boidマガジン

2017年09月号 vol.4+10、11月号

樋口泰人の妄想映画日記 その52

2017年11月10日 16:44 by boid

boid社長・樋口泰人による9月21日~30日の業務日誌ときどき映画&音楽&妄想日記です。前回から引き続き「爆音映画祭 in 高崎」会場となった高崎電気館での爆音調整や出張「アナログばか一代」について。そして無謀とも思われた丸井吉祥寺店屋上での『PARKS パークス 』秋祭りについても。
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文・写真=樋口泰人

「爆音映画祭 in 高崎」からすでに1ヶ月が過ぎようとしている。日記が全然追いつかないくらいにいろんな作業が盛りだくさんすぎて、でももうずっとそんなことを言いつづけているような気もする。9月下旬は高崎から丸井吉祥寺店屋上へという流れだった。高崎はともかく丸井は「無理だからやめる」と決断した上で断りきれなかったという状況もあり、当日を迎えるまでは本当に泣きそうだった。だが当日の面白さがすべてを吹き飛ばした。大体の場合こういうことになるので、「断る」というのが全然できないのである。やれば面白いに決まってる。だがどう考えてもうまくやれそうにない。断りたい。でもどこかで「面白さ」にも惹かれる。断りきれない。というような感じ。大人のやることじゃない。そして大人のやることじゃないことをやることにも一切魅力を感じない。だが断りきれないのは、そこに誰かを待っている「場所」があるからなのか。日常の向こう側へと通じる小さな裂け目に自らの意思とは関係なく引き摺り込まれていってしまうホラー映画の主人公みたいなものだといったら、ロマンティックすぎるかもしれない。だが「縁」は大切にしたい。



9月21日(木)
朝から電気館で爆音調整。その前にアーケード街を散歩すると野良に出会った。我が家の猫様たちとは風格が全然違う。





『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』はもちろんロメロ追悼ということがあったのだが、実はあまり爆音向きではない。低予算映画の悪い音質と、シーンによって録音の質がバラバラなのとで、どこにどう合わせてもどこかがひどくなるのである。だが当時のシンセサイザーの変な使い方はめちゃくちゃ面白い。『悪魔のいけにえ』にも出てくるし『ウィ・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』にも出てくるし、この頃の流行りだったのだろうか。そしてその数年後には『ざ・鬼太鼓座』の一柳慧に至る、というような流れだろうか。あるいは『マーズ・アタック!』へと至る低予算宇宙映画におけるシンセの使い方。そんな変な電子楽器音が特徴的な映画ばかりを集めた特殊電子楽器映画祭みたいなものをやったらどうかなど、妄想は広がる。しかしこの映画を見ると、最初からロメロはロメロだったことがわかる。その後につながるさまざまな要素が、ここに充満している。

『PARKS パークス』はいつものように音のバランスに重点を置く。特に今回はサラウンドが弱いのと会場自体が縦長なので前と後ろの聞こえ方がかなり違う。これは電気館に限らず常に問題になることなのだが、座った場所によって聞こえ方が違うのは解決不可能。その差を埋めることはできてもなくすことはできない。それでもなおひとつの映画をひとつの映画として面白いと思ってもらえるかどうか。やはり最後のミュージカル部分の音と音とが重なり合いながらどんどん厚みと広がりを増していくシーン。いくつもの音が混ざり合いひとつになりそのひとつから再びいくつもの音が飛び立っていく、そんなイメージでの調整となった。

『ポール・マッカートニー&ウイングス/ロックショウ』は曲によって音質のばらつきがあっていつも苦労するのだが、今回はどうやったら音に厚みを出せるか、ということに腐心した。つまり、綺麗な音のライヴサウンドを大きな音で聞いて大きな画面で観るだけではなく、音そのものがスクリーンからこちら側に染み出してきて手を差し伸べれば40年ほど前のポールに届くかどうか、時間と空間を超える音を何とかして出すことはできないかというチャレンジでもあった。うまくいった曲とそうは簡単ではない曲とがあった。

そして夕方には湯浅さんや浅川さんもやってきて「アナログばか一代」の準備。映画館でアナログばか一代をやるのはバウス以来か。今回はスピーカーは爆音上映用のものを使ったので、音も強烈である。湯浅さんの手回しSPは相変わらずの面白さで、とりあえず世界の決まりごとを一旦バラバラにしてくれる。そして映画館ということで、その時流しているレコードのジャケットをスクリーンに投射してもらった。もちろんそのためだけにというか、たまたまではあるのだが、ジョンとヨーコの例のアルバムが用意されているあたりは湯浅さんの懐の深さである。わたしは、ボニー・レイットの『スウィート・フォーギヴネス』のテスト盤を最後にかけてもらった。テスト盤なのでジャケットも真っ白で曲名さえ書いてないのだが、おそらく私の持っているすべてのレコードの中でこれが一番音がいい。これを聞いただけでもう今年の高崎爆音は終了、みたいな気分になった。





本来の「Sweet Forgiveness」のジャケット




9月22日(金)
爆音調整『狂った野獣』は久々のフィルムでの爆音。繰り返しの確認ができない。過ぎてしまったシーンの音の記憶を元に、それ以降のシーンの音の調整をして、そのことによって過去のシーンの音がどう変化するかを想像する。その繰り返し。記憶が次々に更新される。暴走するバスの中で自分の過去をあふれ返らせる主人公たちのような混乱の中での作業である。

そして群馬出身の『BUCK-TICK』は、1992年、2004年、2016年という3つの年代のライヴを中心に構成されたもので、当然画質も音質も変わる。しかしどうして画質が変わっても目は受け入れるのに、音質が変わると耳が受け入れないのだろうか? 小さな音だと気にならないのか? 何れにしても爆音上映は常にひとつの設定で上映することを前提としているので、この3つの時代をつなぐ音を見つける作業が延々と続いた。もちろん簡単に見つかるはずはない。だがないわけではない。

『兵士A』はひとつのライヴ丸ごとの記録なので音のばらつきはない。それどころかものすごく精密にバランスが取られていて、とにかくこれをそのままそっと音量を上げて当たり前のように差し出せば良い。ライヴをひとつの作品として形作る際に加えられた繊細な調整をそのまま活かす。その息遣いや空気の揺れを電気館に伝える。それだけでいい。

夜はそのまま『兵士A』の上映となった。


9月23日(土)
本番が始まると、気になる部分を見るか、あるいは気分転換をするか、来場者の方の対応をするか。やらねばならないことは一気に減る。昼食を食いに行きがてら散歩をした。電気館の裏側はこんな風になっていた。ほぼ空き地なので、全景が撮れる。






9月24日(日)
あっという間の高崎爆音最終日。なんだか寂しい。楽しかった。いろんなことを試すことができたし、可能性も見えてきた。またやりたい。できるだろうか。





打ち上げではカンガルーの肉を食った。仙台の牛タンだって別に仙台牛の牛タンじゃないわけだから、高崎でカンガルーの肉を名物にしたって全然OK。シネマテークたかさきの一大事業にしたらどうかと提案したが一笑に付された。何れにしても肉は美味かった。




9月25日(月)
帰宅すると白猫様はぐったり、黒猫様は何かくれろと訴えてきた。






9月26日(火)
30日の吉祥寺丸井屋上イヴェントの最終打ち合わせで丸井に行った。その前に、イヴェントの際に3Dアニメを上映してもらう池さんとも打ち合わせをした。ようやく直前になってバタバタと動き出した。2ヶ月くらい前にこういったことができていないといけないのだが、そのうちいつか。きっとできるようになる。丸井の屋上は相変わらず気持ちよかった



夜は高円寺のカフェでboidチームとSoi48の宇都木くんとで来年2月に予定しているタイ爆音の打ち合わせ。こちらも延び延びになっていたが、ようやく全貌が見えてきた。Soi48がすぐにタイに赴き、すでにタイに行っている空族の富田くんたちとも合流して、ミュージシャンのラインナップを決める。まだギリギリ時間がある。ヴィザの申請もあるので油断はできないのだが。


9月27日(水)
打ち合わせと雑務で目一杯になり、予定してた某劇場の下見は音響担当にお任せし、試写は諦めた。致し方なし。 夜は、久々にミリアム・マケバを聴いた。前のプレイヤーだとなんだかバランスが悪く音がなかなか定位せずどこを聴いていいかまったくわからないまま終わってしまう印象だったのだが、新しいプレイヤーだと音の腰が座り、こちらもその音に静かに向き合うことになる。見知らぬ人とひっそり話を交わす感じになるのだが、話をしているうちに「For What It's Worth」(バッファロー・スプリングフィールド)とか「Brand New Day」(ヴァン・モリソン)とかが聞こえてくるわけだから、それはもう見知らぬ人はかつて知った人でもあると言いたくなる。おそらく自分もまたそんなことができるのかもしれないと思える。見知らぬ人の前に行って話を始め、その中で目の前の見知らぬ人がよくなじんだ歌がわたしの中から流れ出す。そんな瞬間がいつか訪れる。そんなことを思わせてくれるアルバムである。






9月28日(木)
本日もまた、打ち合わせと雑務で試写を諦めた。


9月29日(金)
屋上イヴェント目前。
深夜、気合を入れようとジョン・ケイルの『サボタージュ・ライヴ』を久々に聴いて盛り上がっていたら、不意に姫が部屋に現れてびっくり。深夜にひとりで今にも踊り出さんばかりの勢いだったのだ。残念ながら姫はジョン・ケイルにはまったく興味を示さなかった。






9月30日(土)
9時から機材搬入。曇り空だがギリギリ雨の心配はなさそうでまずひと安心。昼前にはおおよそのセッティングが済み、14時前くらいからバンドのメンバーたちも集まり始める。リハーサルも順調に進む。いつものboidのイヴェントのように予期せぬトラブルもない。こういう日もある。空に向かって音が舞う。ただそれをぼんやり観て、聴いている。いくつか気を使わねばならないことは当然あるのだが、もちろんその上で、ぼんやりとしていた。ただそれだけでよかった。夕暮れの井手健介と母船、YankaNoiは刻々と移り変わって行く空の色のかけがえのなさとともにあって、まさに音が消えて行くことをそのまま体現していた。すーっと空に消えて行くのだ。それでいい。いつか雨になって戻ってくる。ニール・ヤングだってそう歌っている。みなさん揃っての「PARK MUSIC」はさすがにホロっときた。本当に、こういうことを時々やっていればいい。簡単ではないが、誰かがやれば誰かがそれを面白いと思ってくれる。どこかにつながる。公園の連鎖。







そして暗くなっての湯浅湾。背後の壁面に投影される『PARKS パークス』をバックにしての演奏は、本当に夢のようだった。こんなこと2度とできないだろうなあと思いつつ、でもまたいつかどこかでという思いも膨らませながら、まるで自分もその場の音になったような感じでゆらゆらと屋上をうろつきまわった。最後から2番目の曲でついに苦情が来たとの知らせ。まあ、さすがにそれなりの音が出てしまっていた。最後の「みみず」は音量を下げてもらった。それでも相当な音だったと思う。井の頭公園のすぐ上で、森と空と池に向かって音が舞い上がり舞い落ちる、その風景も含めてのライヴだったのだが、さすがに今後はもっと繁華街のビルの屋上でないと無理かなという実感。もちろんそれはそれで別の風景が浮かび上がってくる。森と池と空とともにある屋上ライヴは今回が最後。たぶん。





樋口泰人(ひぐち・やすひと)
映画批評家、boid主宰。映画『PARKS パークス』『めだまろん/ザ・レジデンツ・ムービー』そして『DARK STAR/H・R・ギーガーの世界』公開中。10/13より11/10まで約1か月間に渡り丸の内ピカデリー爆音映画祭を開催。

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