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2017年09月号 vol.2

大音海の岸辺 第42回 (湯浅学)

2017年09月16日 12:38 by boid
2017年09月16日 12:38 by boid

大著作集『大音海』の編纂を兼ね、湯浅学さんの過去の原稿に書き下ろしの解説を加えて掲載していく「大音海の岸辺」第42回です。今年は幻の名盤解放同盟(湯浅さん+根本敬さん+船橋英雄さん)による『ディープ・コリア』刊行30周年。「ディープ・コリア再訪の旅」プロジェクトも進行しており、本連載でも全4回にわたって大韓民国の音楽について書かれた原稿を再録しています(これまで第39回第40回第41回で掲載)。第4弾となる今回は1996~97年に執筆された申重鉉、サヌリムなどの原稿に加え、1994~96年の雑誌「骰子 DICE」での連載「大韓民国でレコードを作るということは」全8回を掲載。

『キム・デレと珍島のアンサンブル / 巫楽~珍島シッキムクッ』



文=湯浅学


韓国のシャーマン・ミュージック

 神と人間との関係を仲介するのがシャーマンだとするならば、韓国の巫楽(シャーマン・ミュージック)には、神の心と人間の心をほぐし、高揚させ、よりスムーズに深く交信できるようにする効果がある。韓国の巫楽は地域によって楽器構成、リズム、音楽様式がそれぞれ異なるが、そのいずれもが、現在大韓民国で国楽とされるものの原型的要素を大量に持っている。しかも技術的には、巫楽のほうがダイナミック、かつ高度な技術を必要とするのである。
 韓国巫楽の代表的存在で、東海岸部をテリトリーとする金石出(キム・ソクチュル)を中心とした一族の音楽には、彼ら以外には不可能ないくつものリズムの激しい応酬がある。金属打楽器の正確でいながら変化の連続によるアンサンブルは、騒音によって人々を踊り昂らせる魔物である。そこに、鳥の飛翔のように雄大で、しかも高音圧な、当代随一の名人・金石出の胡笛 (韓国型チャルメラ)が参入するので、聴く者の思考はとりあえず一時停止する。東海岸の巫楽は、特にこの「いらぬ思考を排除する力」が強い。巫楽士の妻や娘たちによる歌や踊りにも、民謡には見られぬうねりがある。アメリカ黒人音楽でいうところの「グルーヴ」と同じもの、あるいは極めてそれに近いがより闊達な精気に満ちている。
 その点では、重低音の恐るべき歌唱の金大礼(キム・デレ)を中心とする珍島シッキムクッも同様である。珍島の巫楽は弦楽器中心のアンサンブルだが、東海岸よりさらに雄大なうねりが醸し出される。パンソリのルーツのひとつである南道地方の芸能の根源が、珍島の巫楽にはすべて濃厚に含有されているのだ。その他、沖縄音楽との類似性が見られ、韓国内よりむしろ東南アジアに関連が求められそうな済州島のチリモリダンクッも謎に満ちている。
 豊潤すぎてその音楽的究明解読の道は険しい。しかし、聴けばたちまち邪気が霧散する。深遠で激越でありながらここちよい俗楽でもある。フリージャズの大御所アルバート・アイラーやジョン・コルトレーン、サン・ラーなどの宇宙的広がりを感じさせる前衛性の高い音楽が好きな人は感応せずにはいられない、それが韓国巫楽の世界である。

(「ジオ」1996年1月号)
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