boidマガジン

2017年07月号 vol.4

特別座談会:Boris最新アルバム『DEAR』(Atsuo×河村康輔×田巻祐一郎×那倉太一)#3

2017年07月29日 22:00 by boid
那倉:界隈の人たちはみんな知ってるんだけど、普通の人たちは流れのある河村さんの情報は大昔の「NAVERまとめ」しかないからね。活動はしてるけど何をやってるのかわからないような経歴しか残ってない。
河村:本当にそうで。例えば展示の告知用にプロフィール出して、その1か月後に別の企画でプロフィール出さないといけないってなった時に、その間の1か月間に自分の中で載せたいものが新たにリリースされているから、1か月間でプロフィールの半分くらいが変わっちゃう。プロフィールでの固定情報って、生まれ年と、名前と出身地と、あとコラージュとデザインやってるというのだけ。
那倉:人のつながりである程度似たテイストのものがバタバタって続くときありますよね。
河村:あるある、ENDON、Boris、Sunn o)))って。毎回振り返ってみても、全部速度が早いんですよね。


SUNN O))) July 2017 UK/Eire/DE tour Tシャツ用ビジュアル


Atsuo:でもコラボ企画って速度がないと消えてく。「今日やるよ」って乗っかっていかないと実現しないし。そうやって現実に形にできる人が残っていく。それが河村くんなんだろうね。
河村:感覚だけに近いかも。インプロですよね。
那倉:一緒に演奏して、一緒に終わるみたいなね。
Atsuo:Sunn o)))との出会いもインプロだもんね。俺は行けなかったけど、スティーヴン・オマリーが『FACTORY』を見に行ってね。
河村:Atsuoさんがセッティングしてくれたのに、Atsuoさんが起きれなくて、誰も英語しゃべれないのになんとかなって、気付いたらツアーTシャツができてるというよくわからないことになったのもインプロ。つながり方ってタイミングがすごいあるんだなって思って、まさに事故じゃないけど。前から知っていて近いところにいるのに全然未だに会ってない人たちっていっぱいいるんですよ。同じ現場に何度もいるのに1回も話したことない近い人とか。
Atsuo:そうそう、それなのにそういう話がつながって今に至ってるわけでしょ。ENDONのレコ発で話をした時も、ガツガツ感が全然なくて。
那倉:それはガツガツと入り込んで人に物事を頼んでる僕みたいな人がいるからじゃないですか?なんかお願いできないですかって僕は自分から行きますから。
河村:俺は完全受け身で、自分から行くのが得意じゃなくて。
Atsuo:こちら側としては仕事しやすい温度感というか。だからコラボレーションも多いんじゃないのかな。なんかうっかり信用してしまう感じ。
那倉:詐欺師みたいな(笑)。
河村:無意識に詐欺のやり方を知ってるのかもしれないですね。ENDONのレコ発で楽屋にAtsuoさんいるよって言われて、初めましてって言ってずっとソファに座ってるだけとか。誰に対してもそれができない。唯一できたのは太田莉菜と写真撮ってもらったくらいですかね(笑)。


『デッドマン』と爆音上映


那倉:boidの樋口さんが「爆音上映」を思いついたきっかけの作品の一つがニール・ヤングが音楽をやっているジム・ジャームッシュの『デッドマン』だって記事を読んで。この作品がBorisにも縁が深い音源なんですよ。
Atsuo:うちも『デッドマン』のサントラに影響を受けて作ったアルバム『flood』があるし、それをジャームッシュが気に入って聴いてくれたりとか。


Boris『flood』ジャケット


河村:それで『リミッツ・オブ・コントロール』の音楽をやることになったんですよね。
那倉:スティーヴン・オマリーも意義深い作品だって認識で。あれは速度の問題で言ったらヘヴィ・アンビエントというのではないけど、アメリカーナ的なものをギターで弾くことの速度感の教科書的な作品というのが共通認識だということもありましたよね。
Atsuo:『デッドマン』のサントラは時代の空気を変えた一つの作品だと思う。アーロン・ターナーもスティーヴンも気に入ってたし、パワー・アンビエントに着目してた人たちはみんな評価してた。この対談がboidで扱われるというのもいろいろな縁が重なってる。
河村:「爆音」というのもね。爆音上映をバウスシアターでやってた時とかとんでもないスピーカー積んでましたもんね。劇場がビリビリって揺れちゃうって、今回のBorisのライブの体験の映画版が爆音上映だったから。『AKIRA』のブルーレイがリリースされて爆音上映をしたことがあって、あのブルーレイって芸能山城組が一回音のミックスをやり直したらしいんですけど、自宅の環境だとその音は出ないじゃないですか。その前にも一度35mmフィルム版を爆音で見てそれもすごくかっこよかったんですけど、このブルーレイ爆音で衝撃だったのが、みんなが最初のドーンって音が鳴った瞬間に本当にびっくりして、ビクって場内の椅子が揺れたんですよ。あまりにも凄すぎて。今回のBorisのライブの体験ってそれに近いんですよ。
Atsuo:巷で「爆音」とか「轟音」って言葉が軽く扱われちゃっているから、ちゃんとやってる人たちの現場の感じがなめられてるかもしれないね。
河村:それ分かります。バウスともboidともつながってたから爆音上映の初めからバウスが閉館するまで共に見ていて、その間に爆音が流行っちゃって、いたるところでやったじゃないですか。
那倉:資本がちゃんと入って劇場もスピーカーを入れてシステム変えたりってありましたよね。シネコンでさえもね。
河村:でも本物の爆音を知ってる人たちがやってる爆音だから、爆音って謳ってる別のところで見ても全然違うんですよ。
那倉:スピーカーとPA卓入れてやってるんですよね。ライブハウスと同じでね。
河村:上映前日の夜中とかに樋口さんとスタッフが映画館で一番音がちょうど良く聞こえるところに座って、PAの人たちと出音が割れないように調整して、ここもうちょっと上げてとか、低音もっと出してくださいという指示を夜中じゅうやってからスタートするから。ライブのリハと本当に同じ状態であの爆音上映を作ってる。
那倉:さっきのスマホの話じゃないですけど、一番消費されるだろう再生環境と、作り手が想定している再生環境が一緒とは限らないわけです。それこそスマホのネットドラマ配信からフィルムの映画上映まで、その条件が違いますよね。音量の小さい大きいの問題だけじゃなくて、様々な質に関するレベルで音楽も映画も再生環境が適切でないかもしれないという問題も浮上するわけです。個人的にはあまり大きく見積っている問題ではありませんが。
Atsuo:今は意訳されていて、映画も元々経験や体験するものだったはずが、非常にその意味性も薄れ、そこまで爆音にしないと体験って思えないような現状がある。そのままでは本来の意味が立ち上がらない不感症な社会がある。自分達の音楽も大きい音量でやることによって音の波、その表情まで感じられるようになる。本来、そういった一つ一つの音の表情は音楽の構成要素として凄く重要。そこをクローズアップするためにあの音量を出さないとそれらを音楽として認知してもらえない。表現作品の意味合いが現代の生活とか社会の中で変質してしまっているね。
那倉:曲がわかりゃいいって突き詰めていくと着信音でいいっていうか、もっと言えば聴く人の記憶の内部で済むわけですよね。爆音上映の時に音をでかくするわけじゃないですか、イメージだとバンドの演奏があるとか、サントラの評判がいい作品をやってるような感じがあるんだけど、その時に小さい音も大きくなるわけじゃないですか。バウスシアターでのエピソードらしいんですけど、歩いてるシーンで、歩いてる音と歩いているタイミングが実はわざとずらしてあるというのが爆音で上映することでわかって、そこで初めて出てくる解釈があったと。それはラストシーンで、ということはもう幽霊というか死んでるという意味もそこで立ち上がってくると。それは小さい音が大きくなったことでわかる。作品になった時点でもう作者は死んでるというのが普通の考え方かもしれないけどもやっぱり設定したものはあるわけで、作り手が考えている再生環境と見ている再生環境が一緒かどうかというのは、作品が作者の手を離れた後の状況における現代的なトピックかなと思う。良い悪いはどっちでもいいんですけどね。作品はそれぞれの現場で見ないといけないなんてそんな貧しいことを言うつもりはないですし。


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