boidマガジン

2018年03月号

先行きプロトタイピング 第5回 (今野恵菜)

2018年03月19日 20:49 by boid

YCAM[山口情報芸術センター]の映像エンジニア、デバイス・エンジニアの今野恵菜さんによるサンフランシスコの科学館・Exploratorium研修記『先行きプロトタイピング』。今回は「音」と「コンピューテーショナル・シンキング」をテーマにしたワークショップの制作過程について書いてくれています。ピエゾマイクを使って作られた音を録音しアーカイブするシステムは来場者からの意見なども参考に作られているようです。



文=今野恵菜 写真=今野恵菜・© 2017 Exploratorium

前回の記事で紹介したAfter Darkのデモ展示を終えた私の元に舞い込んできたのは、「コンピューテーショナル・シンキング」にまつわる2つのプロジェクトへの参加のお誘いである。といっても、コンピューテーショナル・シンキングという言葉自体に聞き馴染みがない人も多いだろう。
昨今「小学校でのプログラミング教育必修化」などが話題となっているが、コンピューテーショナル・シンキングを日本語に訳すと「計算論的思考」、つまりコンピューターを使ってプログラミングなどを行う際に必要となってくる思考法を指す言葉である。例えば、コンピューターから得られるデータを論理的にとらえて分析すること(プログラミングを調理だとすると、雑多な畑の中から食べられそうな野菜を見つけ出し、分類するイメージ)や、データを使い勝手の良い形に変換するためのルール(アルゴリズム)を考えること(見つけ出した野菜の皮を向いたり、食べやすい形に切ったりなどの下ごしらえするイメージ)などが含まれる。プログラミング教育においては必須事項といってもいいだろう。素材なしに調理は出来ないし、どれだけ素晴らしい素材(データ)も、そのまま土がついた状態では美味しく食べることはできない。



1つ目のプロジェクトは、「音に関する新作ワークショップづくり」だ。
Exploratoriumの中にあるワークショップチームTinkering Studioでは、これまでに作ってきたワークショップの実施/運営と並行して、ほとんど常に新作ワークショップの制作を行っている。この「音に関する新作ワークショップ」も、Tinkering Studioの新しい取り組みの1つだ。私が参加を決めた段階で決定していたのは、「音を使う」「コンピューテーショナル・シンキングの要素を盛り込む」という二項目のみ。殆ど白紙状態だった。Tinkering Studio の制作スタイルは、言うなれば「後ろ盾無しのノーガード戦法」で、とにかく興味の赴くままに実際に手を動かし、会話を続け、そこから「好奇心の種」のようなものを拾い上げ育てていく。時間がかかりとても効率的とは言えないが、そのなかで浮かび上がってくるアクティビティは「純粋な好奇心の塊」のようなパワーがあり、それ故に大人から子どもまで多くの人にリーチしているように感じられる。Tinkering Studioメンバーやビジターの好奇心を固めて丸めて磨き上げて、1つのワークショップを作り出していくようなイメージだ。
みんなで音について様々な実験を繰り返しているうちに、ピエゾマイクを使うという方向性が見えてきた。ピエゾマイクとは、前回の記事で紹介したchatterbox(新しい言葉の翻訳機)でも使用していたピエゾ素子とほぼ同じもので、こちらはアンプに繋ぐことで、物理的な振動を音に変換してくれるので、アコースティック・ギターのピックアップなどでよく使用されている。布、メッシュ、洗濯板、紙、針金など、身の回りの素材(daily staff)を、ピエゾマイクに擦りつけたり、ピエゾマイクを滑らせたり、振動しているところにピエゾマイクを宛がったりすることで、聞いたこともない不可思議な音を発見することが出来たのだ。身の回りのものから新しい音を探し出す、ワークショップの大まかな方向性は定まってきた。



しかしこれだけでは、まだコンピューテーショナル・シンキングの要素が不足している。そこで私たちが考えたのが「録音(アーカイブ)」の機能である。録音とはつまり「音をデジタル化」することであり、そのこと自体がコンピューテーショナルと言えなくもないが、私たちが特に興味を持ったのは「素材(データ)としての音」である。「録音した音を記録/分類/分析する」「録音した音を再生するきっかけ(トリガー)を考える」、録音を起点として様々なコンピューテーショナルな展開をしてくことができると考えたのだ。そこでまずはシンプルに、ピエゾマイクの捉えた音を、コンピューターやスマートフォンなどを使って録音できる環境を整えた。
最低限の環境を整えたら、私たちはすぐそれを「フロア」と呼ばれるワークショップスペースに持ち出し、一般のビジターに体験してもらう機会を設けた。もちろんまだまだ完成とは程遠く、あらゆることがまだ安定していない状態だが、この段階で多くの人の目に触れるところに持ち出せてしまうことこそ、Tikering Studioの強みであろう。



慣れない私は終始あたふたしていたが、チームのメンバーは慣れたもので、未完であることを不必要に卑下はせず「現時点で体験してもらえること」と「ビジターから得られるフィードバック」に集中し、「現段階を起点に広がるワークショップの可能性」に対してオープンな姿勢を貫いていた。またビジターも、この「中途半端な状態」を前にしても特に動揺せず、生産的な意見や感想を述べることがとても上手だった。小さな子どもたちすら、「この先このワークショップはどう発展していくのか」ということにワクワクしながら興味を示してくれる。それがサンフランシスコ/西海岸の気風なのか、Exploratoriumに来るビジターのマインドセットなのかは分からないが、大人から子どもまでみんなが「何かを作ろうとしている人に対するリスペクト」を持っているように感じられた。これがExploraotriumのような施設の活動をよりスムーズに、より生産的にしていることは間違いないだろう。



そういったビジターからのフィードバックを受けて、私たちが次のステップとして作ったのが「録音した音の情報を書き込むためのワークシート」だ。その音に名前をつけるならどんな名前か、その音を録音する際にどんな素材を使用したか、その音は他のどんな音に似ているかなどの項目を書き込む欄をつくり、絵で説明するためのスペースも用意した。ワークシートは、言わば土付きの野菜に施す処理のファーストステップである。コンピューテーショナル・シンキングはあくまで思考法なので、それを学ぶために必ずしもコンピューターを使う必要はないのだ。
結果から言えばワークシートはとても有益に機能した。そして同時にその弱点も顕になった。特に効果が顕著だったのは「名前を付ける」という行為だ。名前を付けることで、ビジターが録音した音に対して「自分の音」として愛着を持つだけでなく、想像力がそこから広がっていく様子が見て取れた。「音が鳴るべきキッカケ(エイリアンの足音だったら、エイリアンの歩みの速度でテンポよく音が鳴る必要がある)」「次にどんな音を作り出したいか(次はエイリアンが走っている音を作ろう!)」など、名前を起点にアイデアが広がっていく様子は、聞いているこちらをもワクワクさせてくれる。
一方、体験の初期段階では、ビジターは音のための素材を「視覚重視(色が可愛い、形が面白いなど)」で選ぶことが多いのだが、音探し(音作り)に集中すればするほど、視覚的な要素を気にしなくなる様子も見て取れた。その為、ワークシートの「その音を録音する際にどんな素材を使用したか」の欄の記入や、絵で説明するためのスペースの描き込みに苦労するビジターが多く見られた。音の成り立ちに関する記録は、もっとシンプルで簡単にできるものである必要がありそうだ。



そこで、効果的だった「名前を付ける機能」を録音のシステムの中に盛り込み、もう少しざっくりした「色による音の分類」「他の人の作った音を聞くため機能」を備えたコンピューター用のアプリケーションを制作した。ピエゾマイクとiOSデバイスで録音した音にその場で名前を付け、無線でメインのコンピューターに送信し、ワークショップに参加している全員の音をまとめて分類していくという流れだ。



アプリケーションのなかでは、色分けがされたボールの中に音が入っているイメージで、ボールはドラッグ・アンド・ドロップで好きな位置に移動でき、ボールをカーソルで触ることで音を再生することができる。一定の速度で左から右に移動するバーによって、オルゴールのピンを配置する要領で好きなタイミングで好きな音を再生することができる機能も用意した。この機能を使って徹底して音の配置にこだわり、DJのようにそこから新しい音楽を作り出すことに夢中になるビジターがいたことも印象的だ。



比較的大きな子ども(10歳以上)から大人を想定して制作したワークショップだったが、実際に実施してみるとかなり幼い子どもたちも集中して臨んでくれた。音の微細な変化に対して敏感、かつ、生粋のデジタル・ネイティブの彼らにとって、このワークショップは想像以上に身近なものに感じてもらえたようだ。デジタル・ネイティブのナチュラルな「コンピューテーショナル・シンキング」の体得ぶりには目を見張った。

実は、帰国した今なお、このアプリケーションのアップデート作業は続いている。「どうすればもっと詳細な『音の成り立ち』をシンプルに記録できるか」が目下の課題で、現在も遠隔でTinkering Studioのメンバーと連絡を取り合いながら開発を進めている。またこれまでにビジターが見つけ、作り出した音の保存方法も検討中である。すでにこのワークショップはTinkering Studioのチームによってイタリアなどの他の国でも試され始めた。今後も色々な人や環境からのフィードバックを吸収して進化を続けていくはずだ。その変わり続ける姿こそ、Tinkering Studio、そしてExploratoriumのコンテンツの真骨頂なのだろう。



コンピューテーショナル・シンキングとは、つまり「コンピューターとアイデアをシェアするための思考法」であり、「コンピューターの世界の捉え方」で世界を捉え直す(見つめ直す)作業とも言えるだろう。これは私が興味を持っている「言葉の機能」と、とても類似している。コンピューターにはコンピューターの言語や考え方があり、私たちの解像度や尺度とは違う目で世界を見つめているのだ。
この音にまつわるワークショップ(現在は「SOUND SAFARI」と呼ばれている)の制作を通じて、「コンピューターの世界の捉え方」に興味を持った私は、これまで様々なプロトタイプを制作していた「言葉」というテーマとそれを掛け合わせ、「コンピューテーショナル・シンキングに関する2つ目のプロジェクト」であり、かつExploratorium滞在時最後となるプロジェクトに着手し始めた。今度は音ではなく、「コンピューターの視線」つまり「コンピューターのメガネ」を体得するための、視覚に関するプロジェクトだ。



今野恵菜(こんの・けいな)
山口情報芸術センター [YCAM] デバイス/映像エンジニアリング、R&D担当。専門分野はHCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)など。2017年3月よりサンフランシスコ Exploratorium にて研修中。

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