boidマガジン

2017年09月号 vol.2

Television Freak 第19回 (風元正)

2017年09月16日 04:04 by boid
2017年09月16日 04:04 by boid

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中のテレビドラマから、『ウチの夫は仕事ができない』『デッドストック~未知への挑戦~』『ハロー張りネズミ』を取り上げます。さらに最近いくつかのコラムで目にした「テレビドラマがつまらない」という言説について想うことも。
※この記事は読者登録をされていない方でもご覧いただけます

三崎公園の潮見台。恋人同士が名前を書き、鍵をかけるスポット(撮影:風元正)




ドラマフリークの密かな愉しみ


文=風元正


 夏の終わり、福島の小名浜に行った。どういうわけか、バイク乗りとロックの街だった。海岸の広場で、14回目になる「全国ベンチャーズ・エレキ合戦」をやっていて、エレキのテケテケ音が鳴り響いていた。「小名浜ベンチャーズ」をはじめに22も集まったバンドのみなさんは、それぞれいい感じで歳を重ねた方々が多く、アロハが似合っている。いわきにはインストバンドが多いらしい。で、ナナハンに乗った仲間たちが集結するというわけだ。聴衆を含めれば団塊の世代すら若手、善男善女たちが、団扇で顔を仰ぎながら、思い思いにアレンジされたオールデイズを聴く風景は心暖まる。
 近所の三崎公園の野外音楽堂では「ONA FES(オナフェス)」をやっていた。いわきのバンド「to overflow evidence」のメンバーが2013年に立ち上げたイベントで、今年で5回目。ちょっと遠くから爆音ギターが鳴り響く緑の深い丘で海風に吹かれるのは気分がいい。エンディングの盛り上がりは月の下で聴いた。どちらも偶然やっていたわけだが、決定的な印象を受けた。日本のロックは、おじいちゃん、おばあちゃんが自然に集まる具合に定着し、成熟してきたような気もする。

小名浜「全国ベンチャーズ・エレキ合戦」の会場(撮影:風元正)

 



 『ウチの夫は仕事ができない』は、愛らしさに溢れたドラマである。「つかポン」こと、主人公・小林司を演じる錦戸亮と、「サーヤ」こと妻・沙也加を演じる松岡茉優が新婚夫婦を好演。この世界に入り込むと、いろんなことを許したくなる。
 夫の司は「粘菌好き」という設定で、どこか植物的なイメージ。欲がなくて優しくて人がいいけれど、お荷物社員「ニモちゃん」と呼ばれており、イベント会社で7年間に8度異動した末、花形の第一営業部で肩叩き寸前の状況である。
 そんな折、妻・沙也加の妊娠が発覚!「理想の夫」が実はダメ社員と知りショックを受けるが、「できない男からできる男への道」という本を読んで研究したり、毎日、愛情込めてお弁当を作り、夫を応援している。ホント、良くできた若奥様。夫がひんぱんに忘れる携帯を、ダッシュで夫に届けたりもする。
 2人の周囲で、厳しい女上司・壇蜜(はまり役)とか、「マタ友」のもんじゃ屋さんイモトアヤコ(演技が落ち着いてきた)などが騒動を捲き起こしながら、夫婦が共に成長してゆくわけだが、筋も設定もまるで似ていないのに、ついついかつての石立鉄男ドラマのハッピーさを思い出してしまうのは何故だろう。『おくさまは18歳』とか『気になる嫁さん』とか、たぶん「家族讃歌」に徹しているからだ。
 関ジャ二∞の主題歌「奇跡の人」の作詞・作曲はグループと親交のあるさだまさしで、メンバーの女性観を反映し、アイドル歌曲としては異形の現代版の「関白宣言」を作った。「介護し合おうな」という言葉が含まれていたりして(フルコーラス版は特に味がある)、じっと眺めていると昭和の「ニューファミリー」的な理想に近いような気がする。ささくれ立った21世紀の元号末、「テレビっ子」世代の私は懐かしさを募らせているわけだが、錦戸ファンが中心としても、2人の同世代の男女にとってどう受け止められるのか。とても興味深いチャレンジである。
 「つかポン」小林司は、もともとさほど仕事ができない人ではなく、ただ正直でぶきっちょなだけである。だから、ちょっと考え方を変えれば仕事ができる人に変われる。社長賞をもらっていきなり多忙になり、2人の間に溝ができた。最終回、はたして「共白髪」のイメージを2人の上に描くことができるかどうか、楽しみにしている。

『うちの夫は仕事ができない』 日本テレビ系 土曜よる10時放送(最終回は9月16日)

 



 『デッドストック~未知への挑戦~』は、回を追うごとにどんどん恐ろしくなっている。2016年、テレビ東京の社屋移転により発見された大量の廃棄素材VHSが収蔵されている「未確認素材センター」。内容チェックという社命のため、新米AD常田大陸(村上虹郎)、派遣社員のディレクター二階堂早織(早見あかり)、元は敏腕ディレクターだったらしいベテラン佐山暁(田中哲司)の3人が配属されたものの、神谷町旧社屋の地下倉庫がオフィスであり、どう見ても「資料室送り」だろう。
 VHSというだけで怖いのがお約束。テープを確認するうち、本来映ってはいけない超常現象を発見し、新たな番組企画に結実すべく大陸(村上虹郎)と早織(早見あかり)の2人が現場に取材に行くわけだが、毎度ひどい目に遭っても懲りない。新人とはいえあどけない風貌の村上の頼りなさは別の意味でハラハラものだし、早見の度胸と鈍感さはすごく(オカルト向き)、佐山(田中哲司)も尋常でない過去を背負っていると思しい。ただ毎回オカルト事件を紹介するだけのドラマではないと感じていたが、第8回目で主要登場人物に仕掛けられた謎が明かされ、戦慄した。大陸は母ひとり子ひとり、同居中で頻繁に連絡を取り合っている設定なのだが、その根底が覆された。あえて詳しくは書かないが、どうやら、このドラマはジャパニーズホラーの最先端をTV的に辿り直し更新する試みに見えてくる(黒沢清の『叫』『ダゲレオタイプの女』など最近の作品の系譜とか、参加監督の森達也が黒沢の学生時代の8ミリ映画『しがらみ学園』の主演男優だったりとか)。
 ほの暗い画面、地下室の止まった時間、ビデオテープの荒れた映像、古い機材の妙な動作、富士の樹海……。『怪談新耳袋』『学校の怪談』の三宅隆太、『クロユリ団地』の加藤淳也などジャンルの手練れたちが集結して、深夜枠の自由さをいきいきと呼吸している。打ちっぱなしのコンクリートに筆文字で書かれた「このドラマはフィクションです」のエンドロールも生々しい。これから、地下室に集まった3人の因縁、あるいはテレビ東京の地下に宿る「業」をどう描くか、これは目が離せない。


『デッドストック~未知への挑戦~』 テレビ東京 毎週金曜日 深夜0時52分放送

 



 『ハロー張りネズミ』は大根仁の作品。日本のドラマの作り手を代表するひとりだが、深夜ドラマ枠からついに夜10時に進出した。瑛太が主人公の探偵を演じるが、『傷だらけの天使』へのリスペクトが濃厚でかなりハードだった『まほろ駅前番外地』とはかなりテイストが違う。森田剛、山口智子、深田恭子という「あかつか探偵事務所」の面々はさすがに個性的だが、まず、霊媒師役の蒼井優がぶっ飛んでいた。妙な東北弁を操り、オリジナルな魔術を使い、激安スーパーでも値切るマイペースな女だがセクシーで、謎めいた存在を演じるのが何だか楽しそう。蒼井はもう、フツーのテレビドラマの枠内に収まるスケール感の女優を卒業だろう。シングルマザーの部屋の床柱にいる怨霊を退治するため、謎の呪文を唱え続けるシーンの迫力には圧倒された。
 人を殺して子供と生き別れた元ヤクザの中華料理屋を演ずる國村隼と意気投合した森田が居酒屋で呑むシーンも忘れ難い。運転があるからと断る森田に「飲めよ」という國村の弧愁がいい。ちゃんと酔っぱらっている味わいがある。全体が『幸福の黄色いハンカチ』のオマージュになっているが、昔、國村が初めて買った車と同じおんぼろのトヨタ・スプリンターもいい味を出していたし、社会を外れた者の哀歓がよく出ている。ムロツヨシの青年政治家役も、本人の上昇志向と相まって新生面が見えた。深田恭子が派手な服着てハイヒール履き探偵をやっている姿そのものが愉快。
 ただ、派手なアクションはなく、血もあまり流れない。民間の私立探偵事務所が舞台だと、扱える事件にどうしても限界があり、だからこそ、警察や病院などの物語が主流になってしまう。「人情とおせっかい」がモットーの「あかつか探偵事務所」も家賃が払えないわけで、背に腹は換えられず便利屋稼業にも手を染める。その辺の難問をくぐり抜ける手を求めたかったが、ないものねだりか。大根には深夜枠のやんちゃさを体現するだけでなく、日本で独自に発達したドラマの引用を突き詰め、より大きな物語を紡ぐことを期待したい。

 

潮見台から見た小名浜の海(撮影:風元正)


 今回は、最近目にしたいくつかの「テレビドラマがつまらない」という文章のことが頭にあった。いわゆる「辛口コラムニスト」の文も含めて、テレビについての議論は不毛の一言に尽きる。ドラマについては、まずグローバルに勝負する外国ドラマと比較して、という話になりがちだが、ディズニーに席巻されている状況は同じことだし、向こうのドラマだってすごいのもあるが退屈なのもある。日本の場合、大根仁のドラマに見るようにドメスティックな世界観を描くものが多く、力ずくの大展開で美男美女が集合する韓流や、スケール感が違いすぎるアメリカ、シェイクスピア俳優を抱えるイギリスとは出発点が異なるものの、画面の大きさは同じ。視聴者にとっては、まあ、いろんなものがあった方が楽しい、くらいの話だろう。今クールでも、『コード・ブルー』はよく作り込まれた快作だったし(数字も伴ったしただ褒めるしかない)、ますます好調の『ひよっこ』もある。
 もうひとつ、昔のドラマの視聴率との比較論もよく出るが、内容をよく考えてみればまず、今さら「トレンディドラマ」などバカバカしくて見る気がしない。名前を出した石立鉄男主演のドラマは何だかいい感じだし、どちらも夢中だったけれど『傷だらけの天使』の野放図な熱気はつい見入ってしまうが、凝りすぎの『探偵物語』は案外つまらない。やっぱり、松田優作は村川透作品に尽きるとか、あるいは『やすらぎの郷』に本気で熱中していた業界人でない視聴者がいたのか、とか突っ込み始めたらキリがなくなる。
 もとより、24時間全チャンネルを見ることは不可能だし、テレビの全貌を知ることは誰にもできない。民放は無料だしスポンサー次第、中にはいいものがある現状のレベルを保てれば十分ではないか。私自身の時評は、時代の空気の備忘録、くらいの気分で書いている。
 話が妙な方向になったので、いわきで最も印象に残った店について書いておく。小名浜の住宅街にある「ゼリーのイエ」、ほぼ100%天然素材、宝石のようにカラフルで美しい生ゼリー専門店は素晴らしかった。すべて手作りで量産ができないから、毎日、すぐ売り切れてしまうし、ネットで注文できるがいつ届くかわからない。開店の9時にはすでに行列ができていて、駐車場も一杯だった。見た目もさることながらしっかりと心が込もった懐かし目の味で、人気も当然と納得した。家庭の主婦が、病人の見舞いのために作ったゼリーが広がりを持ち、1988年、自宅の庭を改築して開いた店にここまで熱気が保たれている。まったく、どこに何があるか油断できない。私も「ゼリーのイエ」のような番組を見つけるのが愉しみなのだが、『デッドストック』にはかなりの可能性を感じた。それにしても、深夜枠の斬新さが真のスケール感にまでつながる世界観/手法はないものか。

「ゼリーのイエ」のウインドー(撮影:風元正)





風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。

関連記事

《FLTMSTPC》 第32回 (松井宏)

2017年09月号 vol.4+10~12月号

ツンベルギアの揮発する夜 第16回 (五所純子)

2017年09月号 vol.4+10~12月号

Animation Unrelated 第45回 (土居伸彰)

2017年09月号 vol.4+10~12月号

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

2018年12月号

【重要なお知らせ】 boidマガジンは下記URLの新サイトに移転しました。 h…

2018年11月号

【11月号更新記事】 ・《11/25更新》三宅唱さんのによる「無言日記」第37…

2018年10月号

【10月号更新記事】 ・《10/30更新》冨田翔子さん「映画は心意気だと思うん…