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2017年09月号 vol.4+10~12月号

【再掲載】映画川『幸せをつかむ歌』(樋口泰人)

2017年11月20日 17:04 by boid

12月10日(日)、「爆音映画祭 in ユナイテッド・シネマアクアシティお台場」で『幸せをつかむ歌』(ジョナサン・デミ監督)が上映されます。その上映を前に、樋口泰人が同作公開時の劇場パンフレットに寄稿した原稿を加筆・改稿した原稿を再掲載します(2017年4月に掲載した記事と同じ内容になります)。
デミ監督の長年の友人でもあったニール・ヤングを介して見えてくる主人公のリッキー(メリル・ストリープ)の姿や本作の主題、そして本作出演後に相次いで亡くなった2人のミュージシャン、リック・ローザスとバーニー・ウォーレルの存在がこの映画にもたらしたものとは――。
※この記事は12月10日までの限定公開。読者登録されていない方もご覧いただけます




戦いの代わりにほほえみを――ジョナサン・デミ『幸せをつかむ歌』


文=樋口泰人


 メリル・ストリープがニール・ヤングにギターの指導を受けたのだという。それがどの程度のことだったか知る由もないのだが、とにかく本作では冒頭から、彼女がギターを弾きまくる。実際に演奏しているのだという。メリル・ストリープ演じる主人公のリッキーが音楽活動を始めたと思われる60年代末あたりは音楽業界もまだまだ十分に男社会で、その中で単にシンガーとしてだけではなく、ギタリストとして、そしてバンドリーダーとして生きていくことは、どれだけ大変だったか。冒頭のリッキーのギターの強い響きは、その歴史の産物なのだと言えるように思う。おそらくストリープがニール・ヤングから伝授されたのは、単に技術的なものというよりも、彼女がもし本当に60年代末からロック・ギタリストして生きてきたとしたらどうだったかという、ニール・ヤングが見てきた女性ミュージシャンたちの歴史ではなかったか。

 もちろんそれこそがこの映画の物語の軸でもある。彼女はミュージシャンであるだけではなく「母親」でもあらねばならない。男社会はどちらかをあきらめるのだと、彼女に要求し続けてきた。この映画の中でも、何度も似たようなやり取りがされる。母親を取るか音楽を取るか。それに対してリッキーは、両方を望んで何が悪いのか、というようなことを言う。ミュージシャンであり母親であることは両立する。それが彼女の前提である。ただ両立するその仕方が、男社会の望む両立の仕方とは全然違うのである。彼女が社会とうまく行かないのは、彼女の無意識かもしれない生きる前提が、今あるこの社会の前提を根底から覆すものだからだ。ギターの音はまずなによりも、そこに向けて発せられるはずだ。あるいは、その生存をかけたギリギリのやり取りの中から生まれてくるものだろう。

 しかしこの映画の母娘のやりとりは、そんなこちらの思い入れもあざ笑う。それもまた、男たちのロマンティックな願いでしょうとでも言いたげである。男たちにはわからない女たちの秘密の関係がそこにある。いや、性別ではなく、男と女を規定通りの「男」と「女」に分けようとするこの社会システムに対する態度を分かち合うふたりの関係が、そこで示されると言ったらいいか。敵対するのではなく、さらに別の方法を見つけていこうとする柔らかな姿勢と、それゆえの躊躇や戸惑いを、この映画は隠さず見せてくれる。ただそこに彼女たちがそのままいることだけが、この映画のすべてを支えている。どんなシーンだったか忘れてしまったが、困難に直面した彼女は「Walk on」とつぶやく。同名のニール・ヤングの曲があるのだが、この映画ではルシンダ・ウィリアムスのオリジナル「Walk on」が流れる。ニール・ヤングが男の側から歌い、ルシンダが女の側から歌う。ストリープはその両方を受け入れているのだと思う。

 男だけでも女だけでもないもうひとつの道が、そうやって緩やかに徐々に浮かび上がる。映画の最後で彼女たちが演奏するのはブルース・スプリングスティーンの「My Love Will Not Let You Down」である。1982年のアルバム『Born in the U.S.A.』に収録予定で録音されたまま収録されず、1999年にリリースされたアウトテイク集『Tracks』に収録されて陽の目を見たという渋い選曲。ブルジョワジーたちの集まった会場で、その空気にまったくそぐわない東部の労働者階級の歌をぶつけて、その困惑と反発に、リッキーのほほえみが応えるのだ。ブルジョワジーたちの困惑と反発が、ほほえみと共にある「My Love Will Not Let You Down」によって次第に解きほぐされていく。

© 2015 Columbia Pictures Industries, Inc. and LSC Film Corporation. All Rights Reserved.


 安易過ぎるだろうか? シンプル過ぎるだろうか? だがそれこそがそこがこの映画の終着点なのである。攻撃的なギターのストロークから始まり柔らかなほほえみで終わる映画。

 もしかするとギターを教わったのはメリル・ストリープではなくニール・ヤングの方ではなかったか? テクニックでも歴史でもなくこのほほえみを、ニール・ヤングはリッキーから受け取ったのではないか? そしてそのほほえみが、ニール・ヤングが知っていたかつての女性ミュージシャンたちの悲しみや痛みや戸惑いや苛立ちや怒りを静かにまとめあげ、輝ける未来を作り上げることを知ったのではないか? さらにその後を生きる多くのミュージシャンたちが、彼女のこのほほえみを受け取り、それが別の形で伝わっていく。そんな音楽の伝播を、ニール・ヤングはジョナサン・デミとともに妄想し始めている……。

 映画の最後に献辞されているリックとは、リッキーでも彼女の相棒役を演じるリック・スプリングフィールドでもなく、バンドのベーシスト、リック・ローザスのことである。90年代以降のニール・ヤングのベーシストとして数々のアルバムやライヴに参加している。その独特の風貌とともに太いベースの音がこの映画からもはっきりと聞こえてくるのだが、この映画の撮影後、急死してしまう。この映画は彼が映る最後の映像作品と言ってもいいかもしれない。そんな彼をメジャーの音楽シーンに引き入れたのが、やはりリッキーのバンドのドラマーのジョー・ヴァイターレである。ジョー・ウォルシュやクロスビー、スティルス&ナッシュのドラマーとしてアメリカ西海岸サウンドを作り上げて来た。2011年のバッファロー・スプリングフィールドの再結成ツアーには、ローザスもヴァイターレもサポートメンバーとして参加して、ニール・ヤング、スティーヴン・スティルス、リッチー・フューレイの3人を支えたのだった。YouTubeにアップされているライヴの模様を見ていただけたらと思う。この荒々しさが、リッキーのほほえみの裏側にも確かにあるはずだ。



 そしてその荒々しさにほほえみをもたらしているのが、キーボードのバーニー・ウォーレルだろう。ファンカデリック/パーラメントのキーボード奏者であった彼は、80年代はトーキング・ヘッズにも参加して、デミの『ストップ・メイキング・センス』でも、その冷静に狂った目つきと会場を飛び交うキーボードの音で、多くの人の目と耳をくぎ付けにした。その後、まさにリッキーのようなとも言える波乱の人生を歩み、癌を患い、公式HPではその治療のための寄付を募集中。そんな状況を知るためか、この映画の彼の姿はほとんど人間離れして見える。いや、もはや死者として、彼はそこにいるようにも見える。キーボードの音もさらに空気中を舞い、世界の彼方から今ここに届けられているかのようだ。その軽さと優雅さ。もはや彼が生きていても死んでいてもOK。優雅さとはそんな生死の境界線を当たり前のように超える身軽さのことであり、それがリッキーの最後のほほえみにも宿っているのだ。生きるのに必要なのはただそれだけ。それで十分なのだとこの映画は教えてくれる。

 A little love and affection
 In everything you do
 Will make the world a better place
 With or without you

ニール・ヤング「falling from above」




※バーニー・ウォーレルは2016年6月24日に肺癌のため死去した

幸せをつかむ歌   Ricki and the Flash
2015年 / アメリカ / 101分 / 配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント / 監督:ジョナサン・デミ / 脚本:ディアブロ・コディ / 出演:メリル・ストリープ、ケヴィン・クライン、メイミー・ガマー、オードラ・マクドナルド、セバスチャン・スタン、リック・スプリングフィールド
© 2015 Columbia Pictures Industries, Inc. and LSC Film Corporation. All Rights Reserved.

『幸せをつかむ歌』
発売中 Blu-ray ¥1,800(税抜)
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

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