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2018年01月号

Animation Unrelated 特別編① (土居伸彰)

2018年01月11日 19:18 by boid
2018年01月11日 19:18 by boid

世界中のアニメーションの評論や上映活動を精力的に行なっている土居伸彰さんの連載「Animation Unrelated」の特別編。今週と来週の2週に渡って、1月13日(土)~26日(金)に開催される特集上映「GEORAMA2017-18 presents ワールド・アニメーション 長編アニメーションの新しい景色」の上映作品について紹介していきます。まず今回は開催1週目の13~19日に上映される作品を一挙に取り上げ、それぞれの作品のみどころを詳しく解説してくれます。日本初上映の作品から過去の「GEORAMA」で上映された傑作選まで。気になる作品が見つかったら、こちらの上映スケジュールを確認の上、ぜひ会場のシアター・イメージフォーラムにご来場ください!
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「長編アニメーションの新しい景色」メインビジュアル




「長編アニメーションの新しい景色」第1週(1/13-19)のおすすめ・みどころ


文=土居伸彰


 ご無沙汰しております。土居伸彰です。この連載、ずいぶんとご無沙汰してしまいましたが、boidマガジンの読者さんにも是非観てほしいイベントを企画したので、しばし舞い戻ってきました。

 1月13日から26日、シアター・イメージフォーラムにて「GEORAMA2017-18 presents ワールド・アニメーション 長編アニメーションの新しい景色」という特集上映をやります。世界中から集めた日本未公開の長編アニメーション19本&特別プログラム2つでの短編アニメーション9本、計28本の作品を2週間で一気に上映する企画です。

 自分で企画しといてアレですが、物量がかなり多いですよね。しかも一般的に知られた作家もそんなにいるわけではないですし…映画ファンならミシェル・ゴンドリー、あとはドン・ハーツフェルトくらいは知ってもらえてるかもしれないですが、今回のメンツ、アニメーションのことをコアに追いかけている人でも初めて知るような作品が多いのです。しかし、どの作品も、ぜひともみてほしい作品と強く思えるものばかりです。

 今回の上映は『コンシューミング・スピリッツ』を除けば前半の一週間と後半の一週間で上映作品が入れ替わります。なのでそれぞれの週に起こることに集中してもらえれば、ギリギリ全部の作品を追えるのではないかと思っているのですが、それでもなんらかのガイドがあったほうがいいのは間違いないので、前半後半それぞれのみどころ・おすすめを二回に分けて紹介していきたいと思います。今回は前半、1月13日から19日に起こることについてです。1本くらいなら観れるかな?という人ももちろん歓迎なので、以下の文章から、ピンと来る作品を探してみてください。


今回の特集上映について

 そもそも今回の特集上映「長編アニメーションの新しい景色」は、2014年から不定期に開催しているGEORAMA(ジオラマ)というアニメーションフェスティバルの新シリーズ「GEORAMA2017-18」の一環として行われるものです。GEORAMAは「アニメーション概念の拡張と逸脱」というのが裏テーマとしてあります。普段海外作品をチェックしている身として、長編アニメーションという分野は、まさにその命題とドンピシャな、近年とてもエキサイティングな領域だと感じるので、第1回のGEORAMAから積極的に紹介をしています。

 しかし今回は規模が違います。かつてのGEORAMAでは一桁程度の作品数しか上映していなかったのですが、今回は倍増、もしくはそれ以上…なぜこの規模感になったのかといえば、それだけたくさんの注目すべき&面白い作品がまだきちんと紹介されないままで残っているからです。(もっといえば、今回上映できなかった作品もまだまだ控えています。)そしてたぶんどの作品も、「アニメーション」のみならず「映画」としてもエキサイティングなものなんじゃないかと自負しています。


『トーリー・パインズ』――インディーカルチャー好きにおすすめ

 今回のイチオシ作品のひとつです。シアトルを拠点に活動するクライド・ピーターソンによる個人製作切り絵アニメーション長編。監督本人の実人生がベースとなったロードムービーです。精神を病み、親権を取り上げられた母親が、祖母のもとで保護されて暮らしていたティーンエイジャーのクライド(当時の名前はセレーヌ)を「誘拐」、そのままアメリカ大陸を横断する逃避行へと旅立つ作品です。監督はトランスジェンダーなのですが、思春期を迎え、自分自身の肉体の性別に違和感を感じはじめる様子もまた、そのロードムービーにオーバーラップしていきます。

 クライド・ピーターソンはYour Heart Breaksというバンドで音楽活動もしているのですが、この作品は音楽がとても豊か。元デスキャブ・フォー・キューティーのクリス・ウォラがプロデュース、元モルディ・ピーチズでグラミー賞受賞歌手のキンヤ・ドーソンもホイットニー・ヒューストン役で参加しています。キンヤ・ドーソンは日本だと『JUNO/ジュノ』への楽曲提供で有名でしょうか。そもそもこの作品はセリフがなく、登場人物はみな意味をなさないジブリッシュでしゃべるのですが、USインディーズ好きにはたまらない音がそれを支えるわけです。今回のGEORAMAでの上映では監督のクライドがバンドメンバー一人を連れて来日。エレキギター二本を掻き鳴らしてのライブ劇伴上映を披露してくれます。本当にヌケの良い作品で、とにかくおすすめ!

『トーリー・パインズ』予告編




『サイコノータス 忘れられたこどもたち』――ヨーロッパのネクストブレイク候補

 『トーリー・パインズ』と並んで今回のメインとしてフィーチャーしているのがこの作品。スペインのアルベルト・バスケスとペドロ・リベラのコンビによる初長編です。バスケスは元々グラフィック・ノベルの分野で活躍していたのですが、リベラの導きによって、近年アニメーション制作を積極的にやるようになりました。どことなく歪んだポップ感がありつつ、それでいて間違いなくダークな世界観を持つバスケスの作品はとても色っぽくもあり、将来的にかなりの大物になるのではないかと予感させます。映画祭界隈でもかなり注目されていて、ネクストブレイク候補といった感じです。彼は過去『ユニコーンの血』『デコラド』といった短編作品を作っていて、僕がやっている「変態アニメーションナイト」というイベントでもそれらの作品を上映してきました。個人的なイチオシ作家の一人でもあります。

 『サイコノータス 忘れられたこどもたち』は、彼のグラフィック・ノベルであり、初の短編アニメーション作品でもある『バードボーイ』の発展系で、ドラッグが蔓延し、工場の爆破によって自然さえも汚染された島から脱出しようとする若者たちの物語です。日本人からすると原発事故を思わせるものにみえたり、また、いくつかのモチーフやシーンは『風の谷のナウシカ』を思わせたり、なんらかのデジャブを引き起こすでしょうが、本人のインタビューを読むかぎり、彼が幼少期を過ごしたスペインのゲットーが大きなインスピレーションとなっているとのことでした。(観客それぞれが自分自身の記憶を投影してしまうような抽象性/ファンタジー性/ポップさというのは、ちなみに現在のアニメーションのトレンドでもあります。そのあたりの詳しい話は拙著『21世紀のアニメーションがわかる本』をお読みください。)この作品、個人作家色が強いですが、同時にマスへと届きうるような熱量・ポップさがあります。新千歳空港国際アニメーション映画祭で上映した際には大きな反響を呼び、どの上映も盛況でした。間違いなく注目作、お見逃しなく!

『サイコノータス 忘れられたこどもたち』予告編




『天国から見放されて』――イラン発、驚きの2D・3D融合

 アジアはいま色々な国で面白いことが起こりつつありますが、今回ぜひとも「発見」してもらいたいのは、本作品。イランからやってきた驚きの長編です。この作品を僕が見つけたのは昨年夏、SICAFというソウルのアニメーション映画祭で審査員をしたときのこと。スチルを観た段階ではまったく期待してませんでした。アニメーションの歴史が豊潤ではない国でCGアニメーションが作られると、大抵の場合ハリウッド製ファンタジーCG作品の亜流でしかないものができあがりがちだからです。この作品もそのひとつだと思ってました、観る前は。

 でも、全然違いました。現地のリアリティに寄り添った、イラン版『戦場でワルツを』のような作品でした。驚いたのが表現スタイル。CGに加えて、セル画調の2Dアニメーションが併用、なおかつそれが時間軸と虚実の錯綜する複雑な物語を支えているという、内実伴った使われ方をしています。この監督について、もしくはイランのアニメーション全般の情報については残念ながらほとんど知らないのですが、CG/セル画という(メインストリーム的なルックを)組み合わせを、ある程度リッチな技術で行う作品は、僕の記憶するかぎりでは思い当たりません。しかも、語る物語がとても切実で誠実なのです。なぜ子供達にとって英雄の物語が必要なのか、そして大人にとってそれはどういう意味を持つのかを、生存のレベルで問うていく作品です。私たちはいつか英雄にならなければならない、そうなる決断をするときが来るかもしれない――そんなことも考えさせます。

『天国から見放されて』予告編




『サリーを救え』――フィリピン版『スコット・ピルグリム』、もしくは『君の名は。』?

 『天国から見放されて』の流れでこの作品も紹介しておきたいです。完成まで12年、さまざまな紆余曲折のなかで作られた『サリーを救え!』は、実写とアニメーションを融合させた作品です。予告編を観るだけでもわかると思いますが、監督のアヴィット・リオンゴレンはポップカルチャーに対する愛が凄まじい。(フィリピンではポップカルチャーを愛すること自体がある程度アンダーグラウンドでカルトなことみたいですが。)作品の感触としては『スコット・ピルグリムと邪悪な元カレ軍団』に近いでしょうか。基本的なプロットも結構似ています。ただ、その「似ていること」は全くマイナスになっていない。作品のキャッチコピー自体が「これは典型的なラブストーリー」となっているように、みんなが見知ったフォーマットに、自分の好きなものを目一杯詰め込んでいくこと、それがもたらす熱量とエモーションこそが重要だからです。『君の名は。』にも似ている気がする。あの作品も、皆の記憶に眠る無数の定型的表現を参照させるからです。とにかく、ピュアで、熱い青春の物語が観たければ、これがオススメです!

『サリーを救え!』予告編




『PIERCING I』――「映画芸術」を一歩先に進めようとするアニメーション

 中国のインディペンデント・シーンで唯一長編に取り掛かっているのが、リュウ・ジアン。僕がフェスティバル・ディレクターをしている新千歳空港国際アニメーション映画祭では、昨年、審査員として来日。特集上映も組ませてもらいました。物腰柔らかく、穏やかで、とても聡明な方だったのが印象的でした。そんなリュウ監督、中国アニメーションとして初めてベルリン映画祭にノミネートとした新作長編『HAVE A NICE DAY』はアヌシー映画祭で圧力によって上映中止になるなどいろいろと物議を醸していますが、今回はその前の長編『PIERCING I』を上映します。

 世界的な金融危機の煽りを受けて靴工場を退職、田舎に帰ることを決めた主人公のチャン。しかし様々な不運が重なって、どんどんと厄介な状況へと追い込まれていきます。この作品に漂うのは、現代中国の濃密なリアリティです。リュウ・ジアンが好む郊外の街――都会と田舎の境界線上――で、異なる原理で動く人々の運命が重なり合い、ブラック・コメディやスラップスティックのフレーバーもある悲喜劇が展開。元々は中国絵画のアーティストだったリュウ・ジアンは、アニメーション映画にこそ自らの表現したいことの潜在的な可能性を見出し、現在に至ります。その絵柄は古谷実を思わせますし、どことなく空族の作品と同じような質感も感じさせます。おそらく直接的な影響関係はないと思うのですが(北野武の映画はとても好きなようです)、向き合っている現実が似ているのでしょう。アニメーションを見慣れた目からすると「動いていない」感じに思えるかもしれないですが、その奥にある現実の確かな質感を感じ取ってほしい作品です。

『PIERCING I』予告編




『明日の世界』(ドン・ハーツフェルト)二部作&『イライザから私たちへ』――生の領域の向こう側へ

 長編作品ばかりの特集上映ですが(そもそもタイトルがそうだし)、短編も2プログラム揃えています。そのうちのひとつで、お馴染みドン・ハーツフェルトの新作『明日の世界II 他人の思考の重荷』を日本プレミア上映します。「棒線画の魔術師」ことハーツフェルトの作品は、まるかいてちょん、のきわめてシンプルなキャラクターたちを活用して、人間の生や個別性の脆さを描いていきます。ハーツフェルト初のデジタル作画作品『明日の世界』がテーマとするのはクローン。少女エミリーのもとに未来から、彼女の数世代先のクローンを名乗る女性が訪れるという基本設定は、『明日の世界』も『〜II』も同じです。クローンになることで原理的に「個体の死」が消えたとき(記憶は次代のクローンに引き継がれる)、永遠と引き伸ばされ、しかし記憶の担い手である肉体は朽ち、また移し替えられる記憶自体も少しずつ劣化していくなかで、クローンたちは無限のコピーのなかで混濁する過去にしか生きられなくなる…SF的な設定を導入することで、大傑作『きっと全て大丈夫』が取り上げた、生が限定的であるがゆえの輝きというテーマを、よりアップグレードして語るのが『明日の世界』のシリーズです。『明日の世界II』は再び未来からエミリーのクローンが(しかも複数)やってきて、『リジェクテッド』をはじめとする過去のブラック・コメディ/スラップスティック作品の記憶も参照しつつ、また新たにこのテーマが語られていきます。爆笑と同時に号泣してしまうような、やはりものすごく生々しい/爆発的な感情を描き出す新たな名作です。

 同時上映の『イライザから私たちへ』は、GEORAMA2014で『マイ・ドッグ・チューリップ』を、今回の特集上映でも第2週に『海でひとりのスローカム』を上映するアメリカン・インディペンデントの巨匠ポール&サンドラ・フィエリンガー夫妻の最新短編。こちらはなんと世界初上映。フィエリンガー夫妻はTVペイントというソフトウェアを使ってほぼ二人のみで長尺のアニメーションを作っています。『イライザと私たち』は、ポールがとある病院で出会い、それ以来親交を深めたとある黒人女性との交流から作られた実話ベースのアニメーション。『海でひとりのスローカム』(次回詳述しますが)もすべてのセリフが吹き出しで語られるのですが、今作もポール・フィエリンガーによるモノローグが画面に字幕として出るのみの、とても静かな作品。そこで語られるのは、穏やかに訪れる死と、その死の先にあるものの話です。『明日の世界』二部作と共に観ることで、人間/生/死の領域の拡張や変容といったことについても考えられるかもしれません。

『明日の世界II 他人の思考の重荷』予告編




立体表現の新たな波 ベスト・オブ・新千歳2017――ブツがあろうがなかろうが

 二つ目の短編コンピレーションのプログラムは、新千歳空港国際アニメーション映画祭(昨年開催の第4回)の受賞作品集のようなもので、個人制作・小規模制作におけるCGと人形という二つの「立体」の形態の新たなフェーズにフォーカスを当てます。CGアニメーションも人形アニメーションも、従来予算と人員を豊富に注ぎ込まなければどうにもならない分野であり、それゆえに(個人で作れる平面アニメーションと比べると)なかなか新たな作り方へのアップデートができていなかった分野でした。僕自身のアニメーション観が、アニメーションの記号性についての再考がベースにあるがゆえに、あまり人形アニメーションについて考えてこなかったという背景もありつつ、いまいちエキサイティングではないな、というのが僕自身の立体アニメーション観でした。

 しかしここ2、3年、流れが一気に変わった気がします。CGも人形も、現実的空間をモデルとした世界を作るのを止めたのが、その理由な気がします。本プログラムは新千歳2017の受賞作品の立体系作品をほぼそのまま上映するという何の工夫もないものですが、どの作品も、それぞれの宇宙を独自のロジックで作り上げています。

 グランプリ作品『ドールズ・ドント・クライ』は少しジャコメッティを思わせなくもない独特のフォルムの人形と震えるよう感情表現を得意とするカナダのフレデリック・トレンブレイ待望の新作。人形アニメーションを撮影する人形たちのメタ映画ですが、展開を決めずに即興で作られたがゆえの独特の生々しさとグルーヴ感があります。審査員賞&観客賞の『ネガティブ・スペース』はひねりのきいた物語展開が得意の人形アニメーションユニット、タイニー・インヴェンションズ(ルー・クワハタ&マックス・ポーター)の新作。詩を原作に、旅の多い父親との関係性をスーツケースをモチーフに描くきわめてクールでプロフェッショナルな現代の名作です。『ヘッジホッグの家』は最近若手の登用が目立つようになってきたカナダ国立映画制作庁(NFB)とクロアチアのボノボスタジオの共同製作。バルカン半島諸国では誰もが知っている民話を初めてアニメーション化。クロアチア出身で現在はモントリオールを拠点とするエヴァ・ツヴィヤノヴィッチにとっては初の人形作品で、初めてだからこその距離感と熟考が、この作品もまたクールなものにしています。それぞれがそれぞれの「家」を持っているという話はいま、どのように響くのでしょう?

 CGアニメーション側は、人間のいない空間、未踏の領域について語る作品が目立ちます。CGであることをしっかりと主張する質感で、そのバーチャルな質感を活かして。『EVERYTHING』はデイヴィッド・オライリー同名のゲームの予告編映像であり、同時に短編アニメーション作品でもあります。つまり、ゲームプレイ映像を編集したものです。『EVERYTHING』は万物シミュレーションゲーム。岩から動物から微生物からピザからタバコの吸殻から家から船から植物から大陸から惑星から銀河まで、画面上に移るあらゆるものに憑依し、その視点を体験できるゲームです。なれないのはただひとつ、人間だけ。故アラン・ワッツの講演音声がBGMとして用いられ、すべてがつながりあっているという世界観を説きます。オライリーは、「プレーをするのは人間」ということを言っています。『EVERYTHING』という装置は、人間を人間以外の世界へと接続し、たゆたわせるものなのです。同じく人間外の領域を示すのは、フランスの若手で頭一つ二つも抜けているボリス・ラベの『オロジェネシス(造山運動)』。ピレネー山脈の衛星写真をベースに3Dモデルを作り、いかにそれらの山々が作り上げられていったのかを仮説的にメタモルフォーゼさせていく作品です。その蠢きの様子は独特のリズムを弾けさせ、大きなタイムスケールを実感させます。ハエの視覚で捉えた世界を描くRCAの卒業制作以来久々の新作となったニキータ・ディアクルの『アグリー』は、ウェブ上に匿名の作者のものとして転がっていた「アグリー・ザ・キャット」という短い物語をベースに、作者本人が「ダイナミックCG」と仮に名付けるCGアニメーションの新たな運動創造で作られた作品です。「ダイナミックCG」は、簡単にいえばバーチャル空間上で人形劇をやる(人形使いと糸は透明になっている)もので、キャラクターたちは慣性や重力といった物理的な力のシミュレーションに従って動いていきます。作為と無作為がミックスしあうその運動は、ドン・ハーツフェルト作品を思わせるような、ふとした瞬間の不意なる美しさ(とそれに付随する残酷さ)みたいなものを、世界に降り注がせます。


『さかなの子、リトル』――チェコ人形作品の新しい領域

 チェコ・アニメーションは伝統的に、シュヴァンクマイエルや人形アニメーションを中心として、日本でも固定ファンの多い分野です。僕自身はどちらかといえば、既にファンのいる領域よりもそれ以外の潜在的な分野を発掘することが自分の役割だと思っているので、あまりタッチしてきませんでしたが、チェコに限らず旧社会主義圏のアニメーションが国営スタジオ時代の遺産を引きずるなかで資本主義社会化に対応できない場合が多いという事情もあるなか、チェコ・アニメーション自体も2010年代に入って新たな局面を迎えつつあるのではないかという感じもあり、そのあたりは是非とも僕がフォローしたいと思っています。GEORAMA2014でも『アロイス・ネーベル』というグラフィック・ノベル原作のハードボイルド長編をやりました(名作)。人形アニメーションでも光る作品はあって、この『さかなの子、リトル』は見過ごされつつある名作といった趣きで、今回上映にこぎつけることができてよかった…アンデルセン童話の『人魚姫』が原作で、人間の男に恋をした半魚人の少女が辿る、悲しい物語です。かつてのチェコ・アニメーション(人形)ではあまり掘り下げられてこなかった俗っぽいエロさが漂う作品で、作品自体もとても良質な悲しさ(変な言い方ですが…)が漂います。なんというか、とても人間くささと人間らしさが漂うというか…チェコ・アニメーション/人形アニメーション好きにはもちろんオススメですし、巷で話題かつもうすぐ公開のポーランドの実写長編『ゆれる人魚』なんかともリンクする部分があるのではと思ったりします。きわめて切ない。

『さかなの子、リトル』予告編




『背の高い男は幸せ?』――世界を解きほぐして眺めようとする子供のような視点

 この作品と『コンシューミング・スピリッツ』は、過去のGEORAMAで上映した作品のアンコール上映となっています。『背の高い男は幸せ?』はミシェル・ゴンドリーが仕事のあいまに個人的なプロジェクトとしてコツコツと進めたものとのことで、言語学者のノーム・チョムスキーに対して行ったインタビューをベースに、それをアニメーション化していったものです。ゴンドリーはMV〜実写映画で数々のガジェット的仕掛けをしており、アニメーションも頻繁に使うのは周知の通りです。彼のアニメーション、とても端正で礼儀正しい感じなので好感を持っていたのですが、『背の高い男は幸せ?』で展開するアニメーション(自分で描いている)をみると、まさに彼自身が持っているリズムなのだなということがわかります。この作品は、ゴンドリー自身の人柄も伝わってくる感じです。チョムスキーになぜ興味を持ったのか、彼に話を聞いて、必ずしも理解しやすいとはいえないその理論をゴンドリー自身がいかに理解していったのか、朴訥としたモノローグを交えて、とても柔らかく展開していくようなもの。アニメーションはパーソナルな世界理解を描き出しうるものというのが僕が自著にて展開している理論ではあるのですが、彼は20世紀的な(アナログの)個人作家の想像力を持った作家であるということが本作を見ればとても良くわかります。哲学的なやわらかさ、世界や人間の不思議さにやさしく触れさせてくれるこの作品、オススメです。(日本配給もされそうにないですし…)

『背の高い男は幸せ?』予告編




『コンシューミング・スピリッツ』――生々しさと神々しさが宿る

 2週間にわたるこのイベントの一番最初に上映するのがこの作品。実はGEORAMA2014(つまり第1回大会)のオープニングを飾った作品でもあります。アメリカの鬼才クリス・サリバンが10年以上の年月をかけて完成させた2時間超の長編アニメーション。切り絵がベースですが、過去の回想にはドローイング、現在の俯瞰にはジオラマの立体アニメーションが用いられており、技法と同じく、物語構造に複層的なものとなっています。クリス・サリバンはアニメーション制作と並行して演劇の活動をしており(主に一人〜二人の小規模な演劇)、僕もシカゴ在住の彼の元を訪れたときには即興演劇に連れていかれたりしました。ユーリー・ノルシュテインは「アニメーションは演劇と文学に近い」と言っていますが、『コンシューミング・スピリッツ』を観るとそのことが肌感覚でわかってきます。それはつまり、「作り物」であることが明確に意識されるなかに、生々しいリアリティが宿るということなんじゃないか。土臭い感じのするクリス・サリバンのアニメーションは、変わった感じで録音された音響と合わさることで、明確に「演じられている」ことを意識させます。しかし、だからこそ降りてくる神々しさというものがある。物語は、クリス・サリバンの幼年時代の経験(アメリカ郊外での生活)をベースにした、平凡な人々の神話的な物語です。郊外の街に閉じ込められ、そこから出ることを夢見る中年〜老年の登場人物たちの群像劇。それは大きなうねりを見せながら、どうしようもない行き止まりの現実を見せながら、しかし、最終的に奇跡のような救いの物語へと変化していく…その変容する生々しさの感覚こそ、アニメーションの演劇性がもたらしうるひとつの到達点なのだと本作は思わせるのです。ちなみにこの作品のみ1週目と2週目の両方で上映します。是非ともこの機会に、土臭い崇高さに、撃たれてほしいと思います。

『コンシューミング・スピリッツ』予告編




 次回は第2週に上映する作品の紹介をします。それではまた来週。とりあえず、シアター・イメージフォーラムにてお会いしましょう!




GEORAMA2017-18 presents
ワールド・アニメーション 長編アニメーションの新しい景色
日程:1月13日(土)~26日(金)
会場:シアター・イメージフォーラム
※チラシPDFダウンロードはこちら

【第1週(13~19日)の上映後イベント】
1/13(土)19:45、1/14(日)19:45『トーリー・パインズ』上映: クライド・ピーターソン監督本人による劇伴ライブの上映+上映後トークショー
1/14(日)15:00『さかなの子、リトル』上映後:ペトル・ホリー(チェコ蔵)トークショー
1/17(水)19:30『サリーを救え!』上映後:石岡良治(批評家)×高瀬司(Merca主催・アニメ批評)×土居伸彰(ニューディアー/本上映プログラマー)トークショー
1/18(木)19:00「ドン・ハーツフェルト『明日の世界』2部作&『イライザから私たちへ』」上映後:和氣澄賢(オレンジ・TVアニメ「宝石の国」制作プロデューサー)×久野遥子(アニメーション作家・マンガ家)トークショー




土居伸彰(どい・のぶあき)
短編・インディペンデント作品を中心に、数々のアニメーション作品の研究や評論を手掛ける。株式会社ニューディアー代表として、アニメーション映画の配給やアニメーション・フェスティバル「GEORAMA」を主催。また新千歳空港国際アニメーション映画祭のフェスティバル・ディレクターも務める。著書に日本アニメーション学会賞2017を受賞した『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』(フィルムアート社)、『21世紀のアニメーションがわかる本』(同)など。

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