小説家・桜井鈴茂さんのエッセイ連載「サバーバン・ブルーズを蹴散らしながら」第9回です。この半年で四谷に仕事場を構え吉祥寺に住居を移したことで、本連載初期でも描かれた、郊外に住んでいたころの朝の習慣をなくしてしまっていた桜井さん。その習慣を取り戻すべく、朝から吉祥寺の町に繰り出したのですが――



文・写真=桜井鈴茂


 じつはさっき、これを書き始めるにあたって、復習および準備運動のつもりで、前回分をざっと読み直し、もののはずみで、遡って初回までを斜め読みしてみたのだが、少なからず愕然とした。愕然として、やがて寂しくなった。切なさすらも覚えた。とりわけ初回から第3回まで。というのも、当時(と言っても、ほんの9か月ほど前のことに過ぎないのだが)紛う方なき郊外で暮らしていたおれには――まだ都心に仕事場はなく、毎日郊外で鬱屈とした思い=サバーバン・ブルーズを抱えながら生きていたおれには、朝の習慣があった、まあ必ずしも毎朝ではないがそれに準ずる頻度で実施していた習慣があった、ということをまざまざと思い出したからだ。起床して、顔だけ洗って、ジャージに着替え、シャッフルで音楽を聴きながら駅前のベーカリー・カフェまでてくてく歩き、そこでコーヒーを飲みつつ読書するなりノートに何らかを記すなり窓の外を行き交う人々を眺めるなり広いトイレで脱糞しながら黙考するなり、という習慣が。その習慣的営為をナチュラルに実践している時は、それが殊勝だとか素敵だとか善きことだとかぜーんぜん、これっぽっちも思っていなかったのだが、失ってしまった今になってみると、なかなか素敵じゃないか。善き習慣ではないか。そんなことを思って、切なくなったのである。

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