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2017年09月号 vol.4+10~12月号

【特別無料公開】空族『バンコクナイツ 潜行一千里』(河出書房新社)/第1章・その1

2017年12月06日 09:49 by boid

2017年2月の公開から多くの話題を集めた空族の最新作『バンコクナイツ』。boidマガジンでは「潜行一千里」と題して全44回に渡ってその撮影の模様をお伝えしてきましたが、11月30日、同連載に大幅な加筆修正を加え、河出書房新社より『バンコクナイツ 潜行一千里』として刊行されました。その発売を記念して、boidマガジンでは本書の一部を全4回で無料公開します。
折りしも『バンコクナイツ』の撮影を担当した向山正洋(スタジオ石/stillichimiya)監督によるドキュメンタリー『映画 潜行一千里』も12月16日(土)より新宿K's cinemaで公開され、12月11日(月)には同映画の公開を記念したトークイベント「潜行一千里NITES」もLOFT9 Shibuyaで開催。文字と映像を通じてアジアと日本をチョッケツし、現代の“闇”に迫る!!
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『映画 潜行一千里』より



文=空族(富田克也、相澤虎之助)



ブリーフィングより


 空族は映画製作を作戦と呼んでいる。一九九七年から二〇一七年までの二十年の間、映画を撮り続けた過程の中で自然とそのような流れとなっていった。何故ならば我々にとって最も重要なことは、独立映画を撮ることでも映画の独立を声高に主張することでもなく、我々の“人生や生活そのもの”の自由と独立を得ることと決まっていて、映画はそのための作戦~ミッションに過ぎないということに気がついたからである。二十年かかってしまった。だが気づけばそれらは撮影準備、撮影期間、上映活動を通じて日々実践されていたのである。そして大資本によって生み出されるメジャー映画が“正規軍、国軍”を意味するのであれば、独立映画を製作する私たちのような存在は必然的に“非正規軍、ゲリラ”といったような位置付けとなるだろう。
 そもそも日本映画の近々の歴史を繙いてみても、新藤兼人監督の「近代映画協会」、今村昌平監督、大島渚監督などの独立プロもゲリラ的な活動であるし、若松孝二監督や足立正生監督、小川紳介監督、映画製作集団NDU(日本ドキュメンタリストユニオン)などは、これはもう完全にゲリラである。さらにはATG、ピンク映画群の独立プロや空族の私淑する柳町光男監督率いたプロダクション群狼などもゲリラ的な映画製作に含まれると思うのだがどうだろうか。
 無茶を承知で一気に想像をふくらませてみれば、百年の映画の歴史の中でアメリカのハリウッド・メジャー大資本に対しての各国の小資本映画自体がすべてゲリラ的な対抗(それは模倣から始まりオリジナルに昇華されたものを含む)であったとも言えるのではないだろうか。初期作品においてハリウッドを憧憬した小津安二郎監督が大東亜戦争を経て到達した境地、遺した作品群を考えてみても、空族はそこにそこはかとないゲリラな匂いを感じてしまうのであるが、北鎌倉の小津監督の墓銘にはただ“無”と彫られているのみで謎は深まるばかりだ。(*)

 映画製作を作戦と呼ぶ空族にとって、本書はその全行程の記録を基に構成された作戦報告書と呼ぶことができる。どこぞの国や政府のように何十年後に発表とか機密文書だとか、あれは怪文書に過ぎません、などと面倒くさいことは言わない。この作戦報告書は空族がこの二十年間、とりわけ映画『バンコクナイツ』を製作する過程の十年間(二〇〇七~二〇一七)において起こった事件、出来事などが詳細に記されている。作戦報告書なので空族の製作した映画及び人吊は全てコードネーム(CN)として銘記されているが、どうか面倒くさいと思わずに最後までつきあって欲しい。

 一千里とは約四〇〇〇キロであり、その言葉自体が“はるか遠く”との意味合いを持つ。「単騎、千里を走る」とは『三国志』の英雄関羽雲長を指しての言葉だが、空族もまた『バンコクナイツ』本作戦の撮影行程においてタイはバンコクからラオスへと一千里を駆け抜けたのだ。そして実際の撮影に入る前のおおよそ十年、カーツヤとトラツキの偵察部隊のコンビをインドシナ半島に潜入させた。彼らには僭越ながらチェ・ゲバラの言葉「世界中に、第二、第三のベトナムを!」という言葉を与え、若きゲバラがオートバイに乗って南米を旅した映画も観せた。感動していたようだ。本書は、もはや決して若くはない二人がしばし日本を離れ、実際に二十一世紀の東南アジアに入り込んでその土地の風花、ジャングル、山々、大メコン川の流れ、経済によって急速に近代化する都市、そして何よりそこで生きる人々との出会いによって何を感じ、考えたのかを綴った路上の記録にもなっている。

 空族がなぜアジアへと進路をとったのか? 空族の過去作品である『国道20号線』と『サウダーヂ』で、二人の男が同じセリフを言っている。「タイは楽園だぞ」。このセリフでのタイはアジアと同義語だ。では一体その“楽園”とは何を意味するのか? この作戦を立てた時点で我々にわかっていたのは戦術的に“チョッケツ”作戦あるのみ、ということだけだった。チョッケツとは、オートバイのスターターの配線を短絡させてエンジンを起動させることを指すヤンキーの隠語であり、転じて、『水滸伝』の梁山泊のごとく、人々がある瞬間においては敵対関係にあろうとも即座に繫がるあり方として我々が使用している言葉である。とにもかくにもこちらからアジアに出向いて行ってチョッケツし、彼ら彼女らと仲間になって共に映画を撮る。振り返ってみると空族はいままでもその方法でしか映画を撮ることができなかった。そしてそのチョッケツによってそもそもアジアとは? 楽園とは? そして日本とは? といった謎に少しでも迫ろうと挑んでみたのが映画『バンコクナイツ』であり、本書である。依然としてその答えは風に吹かれてはいるが、願わくば私たち空族と共に想像力の翼をひろげ、アジアの風を感じていただきたいと思っている。


*「その『無』に激しく吹き過ぎる風を、われわれもまた厳粛に受け止めるべきだろう。石はまだ朽ちてはいないのだから」。昭和十三年、南京の古刹鶏鳴寺において揮毫された書。ここから小津安二郎の墓銘は刻まれている。





第1章 娼婦・楽園・椊民地より  その1


仏暦2551(西暦2008)年2月xx日  トラツキからの入電

 二〇〇八年、二月。念願のラオス入りを目前にして、私は高まる気持ちを押さえ、“バビロン作戦”第二次アジア視察の任務を心の中で反芻していた。
 今回のラオス作戦は、一九九七年に遂行した私の単独作戦――コードネーム“花物語バビロン”──のために東南アジアを訪れるようになってからおよそ十年の歳月が経過していた。今では見ることがなくなって久しい8ミリフィルムを使い、東南アジアを旅しながら撮影した『花物語バビロン』は“東南アジア裏経済三部作”最初の作品である。すべての始まりとなったこの映画は、バックパッカーとしてタイ、インド、ベトナム……など東南アジアを旅していた二十代の頃、素朴に感じた疑問からスタートしていた。当時──そしてもちろん現在でもそうだが──旅行者は、旅先の駅やバスターミナルに降り立った時、待ち構えるトゥクトゥクやサムロー(三輪タクシー)、シクロ(自転車タクシー)の運転手から必ず三つのフレーズを問われる。それは空港に降り立ちゲートを出た瞬間、ローカルバスの停留所に辿り着いた瞬間、次のように始まる。

──シャチョー、女はいるか?
──シャチョー、ドラッグは欲しいか?
──ガンシューティング?(銃は撃ちたくないか?)

 彼らは必ずこう訊いた。なかにはクシャクシャで埃にまみれ、顔すらよく見えない女性のヌードグラビアや銃器のカタログを差し出しながら、にっこり笑って「手榴弾投げるか? バズーカもあるぞ!」という輩もいた。

 私は銃が撃ちたい一心で……もとい、東南アジアの研究、あるいは私に課せられた偵察任務の義務感から、ホイホイと彼ら運転手兼ガイドに付いていったのは言うまでもない。ところが、行くたび行くたびボッタクられるという悲惨な結果を繰り返すことになる。そして、私はこの経験から一つの確信を得た。

──ここアジアには、オモテの経済とは別に、三つのウラ経済が廻っているに違いない。それは麻薬、武器、売春だ。そして旅はいつもボッタクリで始まる……。

 薄暗い安宿の虫だらけのベッドの上で、帰りの航空券を残して所持金ほぼゼロになったある日、私はその後自身のライフワークとなる“東南アジア裏経済三部作”の着想を得たのだった。
 そうしてバビロン・シリーズは始まった。一九九七年、第一作『花物語バビロン』を撮影するため、私は8ミリカメラを片手に、タイ北部の都市チェンマイに飛んだ。最初のターゲットは〝麻薬〟だ。花物語の〈花〉とはケシの花、つまり阿片の花を意味する。かつてタイ北部~ミャンマー~ラオスの国境地帯は「黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)」と呼ばれ、世界一のヘロイン生産地だった。ケシ坊主からとれる阿片を精製するとモルヒネになり、さらにはヘロインになる。ここから先、麻薬についての詳しい話はウィリアム・バロウズが書いた『裸のランチ』や『ジャンキー』など素晴らしい文学作品を読んでいただくとして、私の第一の目的は花咲き乱れるケシ畑を8ミリフィルムで撮影することだった。
 九〇年代当時のタイでは、美しいケシの花やカラフルな民族衣装を着てケシを栽培する少数民族が写ったポストカードがお土産として売られていた。しかし、そのポストカードは、悪吊高き「黄金の三角地帯」やヘロインという麻薬が喚起する犯罪めいたイメージとは程遠く、なんとものんびりとしていて牧歌的なものだった。たとえそれが観光客相手に作られたイメージだったとしても、自分が想像した阿片~麻薬の世界と、真っ黒な歯を見せて優しそうに笑う少数民族のおばあちゃんの姿にはギャップがあり過ぎる。どう受けとればいいのだろうか……私にとってそれは大いなる謎だった。ポストカードに写った少数民族はモン族(当時は蔑称であるメオ族と表記されていたが、現在はモン族になっている)というらしかった。そこで私はチェンマイをベース基地に、そこから山岳地帯に住む少数民族モン族の村々をまわろうと考えた。彼らの村に行けば美しいケシ畑を撮影できるかもしれない、そう画策したのだ。
 しかし、初めてのレコン(偵察)任務は、結果から言えば半分は成功したものの、半分は失敗に終わった。以前よりタイ政府は世界中から悪いイメージを持たれている山岳少数民族の阿片栽培を根絶し、シイタケなどの作物に代替する政策を推し進めていた。結果、タイ国内には山の斜面に花が咲き乱れるような巨大ケシ畑は既になくなっていたのだ(あるいは仮にあったとしても、私の未熟な探索能力では、アンダーグラウンドな世界まで入り込むことはできなかっただろう)。ただし、そうはいってもモン族にとっての阿片は生活の一部であったから、急に根絶することは難しかった。彼らの長い歴史のなかで、阿片は万能薬として使用されてきたし、阿片とともに生きてきた老人たちから急に阿片を奪うと禁断症状で死んでしまうからだ。そこで九〇年代においても村々ではごく少量ながら阿片が作られていた。それゆえ、私はごく小さな畑で育つケシ坊主ではあったが、ケシ畑の撮影に成功することができた。
 こうして私は、初めてのレコン任務を果たしたわけだが、当時二十代だった私は、この任務で別の衝撃を受けることになった。それは村のみんなの顔が自分たち日本人とそっくりだったことだった。そんなの思い込みだと言われたらそうなのかもしれないが、モン族の村で私は自分の幼い時代の友達を見、おばあちゃんやおじさんを確かに見た。その後、タイ~ラオス~ミャンマーの国境付近を移動し、ミャンマーと国境を接するタイ北部の町チェンセンまで辿り着くと、オピウム博物館という阿片栽培の歴史を展示した寂れた博物館の前で、カラフルな民族衣装を身にまとった女の子たちから、たどたどしい英語で、
「写真を撮るならお金をちょうだい」
 と話しかけられた。この娘もあの娘にそっくりだ……これは一体どういうことだ……。内心の混乱を隠し、つとめてフレンドリーにドル紙幣を渡しながら、彼女たちの姿を8ミリフィルムに収めた。
 少数民族と阿片と観光客とドル紙幣。それは東南アジアではありきたりな風景に過ぎないだろう。だが、そこから浮かび上がるものとは一体何なのだろうか? 折しも九〇年代中頃の日本では、お笑い芸人が世界を旅するTV番組が人気を博していた。そしてそれは“自分探しの旅”という流行を作り出していた。実際には、私が出会った旅人からそういった言葉を聞くことはなかったが、しかしバンコクのバックパッカーの街として有吊なカオサンストリートには、世界中から若者たちが集まり、ひとつの“グローバルな世界”を形成していたのは確かだった。世界中から〝何か〟を求めて若者が集まる刺激的な街、そして旅。カンボジアのどこそこは素晴らしい……。ラオスのどこそこは最後の秘境だ……。そんな情報を交換しながら、旅は人生そのものだ、とまことしやかに語る旅人たち。しかし、このグローバルな旅には何かが欠けている、私にはそう思えて仕方なかった。
 欧米の若者たちのビーチパーティには現地アジアとの階級差が厳密に存在していた。爆音でトランスが鳴り響く欧米人たちの楽園には、実はラオスも、カンボジアも、日本やタイでさえも含まれていないんじゃないか。タイの南部パンガン島で満月のたびに催される有吊なフルムーン・パーティは、楽しいといえば楽しいわけだが、しかし、私はどうしてもコスモポリタンな気分にはなれなかった。そうして次第に私はある一つの仮説に辿り着く。セカンド・サマー・オブ・ラブだかなんだか知らないが、このグローバルな旅に欠けているもの──それは歴史なのではないか。自分も含めてこいつらは『ザ・ビーチ』のディカプリオよろしく能天気に遊び回っているが、もしかしたら“歴史はそれを許さない”のかもしれない……と。
 帰国して現像から上がってきた8ミリフィルムのラッシュを見てみると、そこにはモン族の彼女たちの少しだけ引きつった笑顔が映っていた。その後、私は取り憑かれたように東南アジアの阿片にまつわる歴史、とりわけモン族の歴史を学んでいくことになる。ジャーナリストであるアルフレッド・W・マッコイの『ヘロイン──東南アジアの麻薬政治学』、三留理男の『麻薬(ヘロイン)』、そしてラオスからタイへと逃れたモン族の難民キャンプを訪れた安井清子の『空の民の子どもたち』……数々の文献と私自身のレコン任務で撮影した8ミリフィルムによって、映画『花物語バビロン』は一九九七年に完成したが、同時に、私の眼前には次なる作戦がおぼろげに浮かび上がってきた──モン族の阿片にまつわる哀しい歴史は、どうやらベトナム戦争とラオスに関係しているらしい。
 しかし、その頃の私にとってラオスとは、ベトナム戦争を闘った南ベトナム解放民族戦線やカンボジアで起きたクメール・ルージュによる大量虐殺、麻薬王と呼ばれたミャンマーのクン・サーなど、インドシナ半島の他の国々に隠れた、地味で目立たない小国という印象に過ぎなかったのも事実だった。ラオスにはいったい何があるというんですか?──ラオスに抱いた謎は、その頃から次第に大きくなっていった。

 そして『花物語バビロン』が完成した十年後の二〇〇八年、いや仏暦二五五一年、私はカーツヤや仲間たちとともに“バビロン作戦”第二次アジア視察において、初めてラオスに降り立ったのである。その時、私はこう思っていた。ラオスには未踏のケシ畑があるに違いない。今度こそ花咲き乱れるケシ畑を撮ってやる、と。オーヴァー。

(次回に続く)
 
 

『バンコクナイツ 潜行一千里』
著者:空族(富田克也、相澤虎之助)
定価:1,600円(税別) / 発売日:2017年11月30日 / 仕様:46判並製、304ページ / 出版社:河出書房新社

“楽園"はどこにあるのか――
バンコクの日本人向け歓楽街・タニヤ通りに導かれ男たちはインドシナの奥地へと迷い込み、アジアと日本を貫く“闇"に出会う……。
映画『国道20号線』や『サウダーヂ』などインディペンデントな制作・上映スタイルをとりながら圧倒的な支持を集める映像制作集団・空族。バンコクとインドシナ半島を舞台にした彼らの最新作『バンコクナイツ』は公開と同時に多くの話題を集めている。そして今、彼らが『バンコクナイツ』へと至る十年間にも及ぶインドシナ半島への潜入が、本書を生み出した。日本とアジアをチョッケツし、“闇の底"で煌めく抵抗の根拠地を描き出す!

 

『映画 潜行一千里』
2017年 / 日本 / 122分 / 監督:向山正洋 / 撮影:スタジオ石(向山正洋、古屋卓麿)/ 音楽:DJ KENSEI / 整音:山崎巌 / 出演:スベンジャ・ボンコン、富田克也、相澤虎之助、川瀬陽太ほか / 製作:山口情報芸術センター[YCAM] / 企画・配給:空族
構想10年、タイ・ラオスオールロケ!
東南アジアを縦横無尽に駆け抜けた映画『バンコクナイツ』のドキュメンタリー

12月16日(土)より新宿K's cinemaにて公開!

『映画 潜行一千里』 予告編

 

 

ドキュメンタリー『映画 潜行一千里』公開記念イベント
日時:12月11日(月) OPEN 18:30 / START 19:30
会場:LOFT9 Shibuya
前売¥1,000 / 当日¥1,500円(税込・要1オーダー500円以上)
【出演】『映画・潜行一千里』監督:向山正洋(スタジオ石/stillichimiya)、空族(富田克也・相澤虎之助)
【DJ】Soi48(宇都木景一・高木紳介)

構想10年、タイ〜ラオス縦断ロケ一千里(4000km)を駆け抜けた空族の撮影秘話などをドキュメンタリー公開に先立ち富田克也(『バンコクナイツ』監督)と向山正洋(『映画潜行一千里』監督)の両監督、空族メンバーが観客を交えて語り尽くす前夜祭!
DJには『バンコクナイツ』でも使用されたタイ・イサーン音楽のスペシャリストSoi48がこの日のためにとっておきのレコードをセレクトして会場をタイ・イサーンへの旅へといざないます。
※会場では空族&スタジオ石がセレクトした珍しいタイ・ラオスグッズ、書籍『バンコクナイツ 潜行一千里』も販売






空族(くぞく)
映像制作集団。2004年、“作りたい映画を勝手に作り、勝手に上映する”をモットーに、『空族』を名のりはじめる。常識にとらわれない、毎回長期間に及ぶ独特の映画制作スタイルを持つ。作品ごとに合わせた配給・宣伝を自分たちで行い、作品はすべて未ソフト化という独自路線をひた走る。

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