boidマガジン

2018年02月号

Television Freak 第24回 (風元正)

2018年02月15日 16:54 by boid

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中のテレビドラマから、『アンナチュラル』『anone』『きみが心に棲みついた』の3作品を取り上げます。

(撮影:風元正)




匂いのある世界


文=風元正


 弥生美術館で、滝田ゆうの展覧会をやっている(~3月25日まで)。滝田は『のらくろ』の田河水泡の弟子であり、貸本漫画から出発した漫画家だが、真価を発揮したのは「ガロ」誌上に発表された『寺島町奇譚』だろう。滝田は、永井荷風が『濹東綺譚』の舞台に選んだ私娼窟「玉ノ井」がある向島寺島町の育ちだが、荷風が「ラビリンス(迷宮)」と呼んで珍重した狭く入り組んだ街並みは災で焼けてしまう。滝田は『寺島町奇譚』で、幼少時の記憶のありったけを振り絞り、かつての賑わいを生き生きと描き出した。
 展示されている原画にうっとりする。まるで知らないはずなのに懐かしい。細い路地の入口には「ぬけられます」や「ちかみち」という看板があり、所狭しと「銘酒屋」と呼ばれる娼家が立ち並んで、人々や犬猫が思い思いに佇んでいる。彩色は華麗かつ繊細。壁の木目や洗濯物の皺まで描き込まれ、自分自身も含まれるらしき少年たちがメンコで遊んでいたり、濃厚な生活の匂いが漂っている。女たちには大正浪漫の味わいがある。細密な描写はつげ義春の影響を受けているというが、遠近法が常識となる以前の絵画本来のプリミティブな衝動が息づいている。
 荷風は玉ノ井で、関東大震災で焼尽した「江戸」の名残りを見つけた。そこで育った少年が失われた街の記憶を陰影ある描線で蘇らせる。第1話「ぎんながし」が掲載されたのは1968年。四方田犬彦のアンソロジー『1968』の傍らに『寺島町奇譚』をそっと置いてみたい。真の過激さは、たぶん荷風/滝田の側にある。

弥生美術館にて (撮影:風元正)
 



 『アンナチュラル』の主人公は法医解剖医。石原さとみ、市川実日子の『シン・ゴジラ』コンビの仕事はつまり、死体の解剖である。冒頭、三澄ミコト(石原)は朝9時の女子ロッカールームで天丼弁当を食べ、東海林夕子(市川)は合コンを「異性間交流会」と呼ぶよう提案。一方、男子ロッカールームではベテラン臨床検査技師の坂本誠(飯尾和樹)がバイトの新人記録員・久部六郎(窪田正孝)に職場のグチをこぼし、解剖台の上で寝ていた解剖医の中堂系(井浦新)がむくっと起き上がる。「UDIラボ(不自然死究明研究所)」の趣旨を所長の神倉保夫(松重豊)が依頼人に説明して、登場人物と設定を明かし、フォレスト葬儀社の木林南雲(竜星涼)が棺を運び込むまで5分。野木亜紀子脚本の語り口はいつもテンポがよく、情報処理のキレ味が目覚ましい。
 UDIは「7K」(危険・汚い・きつい・規則が厳しい・休暇がとれない・化粧がのらない・結婚できない)の職場だという。第1話では死亡して7日たつ遺体が運び込まれ、ミコトが解剖することになるが、たとえ女子たちが化粧を決めていても、滝田ゆう(あるいは荷風)が描く玉ノ井のごとき饐えた匂いが、「異性間交流会」の間でも、どこかから漂ってくる。過酷な現場に女子が前線で働いていて当たり前になったのが、1986年に男女雇用機会均等法が施行され、フェミニズムの洗礼を受けて以後の30年の歴史である。
 第4話、仕事終わりに夜2人で道を歩いている際、ミコトが六郎に「部屋寄ってかない」と声をかけ、六郎がドキマギしていると「あっ、これセクハラか」とミコトがひとりで納得し別れるシーンがある。恋の気配ゼロ。うまい、と唸らされたが、均等法世代としては男女の同化がここまで進んだのかと感慨深い。第3話、やり手検事に「これだから女は」と散々やりこめられたりもしており、野木の脚本は、ジェンダー意識の最前線を走っている。先達として当然『科捜研の女』を意識しているが、女が働くことをテーマに取り入れている『アンナチュラル』の新鮮さは見過ごせない。
 とまあ、本筋でない話に熱を入れてしまったが、真剣に働いている女性は美しい! のである。2000人死体を解剖した過去と、『刑事コロンボ』みたいなしつこい追及が深みを加えている。ややこしい事件を1話で解決する爽快さは脚本の手柄だが、「クソ」が口癖の5000件解剖医・中堂系がはまり役である。第2話、水の成分だけでミコトと六郎が冷凍車ごと突き落とされた池の場所を特定する手際に説得力が備わっていた。六郎は週刊誌記者にネタを売っているし、中堂は死んだ恋人と同じ痕跡を持つ死体をずっと探している。波瀾要素満載の中で、働く女・石原さとみがどう輝いてゆくか、期待大である。

 



 『anone』の坂元裕二は、また社会の底に広がるギリギリの世界を描こうとしている。勇気に拍手したい。清掃のバイトで暮らし、ネットカフェで寝る施設育ちの辻沢ハリカ(広瀬すず)が主人公。印刷屋だった林田亜乃音(田中裕子)の亡夫が隠していた大量の偽札に吸い寄せられるように行き場のない人間が集まってくる。第1話はカードを思い切りバラ撒いたような展開でドキドキしたが、亜乃音/anoneさんが動きだした瞬間、物語がすべて縫い合わされて一安心。
 ハリカと亜乃音がいる画面が瑞々しい。川崎か千葉らしき風の強い土地で、血の繋がりのない2人が少しずつ寄り添ってゆく。錯覚だが、死んだ田中の夫が高倉健のような気がして仕方がない。ショートカットと黒い瞳の広瀬すずは、虚無を眺めながら強い光で輝き、スケボーが似合い、これまでと一味も二味も違う。カレー屋の店長・持本舵(阿部サダヲ)の「何かを残したいから」という口癖を聞くたびに『マルモのおきて』からの成熟を感じるし、印刷所の元従業員・中世古理市(瑛太)は黒さを全開したのか、とか俳優たちのフィルモグラフィーに対する批評が見て取れる。坂元脚本ならではの愉しみだ。
 登場人物はみな、会社をリストラされて誘拐を企てた西海(川瀬陽太)の屈託を共有している。しかし、川瀬が改造モデルガンで自爆死するきっかけは、旧友の舵の「末期ガン」という告白を信じられないことなのだから切ない。
 物語は、錯綜する人間関係が強いテーマに照らされて動く。ひとつは「帰る」という言葉。第5話、難病で入院しているチャット仲間・紙野彦星(清水尋也)が集中治療室に入り、両親にも見捨てられ、ハリカは深夜、病院の外で待つ。亜乃音が、「そっちへ行く」というハリカに、「ここはもう帰るところだからね」と諭す。一夜明けて、彦星くんの病室に灯りが点る瞬間は涙なしに見れないが、「帰る」家に待つのは、亜乃音の亡夫の保険金を盗んで許された舵と青羽るい子(小林聡美)という、奇妙な「疑似家族」なのだ。ハリカは朝食の食卓でずっと日常の出来事を話し続け、さらには生まれて初めての「鍋」を食べる。舵の作るご飯は暖かくて、いい匂いがする。
 もうひとつは「金」。熱に浮かされたように日本の貨幣の抜け穴について語る印刷所の元従業員・中世古の昏さが恐ろしい。仮装通貨の騒ぎで露呈した通り、もともと貨幣は国家の信用があっても虚構の産物であり、最後は印刷技術の差という話に落とすことも可能となる。なぜ中世古は母を毛嫌いする亜乃音の娘・青島玲(江口のりこ)と妻子持ちなのを隠し不倫しているのか。ああ、金があれば! 片隅で鬱屈する人々の深い闇がどのような光に照らされてゆくのか、括目して待ちたい。


『anone[あのね]』 日本テレビ系 水曜よる10時放送  (C)NTV

 



 『きみが心に棲みついた』の「キョドコ」=今日子(吉岡里帆)に慣れるのに、ちょっと時間がかかった。異常に自己評価が低く、合コンに参加したら周囲がまるで見えなくて、突然「ありのままの自分を好きになってくれるなら、誰でもいいから付き合いたい」と口走りドン引きされる挙動不審な女子。ふと昔は、ああいう女子は珍しくなかったと思い出した。もう半世紀近く前の話だが、ドSの星名(向井理)のような男も覚えがあるし、つまり、人間は変わらないということか。
 設定を受け入れてしまえば、「キョドコ」は鑑賞する分にはチャーミングかもしれない。下着メーカーの材料課員としては先輩社員・堀田(瀬戸朝香)に認められているのだから、八方塞がりではない。大学時代に星名から酷い扱いを受け、大手商社のエリートサラリーマンとして出向してきて再会、命じられるまま、つい人前で脱いでしまう姿に胸がざわざわしてしまう。星名と「キョドコ」と三角関係となる吉崎(桐谷健太)の、作家志望だったマンガ編集者という設定も業界のパターンだし、原作コミックは昔の王道を巧みに活用しているようだ。
 「嫉妬」を利用して人を操り、早速社内でライバルに二股かけたりする冷血男・星名も家族関係に深いトラウマを抱えているようで、ドロドロした情念にみな囚われている。星名を「クラスでひとりいる、絶対に逆らっていけない人」と見抜いたマンガ家・スズキ(ムロツヨシ)など役者は揃っているし、吉岡は実は、不条理な人間関係に翻弄される時に美しさが出るタイプと睨んでいる。いつか、吉岡に若尾文子にとっての増村保造のような運命の演出家が出現するかどうか。『きみ棲み』は、嫉妬と情念が匂い立つようなひどい話になってゆく方が現代的だろう。「キョドコ」がどう成長してゆくか興味津々だが、むしろ、向井クン演じる星名に幸せが訪れるかどうか、ちょっと心配である。手強そうな原作コミックは、読まないことにした。


『きみが心に棲みついた』 TBS系 火曜よる10時放送  (C)TBS

 




 神奈川近代文学館の「山川方夫と『三田文学』展」では、貴重な遺品が展示されている(~3月11日まで)。新婚9カ月、34歳の若さで夭折した作家の作品群が、なぜずっと読み継がれるのか。私にとっても、学生時代からずっと、目の前にあるとつい読んでしまう作家であり、村上春樹の先達とみんな言うようになった。妙に癖になる理由を考えてみると、没年が65年、ほぼ東京オリンピック以後の変貌した東京が出てこないからかもしれない、という気がしてきた。
 東京の貧民窟をなくし、高速道路や下水道が突貫工事で整備されたのがオリンピックの時。朧気に記憶に残るその前の東京は、いろんな強い匂いがした。蠅とり紙が真っ黒になり、バキュームカーが走る街の人間模様は、今より濃厚だった。どちらがいいのか分からないけれど、今回取り上げた3つのドラマは、現代の最先端を描きながら、どこかに「昭和」の匂いも内包している。消臭が徹底した社会でも、匂いの素は消えないのか。昭和の小津安二郎、平成の「キムコ」伊丹十三とか、年初、たまたま見たものの印象を言い捨てておいて今月はおしまい。

(撮影:風元正)





風元正(かぜもと・ただし)
1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。

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