boidマガジン

2018年05月号

樋口泰人の妄想映画日記 その72

2018年05月07日 12:31 by boid

boid社長・樋口泰人による妄想映画日記第72回目、4月15日から4月30日までの日記です。『泳ぎすぎた夜』(監督:ダミアン・マニヴェル & 五十嵐耕平)、YCAMでの三宅唱監督「ワールド・ツアー」展、そしてヴェンダース特集で堀越謙三さんとなどトークショーも続きました。




文・写真=樋口泰人


4月後半は爆音もなく落ち着いて試写を観たりboidの仕事の今後の準備やこれまでの整理をする予定だったのだが、これまでのboidの仕事の整理の半ばで終わってしまった。試写にも行けず。送ってもらったサンプルを観るのがやっと。花粉がなくなったのが救い。正確にはわたしの身体が反応する花粉の量が減ったのが救いということか。体調は悪い。季節の変わり目ということで、うつ症状も出ていて、こちらのペースでしか何もできない、他人のペースに合わせられない。まあ、いつものことでもある。


4月15日(日)
ぐったりしていた。夜の『大和(カリフォルニア)』のトークに顔出す予定だったが行けず。


4月16日(月)
イメージフォーラムにて上映中の『泳ぎすぎた夜』の夜の回終了後にふたりの監督とトーク。イメフォでの音がどんな風に聞こえるか、トーク前の上映も観た。いきなりこの環境で観たとしたら、あの雪の音にそれほど反応しなかったかもしれない。それくらい雪の音はかすかだった。だが確実に聞こえていた。おそらくイメフォで初めてこの映画を観た方たちすべてが、確実にそこにあるにもかかわらず簡単には聞こえてこない雪の音とともにこの映画を観たことになる。おそらくそのようなものとしてこの映画は作ってあるはずだ。気づくと気づかないとのすれすれのところで、雪の中を迷う少年の足取りが語られていく。トークではそんな音を顕在化させての話をした。

帰宅途中、見回り中の猫様に遭遇した。




4月17日(火)
boidマガジンの大リニューアルのためのミーティング。4月からリニューアル・オープンの予定が大幅に遅れていて6月くらいからになりそう。新しいシステムで、すべてこちらの使い勝手がいいように、プログラマーへのフィードバックをしながら進めているため、オープンしてからもしばらくは小さな変更や、新たなシステム導入がある。とはいえ、わたしはもうまったくついていけず、ほとんどの作業を黒岩と田中に任せている。20年前なら喜んであれこれやったはずなのだが、今はサンプルページを見るためのパスワードで躓いてやる気をなくすという始末である。まあでも、それでいい。

帰宅して、21日のレコード・ストア・デイ用にアナログ化された直枝さんのソロ『ホプキンス・クリーク』を聴く。すべてが新しかった。いつもそのあたりを漂っていたのになかなか形にならなかったものがはっきりと姿を現し、しかも、かつて見た姿であるにもかかわらず何かがすっかり違っている。『泳ぎすぎた夜』を例にとるなら、そこにあるのに聞こえるかどうかギリギリだった雪の音が聞こえ始めたとたんに映画が違う表情を見せ始め、少年を案内人としたホラー映画になる感じ。いやホラーではない。そこにあるのに聞こえなかったものが聞こえるようになったこと自体がホラーで、それ以降は表情を変えた映画のご機嫌なラヴストーリーだったりするわけだが、そこではすべてが「あるのに聞こえなかった時代」と「聞こえなかったものが聞こえてしまった時代」のふたつの時が二重写しになっていて、気が付くと輪郭がブレている。そしてそのブレの間にいくつもの時代が流れ込んで、聴いているわたしは果てしない時間の旅を始める。ツイッターにも書いたのだが、スティーヴン・キングの新作を読むようなときめきとともに聴いた。この表紙で『ホプキンス・クリーク』というキングの新作って、まさにこれとしか思えない。



猫様がしっぽの向こうからこちらを覗いていた。




4月18日(水)
日経流通新聞にて爆音の取材を受けた。おそろしいことに爆音を始めてもう14年が経つのだが、映画を観に来る人はどんどん入れ替わるし、人は歳をとりその分若い人が出てくるし、爆音の知名度が上がるにつれそれまで知らなかった人も興味を持つようになってくれるから、とにかく毎回「爆音上映とは何か」という話や、それにまつわるエピソードを語ることになる。基本的に同じ話をするわけだが、少しずつ何かが変わってきているのを感じる。

日経新聞のビルがある皇居周辺はすっかり初夏の空気が流れていた。



夜は『大和(カリフォルニア)』のトークへ。金曜日からは山口なので、本日を逃すとおそらく顔を出せないため、映画館へのお礼のあいさつも。ゲストはラッパーのSALUさん。日本の若いラッパーはまったく知らないので初対面だったが、トークはめちゃくちゃ面白かった。どんなふうにして言葉を出していくのかというような話の際には、「何を語ろうとか、何を出そうというのじゃなくて、とにかく今は、入れることばかり考えている」と。インプットを次々にして、自然に出てくる言葉を形にしていくということだろうか。自身の身体を「通路」と考えているような風情もある。その意味ではキアロスタミの映画の話をしているような、そんな時間が流れた。しかしいつ以来だろう、この10年以上、新しい音楽を聴く機会ががぜん減っている。『大和(カリフォルニア)』のおかげで細心のヒップホップをようやく聞き始めたところだ。




4月19日(木)
朝から調布の東京現像所で『地獄の黙示録』の試写。午前十時の映画祭で上映してもらうためのもろもろのチェック試写である。字幕も変えたくて昨年末くらいから権利元とやり取りしていたのだが、結局もうちょっとのところでかなわず。致し方なし。本当に久々の東京現像所だったのだが、以前来た時とあまり変わっていなかった。いったいいつ以来か、思いせない。

社員の田中が大阪に引っ越すので送別会。といっても仕事を辞めるわけじゃなくて、boidマガジンをはじめ遠隔でできる作業は引き続きやってもらう。とはいえ顔を合わす機会はこれまでより俄然減るわけだからと、直近で作業をしている何人かと一緒に食事を、という感じ。阿佐ヶ谷駅前の中華料理店「青松」にて。初めての場所だったのだが、メニューのすべてを食いたくなるような店だった。






4月20日(金)
山口へ。三宅の新作インスタレーション『ワールド・ツアー』のお披露目のトーク出演のため。翌日からの展示だが、1日早く観させてもらった。boidマガジンの発展形ということになるのだが、三面スクリーンに映し出されたそれらは、三宅本人の撮影によるものもあるし、三宅が依頼した大勢の人たちの撮影によるものもある。観る側には、もはやそれが誰の撮影であっても誰の日常であっても誰からのメッセージであってもどうでもよくなる。誰が撮ったのか何のために撮ったのかまったくわからない切り取られた時間が、撮影された日時ごとに3つのスクリーンに順番に映し出され、つまり、その始まりである昨年のある夏の日から、今年の春、つい先日までが順を追って目の前を流れていくわけである。否応なしに始まりと終わりを持つことになる「映画」がはらまざるを得ない「物語」を解体するわけでもなく、台無しにするわけでもなく、それぞれの抱える小さな物語の最小単位が示され気が付くと季節が変わる。それぞれが無関係で無数の最小単位が作り上げる小さな物語の兆しが、いつか見たはずの映像のかけら、つまり今にも消えゆきそうな幻影のようなものとして、しかしそれゆえに強く心に刻み付けられる。幻影の強度が高められると言ったらいいか。しかし強度の幻影は幻影とは呼ばないのではないか。それは「映画」と呼ぶしかないのではないか。しかもそれはどこかで確実に、「物語」と強く結びついているはずなのだ。わたしはあの日の夕陽を見た。わたしは風に揺れる木の葉を見た。カマキリも風に揺らいでいた。猫がのぞきに来た。雨が強く降っていた。見知らぬ人たちがパーティをやっていた。見たこともないような雪が降っていた。雪は何度も降った。トンネルがあった。海があった。川があった。いつまでもそうやって最小単位を語り続けられる。雷鳴がとどろく。春の日差しに照らされた。飛行機で雲の上を飛んだ。そしてそこにわたしの人生といつか見た映画と、あるいは見られなかった映画と、知らない人の人生とが入り込み、ただひたすら「最小単位」が積み重なり巨大なひとつの物語となる。翌日の本番でライヴを行うOMSBとHiSpecが、巨大のごみの集積場のようなそれに小さな道筋をつけていた。


4月21日(土)
午前中に『ワールド・ツアー』再見。ぼんやりと見ながら、浮かび上がってくる言葉をかろうじて捕まえていた。外は春というより夏に近かった。奇妙なリゾート感満載。ワールド・ツアーによってさまざまな人のさまざまな季節が身体に注入されたので、このリゾート感をあの映像の分だけ楽しむことができる。この夏のような気候の中で起こりえたはずの出来事や本当にあった出来事や、とにかく無数の人生のかけらが目の前を駆け巡り体内に入り、自分の身体を膨れ上がらせていく。



トークの内容は当日来た人だけのお楽しみというか、もしかすると後日整理されて公開されるかもしれないのでその時にでも。その後、軽く食事をして打ち上げ会場である「新世界」へ。ここは、バウス時代の常連客であった都築君が働いている店で、飲み屋でもありクラブでもありフリースペースでもあるような場所。当然この日はDJブースが用意され、OMSB、HiSpecが皆さんを盛り上げるわけである。12時終了予定が当たり前のように終わる気配なく、いい歳でもあり酒もまったく飲めないわたしは、頃合いを見て引き上げる。




4月22日(日)
本来はこの日に帰京の予定が、翌日の広島でのミーティングが入ったため、山口もう1泊。そのため昼は急きょ、Bookstore松にて「映画雑談会」を。単に映画についてあれこれ雑談をするという会なのだが、狭い店内なので定員10名ほどのところ、この日は15名くらい。お題はスピルバーグの最新2本というとこで、わたしを含め、全員で感想を言い合った。『ペンタゴン・ペーパーズ』のメリル・ストリープのネグリジェ姿についてとか、みんなで集まって調べ物をしているときの誰だったかが手元でいじっているボールについてとか、その他わたしは全然気づかなかったような、あるいは気にはなっていたのにすっかり忘れていたさまざまな事柄が話題になり、すっかり堪能した。次回、またどこかで。


4月23日(月)
広島にて某企画のミーティング。以前は工事中だった新幹線側の駅ビルがすっかり新しくなり、自分がどこにいるのかよくわからなくなる。企画の方はまあ、何とかなるはずだ。




4月24日(火)
久々の事務所。本日から東京本社はひとり体制であるまあ、やることはあまり変わらない。
夜、沖縄・桜坂劇場での企画の件で、オーナーでもある中江裕司さんがやってくる。企画の件だけではなく、さまざまな映画や音楽の話に。とりあえず、中江さんが企画を持ち帰り、実現に向けてもろもろを画策するということで終了。焦らずやればなんとかなるだろう。
帰宅すると猫様がご機嫌で眠っていた。




4月25日(水)
柏にあるキネマ旬報シアターにて、ユーロスペースの堀越さんとヴェンダースに関するトークを。柏に降り立つのは初めて。松戸までは何回か行ったことがあったのだが。後日直枝さんから柏のディスクユニオン1度行ってみたほうがいいと言われたものの、この日はまったくそんなことを思いつきもしなかった。まあ、疲れていたわけなのだが、トークの方は堀越さんの思い出話をも含めつつ、ヴェンダースの距離感というようなことで、久々にいろんなことを思い出しながら面白い話ができたと思う。今の大学生とか、もう、ヴェンダースなんて1本も観たこともないんじゃないか? 『さすらい』とか『都会のアリス』とか、彼らが生まれる20年くらい前の映画である。たとえば自分が生まれる20年前の映画といったら何があるか? 1937年の映画をざっくり調べてみたのだが、その中でわたしが観たことのあるのは『大いなる幻影』(ジャン・ルノワール)、『ハリケーン』(ジョン・フォード)、『南の誘惑』(ダグラス・サーク)、『ステラ・ダラス』(キング・ヴィダー)、『人情紙風船』(山中貞夫)、『暗黒街の弾痕』(フリッツ・ラング)。漏れがあったとしても大したことはない。とにかくその程度である。今の大学生が昔の映画を観ないとか、大嘘だと思う。われわれだって観ていなかった。観てほしかったらこちらが身を削って特集上映とかやらないと。そしてせっかくデジタルの時代になったわけだから、特集上映した上映用のデータはきちんと保管しておいて、10年に1回くらい権利を取り直して再特集上映というサイクルを作っていけたら。そして10年後のその監督の特集は上映素材づくりの苦労がいらなくなるわけだから、余力を他の監督の特集に向けられる。そうやって100年後には相当な数の監督の特集上映が、簡単にできるようになるわけだ。


4月26日(木)
都内某所で某企画のミーティング。都内とはいえ相当な外れの方なので、さすがに空が広い。




4月27日(金)
月末の社長仕事。その後、某書籍企画のミーティング。うまく行ってくれるといいのだが。
そしてアナログばか一代。下北沢の駅構内が工事のためにまたもや様変わりしていて、出口を求めておろおろしているといきなり高橋洋さんに会う。高橋さんは本多劇場へ向かう途中。とりあえず何とか出口を見つけ、それぞれの目的地へ。「風知空知」についてしばらくすると青山がやってくる。とりあえず元気そうで何より。わたしに体調を心配されるようになったらおしまいだとは思うが、もうこの人の場合は致し方なし。そしてザ・バンド特集は最後までご機嫌なまま進行。こちらの話の赴くまま、さまざまな場所と時代を旅した気分。その流れで次回はリトル・フィート特集ということになった。帰宅途中の丸ノ内線で、今度は松田広子に会った。あちこちでの不意の出会いの日であった。




4月28日(土)
猫様たちとゴロゴロしていた。





映画を観に行こうと思ったのだが、どこも満員だった。送られてきていたのに見逃していたサンプルDVDでロマン・ポランスキーの『告白小説、その結末』を観た。ツイッターにも感想は書いたのだが、冒頭からどうやってもろくな結末にはならないとしか思えない空気が流れ、主人公ふたりの関係に緊張し通しで、これを実際に映画館で観たら30分耐えられるだろうかと、そんなことを思いながら観た。しかし小説家ではない方の主人公の赤い唇が何とも言い難く、と言うか、あまりにストレートに画面を突き破ってこちらの心を鷲掴みにする。これをやられると弱い。久々のエヴァ・グリーン。近年のハリウッドの監督たちは誰もちゃんと使ってくれないが、ポランスキー、さすが、としか思えない。もちろんその赤い唇に主人公の小説家もやられたはずで、彼女からのエヴァへのプレゼントも赤いケープのような布だった。つまりあの赤い唇が目の前に現れた以上、わたしはあなたの奴隷ですという証明のようなプレゼントだった。その後の、「どうして彼女はそんな風に考えるのか、あんな行動をするのか」というような普通の人ならもうちょっとましな決断をするところを常にエヴァの望みのままの決断をしてしまうのは、あの赤い唇に彼女も心を鷲掴みにされたからなのだ。そういう映画である。
しかしこの映画の脚本をオリヴィエ・アサイヤスが書いていたというのは驚きでもあったら、内容を考えると妙に筋道が通る。あの赤い唇と、主人公のふたりの関係がどんどん曖昧になって濃い霧がすべてを覆い、最後にはもはや誰も目の前のものを確実に把握できないあらゆるものが溶け合った世界に変わっていく、あの感じ。『アクトレス』のふたりの女優の関係や『パーソナル・ショッパー』の主人公の生きている世界。こういう映画のおかげでわれわれはひとりで生きているわけではないことを実感できる。
しかし、主人公に送られてくるあの不吉な手紙を読む声は、小説家の方だったのかエヴァ・グリーンだったのか。いまだによくわからない。




4月29日(日)
やはりサンプルDVDでアルベルト・セラの『ルイ14世の死』。フランス語ができるわけではまったくないが、とにかく冒頭から、死の影が濃いルイ14世を演ずるジャン=ピエール・レオの声が聞き取りにくい。発音が分かりにくいとか孤影が小さいとかそういうことではなく、その声そのものがすでにこの世とあの世の中間域にあるのだ。これは今のジャン=ピエール・レオだからできることなのか、ある適切な演出があればそこそこの俳優ならできることなのか。しかしどちらでもないような気がしてならない、そんな声の曖昧な響きにこちらの存在自体も脅かされる。「こちら」というのはそれを観るわたし自身でもあり、また、彼の面倒を見る人々、そして治療をする医師たちすべて。彼らはいったいルイ14世に対して何をしたいのか、理由も動機もよくわからない。ほとんど寝たきりのジャン=ピエール・レオの反応を写すためだけに彼らはそこであれこれやっているようにしか見えない。もちろんルイ14世は猫のように勝手に反応して勝手に死んでしまうだけなのだが。途中、物語の3分の2くらいのところで、何がきっかけだったかすっかり忘れてしまったのだが、ルイ14世がいたずらっぽい目で、しかししっかりとこちらをにらむ。その目の輝きに驚かされた。この目さえあれば他に何もいらない。おそらくこの目が、世界の果て、時代の始まりから終わりまでをしっかりと見つめ続けている。「映画」というものがあるとしたら、その「映画」の視線といいたくもなる。いいことばかりではない、悪いこともひどいことも起こる。成功も失敗もする。それらすべてを見つめ続ける目。見つめることしかしない目。こんな視線によって映画は作らているのだと思う。




4月30日(月)
夜、久々に安井くんと宮田くんに会う。西荻にて。安井くんはかつてなく調子悪そうで、青山にしろ安井くんにしろ、この人たちを観ているとわたしは極めて健康な人間のように思えてくる。これは果たして正しい判断なのだろうか? とりあえずかつてなくまともな3連休を過ごしたような気がした。







樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。5/10-13「爆音映画祭 in ユナイテッド・シネマアクアシティお台場」、初日にはコトリンゴさんとのトークショーも。翌週の5/17-20には「爆音映画祭 in FUKUOKA」を開催!

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