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2018年02月号

樋口泰人の妄想日記スペシャル 新宿ピカデリー爆音映画祭爆音調整レポート第3夜

2018年02月12日 16:17 by boid

boid社長・樋口泰人の連載「妄想映画日記」の特別編として、3/2(金)まで開催の「新宿ピカデリー爆音映画祭」の爆音上映20作品の音調整の模様を連日お届けしています。今回は11日深夜に調整が行われたばかりの、ウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』『天使の涙』、『未知との遭遇』(スティーヴン・スピルバーグ監督)、爆音上映ではお馴染みの『デス・プルーフ』(クエンティン・タランティーノ監督)、そして『ブレードランナー 2049』(ドゥニ・ヴィルヌーブ監督)の5本について取り上げます。




文=樋口泰人

2月11日(日)~12日(月)

本日調整したウォン・カーウァイ作品2本に『未知との遭遇』、そして『デス・プルーフ』という作品の流れはバウス時代を思い出させもする。なんとなくホームに戻ってきたような気分で楽しい。バウスの音を思い出しながらの調整となった。


『恋する惑星』
とはいえ『恋する惑星』も『天使の涙』もバウスでは爆音上映していない。経験値から言うと、多分バウスのシステムでやっていてもあまりいい感じにはならなかった。この映画の持つ香港の町のざわめきや騒音、人々の話し声、雷やジェット機の音などと、メロウでドリーミーな音楽との対比とその振れ幅をしっかりと示すには、それなりに余裕のあるシステムでないと無理。長時間の視聴には耐えられない。だが今回のシステムでは全く問題なく、凶暴な音も、小さなざわめきも、雨の音も、揺らめく音楽も全部がひとつの世界の中の音として会場を包み込む。会場が「恋する惑星」になるわけだ。こういう音で30年くらい前に見ていたらと、ちょっとうるっとした。



『天使の涙』
日本での公開時は『恋する惑星』と同様のヒットをしたはずなのに、今や人気も知名度も落ちるのはどうしてかと常々疑問ではあったのだが、出演者の違いや作品のテイストの差を考えると、やはり致し方ないことかとは思う。だが、爆音上映ということに特化すると、こちらの音使いの面白さは捨てがたい。ウォン・カーウァイの音の原石が映画全編に散りばめられている。こんなことをしたいあんなことをしたいという欲望のかけらの集積。その分どれも完成感はなく、欲望の強さと可能性だけが広がる。それはこの映画の主人公たちそれぞれの物語にも通じる。『恋する惑星』の第3話として作られた作品だが、こちらが第1話なのではなかったかというような、未来に向けての物語や音が詰まっている。



『未知との遭遇』
誰もが思い浮かべる宇宙船との対話のシーンも確かにそうなのだが、圧巻なのは冒頭の砂漠の砂嵐。今回のシステムだと、会場内に砂つぶが飛ぶ。口の中がジャリジャリする。登場人物たちと一緒に大声で会話をしたくなる。身体の芯がざわつくこの感じを映画の中で味わえるのはそう多くはない。『インターステラー』の砂嵐じゃ全然ダメだ。ジョン・フォードの『ハリケーン』、サミュエル・フラーの『四十梃の拳銃』、クリント・イーストウッドの『センチメンタル・アドベンチャー』。とにかく今いるここからまったく別の場所へと、いきなり引き摺り込まれるわけだ。70年代の作品なので、すべての音がいいわけではない。『ブレードランナー 2049』などと比べたら音のレンジは思い切り狭い。それゆえに砂嵐はどこかひしゃげた現実感とともにあって、ざらつきが際立つ。宇宙船からの音のブリブリ感も、例えば『ブレードランナー 2049』はあらゆるものが滑らかになってしまう最新技術を使って、あえてこの『未知との遭遇』の宇宙船のブリブリ感を出そうとしているとしか思えないような、まさに宇宙からの音の原型として、映画史に燦然と輝いているわけだ。この音がいいのだ。




『デス・プルーフ』
バウスシアターでの爆音の定番。爆音の殿堂入り作品でもあり、その後も全国各地で上映してきたわけだが、おそらく今回の上映が一番音がでかい。冒頭のジャック・ニッチェ「ザ・ラスト・レース」の音がどれだけ腹の底に響くかが勝負でもあるのだが、今回はさらに「ベイビー・イッツ・ユー」「ダウン・イン・メキシコ」と音は増幅して、そして次第に車のエンジン音がそれらに取って代わる。手に汗握るとはまさにこのこと。今回は2回しか上映しないのに、少なくとも1回は夜の回に回してもらうのをすっかり忘れていたことを今更ながら後悔する。2月14日、無理矢理にでも朝9時50分から観にきたいのだが果たして起きられるだろうか。新宿ピカデリーが血のバレンタインデーと化すだろう。もう、最高すぎて何も言うことはない。



『ブレードランナー 2049』
ちょうど本日、ネット上にヨハン・ヨハンソン死去の情報が溢れていた。ああ今回のラインナップに『メッセージ』を加え損なっていたと後悔したのだが、当初ヨハン・ヨハンソンが音楽をつけていたこの作品があった。途中交代とはいえ彼が作った音源はほとんど使われていないとのことなのだが、『メッセージ』のあの音を頭の中に響かせながらの調整となった。しかし完成された映画はそんなこちらの思いなど御構い無しに、例によってとんでもない音を次々に浴びせかけてくる。クリアでクリーンで滑らかな音と、人工的に歪まされた刺激的な音の塊が、低音から高音まで幅広いレンジで押し寄せてくる。いわゆる映画音楽として作られたはずの曲の中にもそれらの歪んだ音が付け加えられ、滑らかに流れようとするメロディを堰き止めて居心地悪くする。それは音階を持たず、物理的に刺々しい輪郭を持った音の塊としてそこに置かれている。作曲者がこの音を指示することは、どのようなやり方をしても簡単にはできないはずだ。そんな質感だけを持つ音の塊が、そこら中に散りばめられている。エルヴィスが登場するシーンでも、今回はあまりに途切れ途切れになるその切断の力に驚いた。この切断された物語を、やはり単なるひとりの観客として観てみなければと思った。




終了午前4時すぎ。昼の暖かさに比べすっかり外は冷え込んでいた。新宿の街にはまだまだ人がいて、分かってはいるもののちょっと驚いた。時間感覚を失わせるこんな夜の街の中で生きていくのも悪くはないなと思ったが、もうそんな体力はない。



新宿ピカデリー爆音映画祭
会場:新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3丁目15番15号/TEL:03-5367-1144)
期間:2018年2月10日(土)~3月2日(金)※各日上映スケジュールは公式サイトにて発表
料金:1作品一律1,800円(税込)
*各入場券は下記日程にて、新宿ピカデリー公式WEB、及び劇場窓口にて発売(※但し、劇場窓口での販売は残席がある場合のみ)

【2/10(土)~2/16(金)分】
WEBでの販売:2/7(水)18:00~
劇場窓口での販売:2/8(木)劇場OPEN~

【2/17(土)~2/23(金)分】
WEBでの販売:2/14(水)18:00~
劇場窓口での販売:2/15(木)劇場OPEN~

【2/24(土)~3/2(金)分】
WEBでの販売:2/21(水)18:00~
劇場窓口での販売:2/22(木)劇場OPEN~

公式サイト:shinpicca-bakuon.com



樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。2/10(土)~3月2日(金)に「新宿ピカデリー爆音映画祭」が開催。また、2月21日(水)~24日(土)は渋谷WWWで「爆音映画祭2018特集タイ|イサーン VOL.2」も。

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