boidマガジン

2018年03月号

樋口泰人の妄想映画日記 その67 

2018年03月10日 21:28 by boid

boid社長・樋口泰人による3月3日から9日までの日記は、「YCAM爆音映画祭2018 特別編:35ミリフィルム特集」と「爆音映画祭 in MOVIXあまがさき」での爆音調整などについて。体調は悪くなる一方ながら、なんとか初開催となるMOVIXあまがさきでの調整も無事終了。また初めての演劇作品ゲキ×シネ『蛮幽鬼』の爆音調整にて、センタースピーカーの重要性も改めて感じられたようです。




文・写真=樋口泰人


3月3日(土)
YCAM爆音映画祭。終日マシュー・バーニーの『クレマスター』を上映。休憩時間を挟みつつ午前11時開始で終了は20時40分。気になるところもあったので、10時から2章と5章の再チェックをした。2章には年寄りの耳にもかろうじて聞こえるくらいの高音が、爆音でもギリギリなくらいの小さな音で入っている。通常の映画館では聴こえないはずだ。ここをいかに聴いてもらい、しかもその他の高音がきついシーンでひどいことにならないようにバランスをとるか。個人差もあるので誰にとっても気持ちいい音であることはできない。高音がしっかり聴こえる若者たちにもギリギリ耐えられる程度まで攻めてみた。

スピーカーのセッティングは、1章から5章まですべて違う。それぞれの章の内容に合わせて使うスピーカーと使わないスピーカーを決めた。1章から3章に向けて増えていき、3章の後半で全開、そして4章、5章と数は減り、5章では床置きのセンタースピーカーと左右のスピーカーのみ。3章の音の乱れうちぶりはすごいことになっていた。本当にそういった音が入っているのだ。他の会場で観た方たちにこの音を聴かせてあげたい。3章が終わって出てきたトモ鈴木さんに、いきなり握手された。




3月4日(日)
再び寝るのに失敗して、午前3時30分に目が覚めそのまま朝を迎える。諦めてすぐにその場で起きてしまえばいいのにちょっとだけでも寝られたらと布団の中で結局は無駄な時間を過ごすことになる。10時から『ポーラX』を再チェック。この映画と『EUREKA』のみメイヤーのスピーカーを使うので、その他の作品と比べて音のパワーがどうなっているかを再確認した。確かにエルアコに比べてパワーは不足しているが、ライヴシーンのギターの音は格別。天空に駆け上り降り注いでくる、艶やかな音色になった。


本番はさすがに眠すぎたので、少しずつ休憩しながら爆音を堪能した。3日間あっという間だったが、めちゃくちゃいろんなものを観ていろんな音を聴いた。全部通して観られた方がどれだけいるのかわからないが、観た本数の数倍の経験をされたのではないかと思う。しかしいつものことだが、片付け撤収はちょっと寂しい。音響機材だけでなくスクリーンもなくなってしまうYCAMのAホールの姿を見ると、今までそこで役所広司さんがせき込んでいたのが夢のように感じられる。






3月5日(月)
夜中から朝にかけて雨と雷。爆音本番中は見事に避けてくれた。雨が上がってもまだまだ空は雨模様だった。午前中はもろもろの仕事を片付け、午後からは夏のYCAM爆音映画祭に向けてのミーティングを。何をやるかどうやるかという話ではなく、YCAM爆音映画祭の面白さをどのように伝え、それによってさらに映画祭をどう広めていくかという話。映像部門だけではない、YCAMの機能や才能を巻き込んでの運動が生まれてきた気がして頼もしい。こういう作業には労を惜しまず協力できたらと思う。



その後、三宅から連絡が来て、今回の新作のロケ地に行くことになる。特にどこに行くとも決めずに車に乗り、たどり着いたのは秋穂という場所の海岸。「秋穂」と書いて何と読むのだったか。すでに読み方を忘れている。いずれにしても、寒さも手伝って地の果てのような場所だった。昔は石切り場だったらしい。残骸がそこら中にある。深い緑色の池は石切り場だか銅山だかから漏れた汚染物によって、その神秘的な色となっているらしい。海岸にも壊れた土管のようなものがいくつも打ち捨てられている。いったい海に何を流していたのだろうか? そして陸側には巨大なタイヤの山。切り出した石を運ぶ運搬車用のものだと思われるが、その大きさにあきれる。空は暗く光っていた。かつてそこにあったものたちの影が、世界を覆っていた。映画の撮影時は大雪というか雪の嵐で、前もろくに見えなかったという。










3月6日(火)
山口の10日間が終わる。いつも以上にあっという間だった。「あっという間」という時間の感覚さえない感じと言ったほうがいいかもしれない。ずっとここに住んでいるうちの10日間とでも言いたくなるような、長いスケールの時間とともにある10日間だった。場所のせいなのか、そこにいる人々のせいなのか。飛行機の窓から見える雲上の風景が気持ちよかった。


帰宅後は仕事する元気はなくそのまま寝続けた。猫たちは相変わらずだった。






3月7日(水)
夕方まで寝続けた。眠っていたわけではない。1,2時間で目が覚めてはぼんやりして再び寝て、みたいな繰り返し。身体コントロールが不能になっていた。発熱もしていた。花粉のおかげで頭痛もひどかった。とはいえ尼崎。19時過ぎの新幹線に乗った。平日のこの時間の新幹線は出張帰りのサラリーマンで混みあっている。新幹線の中でも寝続けた。とにかく本日は尼崎までたどり着けばよい。


3月8日(木)
いったん体調を崩すと簡単には戻らない。無理やり元気になろうとするとさらに調子を崩す。とにかく逆らわないでいたいのだが、ずっと寝込んでいるわけにはいかない。昼過ぎから爆音調整。その前に映画館周辺をウロウロしたかったのだが、まだ身体が動かず。連絡が来るまで、ホテルの部屋で寝たり起きたりしながら待機していた。そんなところにトラブルの報告。初めての場所ではいろんなことが起こる。そのために下見もするのだが、それでも本番にならないと見えてこないものもある。こればかりはどうしようもない。機材チームは大変なことになっていたのだが、こんな時わたしには何もできない。できるのは焦らず待つことだけだ。


そして予定から遅れること4時間余り。無事回復。音はご機嫌だった。会場も広いので、音は新宿より大きく豪快に飛び交っていた。『キングスマン』『ベイビー・ドライバー』は音で殺されるちょっと手前。気持ちいいがこれはやばい、という領域で遊ばせてもらった。初めての爆音となるゲキ×シネ『蛮霊鬼』は、俳優たちの声の力を最大限に発揮できるよう、センタースピーカー中心のバランスにした。演劇と映画の間という作品自体のコンセプトに慣れるまで、初めての人間はちょっと戸惑うが、慣れてしまうとあとは盛り上がるばかりであった。boidの爆音やその他の大音量上映の場合、左右のスピーカーやウーハーの重低音ばかりが話題になるのだが、実は最も大切なのはセンタースピーカーであると常々思っている。これさえしっかりしていれば、どんなことでもできる。先日のYCAM爆音『AKIRA』も、あの大爆音の中で登場人物たちの声がしっかり聴こえていた。これがなかなかできなかった。耳に痛くなくうるさくなくセリフをしっかり聴こえさせる爆音。左右のスピーカーの音量を下げてバランスをとることは最終手段で、それらを下げずにしかもセリフがしっかり客席に届けられたら。そのためのセンタースピーカーの役割は大きい。ゲキ×シネだけでなく、『キングスマン』でも『ベイビー・ドライバー』でも、派手な音の中で主人公たちのセリフははっきりと聴き取れていた。


そして本番の『キングスマン』終了後、さらに『ラ・ラ・ランド』『ルパン三世 カリオストロの城』『この世界の片隅に』。『ラ・ラ・ランド』は楽器数の少ないシンプルな構成の曲の音色が妙に際立った。生ギターの弦のこすれや、生ピアノのアタックの音など、楽器の音色のちょっとだけ外側の部分の音、つまり楽器が作り出す空気の音に胸騒ぎがした。『カリオストロの城』は製作年代の古さがそのまま音に現れていて、その他の作品の音遣いとのあまりの違いに最初は相当戸惑った。だが解決の道はある。ちょっとしたことだが全然違う。シンプルな音に戻せばいい。ただそれだけのことだ。『この世界の片隅に』は、この会場だと爆撃シーンが大迫力となる。すべての音がクリアになって同時に静けさも増す分、爆撃の切迫感がただならぬものとなるのだ。それからエンディングテーマ曲に含まれていた小さな音が生き生きと動き始めていた。最終的にはそのバランスに合わせた。




3月9日(金)
体調は最悪。山口からずっと外食が続き胃腸は疲弊しきっていてこれ以上無理と言っている。こういう時はさっさと家に帰ってぐったりしているに限るのだが、爆音だけではなく月曜日に京都でのイヴェントを入れてしまったのを激しく後悔。現状では絶対無理。どうなることやら。

午後から某所に赴き今後の爆音のための下見、打ち合わせを。まあ、あきれるようなイヴェントなのだが、来週には告知できるのではないかと思う。果たして人はやってきてくれるのか? 夜は劇場に戻り、ゲキ×シネ『蛮幽鬼』のプロデューサーの金沢さんに会う。バウスの爆音にも通ってくれていたとのこと。爆音上映について、観る側ではなく製作者の側として観たときのさまざまな感想を聞く。上映する側としては、音作りの成功も失敗も両方を楽しむというか、ともにあることを共有することでさらにその作品への親密さが増したりそれまでの見え方が変わったりしていくわけだが、製作側はそうはいかない。失敗は単に失敗である。そのことも十分に承知しつつ、それでも失敗はありだと思う。「失敗」という枠組みはない。それだけのことだ。

その後、残りの作品の調整。『グレイテスト・ショーマン』は『ラ・ラ・ランド』のスタッフが終結ということなのだが、音のテイストは違う。『ラ・ラ・ランド』が生楽器をメインにしていたのに対し、こちらは電気楽器。ピアノもパーカッションもほとんどがそうなのではないかと思われる。製作者としての意図がそこにはあるはずで、それは『ラ・ラ・ランド』では主人公が実際にピアノを弾き、『グレイテスト・ショーマン』は本物に見せかけたショーの物語(主人公はひとりの歌手を舞台に立ってもらうために口説くときに、そのことについて言及していたはずだ)という設定の違いにつながってくるのだろう。そして逆にこちらは、主人公の未来についての別の可能性が示されるものの、主人公はあくまでも自分の判断でひとつの道を選ぶ。『ラ・ラ・ランド』が複数の未来の中にある物語であるのに対し、『グレイテスト・ショーマン』はたったひとつの道を選んだ人間の物語である。


『セッション』はセンターと左右のスピーカーのバランスに気を使った。そこが決まるとバンドでの演奏シーンはまるで生き物のように音が動き出す。『バーフバリ』の2本は新宿での経験を経ているので、あっさりと決まる。『王の凱旋』がヒットしたのは音楽の力が大きいということを実感した。『ベイビー・ドライバー』並みに、画面との絶妙なシンクロ。インド音楽と西欧音楽とを見事に合体させて、インド人が西欧人の視線で作ったインド音楽と言ったらいいか、西欧人向けにアレンジされたインド音楽ではない、あらかじめ内側に組み込まれた外部とともに作り上げた音楽がそこにはあった。バーフバリという人物の存在とはそういうものではなかったか。現代のインド映画をいくつも観ているわけではないので、もしかするとこれくらい当たり前に他の映画でもやっていることなのかもしれないが。

ということですべての調整が終わる。MOVIXあまがさきはスクリーンから客席までの距離がしっかりとってあって観やすいし、センタースピーカーの音も前列から最後列までしっかり届く。調整も楽だし、音も広がるので映画以上の壮大さを実感できる。贅沢な時間が流れる。



樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。明日まで「爆音映画祭 in MOVIXあまがさき」開催。3/23(金)〜25(日)は「京都みなみ会館さよなら爆音上映」。4/7(土)より宮崎大祐監督作品『大和(カリフォルニア)』をK’s Cinemaにて2週間限定公開。

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