたしはここにいるぞ、と主張しはじめたかのように、延々シャウトだったり、とどこにもいない動物の鳴き声のような反復を繰り返すのです
2018年12月号
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