boidマガジン

2018年03月号

樋口泰人の妄想映画日記 その66 YCAM爆音編2

2018年03月03日 11:58 by boid

boid社長・樋口泰人による3月1、2日の日記は、前回に引き続き今週末開催中の「YCAM爆音映画祭2018 特別編:35ミリフィルム特集」の上映作品の音調整について。『クレマスター』(マシュー・バーニー監督)と『HOUSE ハウス』(大林宣彦監督)、そして上映当日に別の可能性を試した『AKIRA』(大友克洋監督)の爆音がどのように設定されたかが綴られています。




文・写真=樋口泰人


3月1日(木)
『クレマスター』の1章から5章まで、延々と見続けた。章ごとに作られた場所も年代も違うので、当然音も違う。したがって章単位での調整を行い、その結果をミキサーに記憶させていくという作業。第3章は長いので間に休憩が入り、その休憩の前後でもイコライジングを少しだけ変えたので、合計6つの調整のセットができた。こうして続けて観ると、昨年の夏にやった『リヴァー・オブ・ファンダメント』とほとんど同じことが行われている。続き、と言ったらいいか。内側にあるものが外側と交流し外に出るまでが『クレマスター』で、それが外に出て世界に広がっていく姿が『リヴァー・オブ・ファンダメント』ということになるのだろうか。とにかく、こちらは密室感が強い。音はその密室性を高めるものではなく、それに向かって激突し、突破し、あるいは外の空気を密室内に流れ込ませるものとしてある。密室の圧迫感を保ちつつ、外側の爽快感や爽快感への予感のようなものを伝えたい。いつもより高音域を抑えずに天空へ届くような高音をと思うのだが、やりすぎるとうるさいだけになるしもちろん耳に痛い。各章の音の設定の違いは、ほとんどそのあたりの微妙な足し引きの結果である。



そして『HOUSE』。バウス以来久々の上映である。デジタル化されていない以上、こういった機会がないと上映できない。ただ、モノラルということだけでなく、元々の音がいいわけではないので、爆音で上映するには限界がある。ただ、そういった限界感も体感してもらうのもいいのではないか。あらゆるものがベストな状態で作られているわけではない。それが作られた時代や予算や環境による制限はどの映画にもある。それらを今の音としてどのように蘇らせるか。バウスの時も苦労したが、今回も苦労した。バウス時代よりも機材が格段に良くなっている分、元になる映画の音の限界も、すべて増幅されてしまうのである。あれこれ試しているうちに、最終巻まで映画は進み、結局2回目の上映に突入した。登場人物たちの声と音楽と、それからいよいよHOUSEが暴れだしてからの迫力の音とのバランスがなかなか取れない。8ミリの自主映画手法を最大限に活用した映画の面白さと音の限界とのギャップが埋まらない。そして2回目も最終巻になって、ようやくこちらの覚悟が決まる。2周回って最もシンプルなところに戻った。『クレマスター』の第5章と同様、今回のラインナップの中で最もスピーカーの使用数が少ない上映である。素の姿での良さを最大限に発揮できるようにちょっとだけ手を添えたという感じ。そうそう、プリントの状態はいい感じだった。バウスで上映した時はもう色あせてもいてノイズもひどかったのだが、それ以降、ニュープリントを作ったのだろう。鮮明な色で観る『HOUSE』は、さらにその手作り感が際立っていた。この映画が東宝で配給された時代があったのだ。40年前というのは遠い昔なのか、案外最近なのか、時間の距離感が分からなくなった。



これで今回のすべての爆音調整が終わった。だが、『AKIRA』はまだ違う可能性があるのではないかという思いがくすぶっている。明日は本番前に時間があるので、その時間に再度別の可能性を試すことにした。



3月2日(金)
寝るのに失敗して午前3時前に目覚め。以降眠れなくなる。あとから「まるで遠足前の子供みたい」と指摘されたのだが、まあ、そのようでもありそうでもない大人の事情もある。とにかく悶々としながら朝を迎え、温泉に入り(YCAMから歩いて20分くらいのところに湯田温泉街があり、そこのホテルに宿泊しているのである)、YCAMへ。ルーティーンの行動なのだが、さすがに眠くてボーっとしている。だが『AKIRA』の再調整が始まると一発で目が覚める。例の冒頭の一発である。エルアコのラインアレイ・スピーカーのバランスがうまく取れずメイヤーのスピーカーでやることにしていたのだが、昨夜ようやくエルアコの問題が解決して、ならばエルアコで再調整というわけでやってみたら冒頭の一発。これですべてが吹っ飛ぶ。そして、どんなにうるさいシーンでも、セリフがはっきりと聞こえる。これまではこれがなかなか難しかった。音は不思議である。とにかくこれで問題なし。世界の壊れる音を否応なく心身に刻み付けてもらえると思う。この設定で本番を迎えることにした。


本番には大勢の方が駆けつけてくれた。他の作品もこれくらいの方たちに来てもらえるといいのだが、まあ、それは贅沢な望み。しばらく観ていたらちょっと大きすぎるかと思いはじめ、少しだけ音量を小さくしてもらった。トラウマになるかもしれないレベルではないか。単にわたしの身体が弱っているだけかもしれない。まあ、弱っていることに変わりはない。控室に戻ると、20年以上前にわたしの家のテーブルを作ってくれた職人の方から連絡があり、なんと、彼の娘が某メディアに就職し山口勤務となり、爆音の取材をしていたとのこと。わたしも本人(娘)もそれを知らずにやり取りしていた。奇妙な縁というものはあるのだ。






樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。3月2日(金)~4日(日)に「YCAM爆音映画祭2018 特別編:35ミリフィルム特集」、そして3月8日(木)~11日(日)に「爆音映画祭 in MOVIXあまがさき」が開催。

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